船上遊戯 3


        「やれやれ、僕が口を出さずとも、嫌われたみたいだね。」
        「・・・何や、女油断させる為のアホしゃべりはもうええんか。」
        怒る和葉を悠然と見送り、そんな意見を述べるピーターに、
        平次が皮肉めいた笑いを浮かべる。
        平次の言う通り、和葉や蘭が近くから去った今、
        ピーターの口調は語尾が怪しくなる事も無く、
        外見に見合った、流暢な語り口へと変化していた。
        「・・・まったく生意気なボウヤだ。君の目の前で彼女の唇を奪うのが楽しみだよ。」
        思惑を易々と見抜かれ、眉をつり上げ、ピーターがそんな言葉を返し、
        真横にあるカードゲームのテーブルに平次を促した。
        意に介さない様に、平次はテーブルへと進んだが、
        「・・・手と肩さわりよっただけでも高ぁついとんで。」
        というつぶやきは、傍らのコナンにも聞こえない程、小さなものだった。


        勝負を始める為、ピーターがテーブルで待機していたディーラーの一人に話しかける。
        一応注意しといてやるかと、コナンは彼らの会話に耳を傾けていたが、
        特別おかしな取り決めをしている様子は無かった。
        しかし、ピーターがディーラーに最後に言った一言、
        「今日のカジノは大盛況だね。」
        あの言葉は確か、ディーラーに八百長をほのめかす際の隠語ではなかっただろうか。
        ピーターという青年は、思えばその背景がまったくもって謎だったが、
        よく小説などに登場する、実力者の放蕩息子という肩書きが、
        恐ろしいまでに似合う青年である。
        たとえばそんな立場であるなら、初対面の様なディーラーと既につながっていて、
        勝負の行方を左右して貰う、それくらいの事は簡単なのではないだろうか。
        熟練されたディーラーならば、思い通りの札を相手に回す事は可能である。
        自信満々でポーカー勝負を持ちかけたピーターの態度に、
        その考えを裏付けるものを感じて、コナンは傍らの平次に、
        「おい、服部・・・。」
        と注意しかけたが、
        彼はといえば、カードゲームの繰り広げられているこのテーブルで、
        自分たちの隣りでブラックジャックに興じる父親らしき人間の小さな息子達が二人、
        床でディーラーに借りたらしいトランプで遊んでいるのをからかって遊んでいる。
        「おいおい・・・。」
        いつもながら、計りかねる精神の持ち主である。
        何を考えているのかわからない。
        それを総括して、世間では「アホ」と呼ぶのだろうか。
        和葉の気持ちがかなりわかった様な気がして、コナンは眉間を押さえた。


        「では勝負開始と行こうか、一回勝負という事で・・・恨みっこなしだよボウヤ。」
        「何や、もう勝ったつもりか、外人さんはせっかちでかなわんわ。」
        そんな二人の言葉を皮切りに、ディーラーがカードを配り始める。
        配られた手札を見て、悠然と微笑むピーターに、
        少し考えて、カードを一枚、
        「ディールや。」
        と、専門用語で交換を申し出る平次に、
        彼が先程和葉を怒らせた言葉を思い出し、
        まぁ・・・いくらなんでもルール知らねぇって事はねぇよな・・・。
        と、コナンはいささか安心して、成り行きを見守った。
        交換した手札を見て、言うなれば、これが本当のポーカーフェイスであるのだが、
        まったくの無表情を浮かべる平次に、
        ピーターは勝ち得たりという微笑を崩さず、
        「はは、今日はかなりついてると見える。
        あんなに美しい子と知り合えた挙げ句、ストレートフラッシュとはね。」
        と、手持ちの札を提示して見せた。
        おいおい・・・いくら何でもバレバレだろ。
        彼の手の中で、ハートマークの絵札を含まぬカードが五枚、連番になっている様子を見て、
        コナンが胸中で突っ込む。
        いきなりそんなカードをピーターに流すディーラーは、
        確かに腕は良いのかもしれないが、
        わかりやすすぎると言った点では失格である。
        もっとも、派手な事を好みそうなピーターと、
        それに勝る勝ち札の少なさから考えれば、最良の選択ではあったかもしれないが。
        「は、そんなら俺は、年がら年中つきまくりや。」
        ピーターの手札を見ても動じる事無く、
        今日和葉と知り合えたツキを感謝するピーターに対抗してか、
        さらりとそんな言葉を述べ、平次は自分の手札を提示した。
        「なっ・・・馬鹿な!!」
        「ロイヤルストレートフラッシュ、っちゅうんやったかな?」
        愕然とするピーターに、
        平次が眉をつり上げ、余裕の笑みを返す。
        彼の手中には、スペードマークの絵札を含むカードが五枚、連番で並んでいた。
        ポーカーで最も高位とされる役、スペードのロイヤルストレートフラッシュである。
        「・・・っ、イカサマだ!!」
        「今日のカジノは大盛況・・・ってか?
        自分と同じ尺度で人を計らんといて欲しいわ。」
        いきり立つピーターに、平次が余裕の笑みでそんな言葉を返す。
        あ、気づいてやんの。そういやこいつ、西の名探偵だったよな・・・。
        などと、コナンは平次が聞いたら怒りそうな事を思ったものだが、
        ピーターと、傍らのディーラーは、
        平次の言葉に思い切り反応し、顔を青くするべきか、赤くするべきか、とにかく大忙しである。
        「くっ・・・!!」
        手札をテーブルに叩き付け、心底悔しそうに、ピーターがきびすを返す。
        その場から去ろうとする彼の肩口を、ゆっくりと歩み寄った平次がつかんだ。
        そのまま、耳元に顔を近づけ、静かに、けれど鋭く、
        「・・・俺の勝ちや。二度とふざけた真似しくさったら承知せぇへんで。」
        と、言い放つ。
        それは和葉への態度も、和葉を賭けの対象にした事も含まれた、そんな言葉で、
        静かな中にも、有無を言わせぬ怒りが込められていた。
        その気迫と、一見、軽く置かれた様に見える、
        自分の肩をつかむ平次の手の力に気圧され、ピーターはすべての余裕を無くし、
        何とか平次の手から逃れると、早い足取りでカジノを後にした。
        慌てた様にその後を追うディーラーの行動がすべてを物語っていた。