船上遊戯 2
その間にも、その外国人の青年は和葉達と自己紹介をしあい、
楽しそうな会話を繰り広げている。
その会話から、青年がピーターという名で、自分達と同じ様に、
この船に招待されている事が聞き取れた。
「でも本当に、カズハは僕の好みデス。国に連れて帰りたいネ〜。」
「嫌やわぁ、冗談ばかり言うて・・・。」
「嘘じゃありまセーン、証拠に・・・。」
懲りずに和葉に甘い言葉をささやくものの、
まったくもって本気にされず、
ピーターは、おどけた態度を崩さないまでも、その瞳を光らせながら、
和葉の肩に手を置き、その頬へと唇を近づけた。
「ひゃっ!!」
その頬に、ピーターからのキスを受け、
・・・た訳では無いが、和葉は小さな悲鳴を上げた。
ピーターとの間を、不意に障害物が走り抜けて行ったからである。
その障害物は二人の間を通り抜け、音を立てて後ろの壁へと突き刺さった。
「な・・・。」
突然の出来事に、ピーターも和葉から手を離し、
呆然と壁に突き刺さる障害物を見つめる。
「あ〜、すまんすまん、手がすべってしもたわ。」
呑気そうに間延びした声で謝り、二人の間に割って入り、
壁に刺さった障害物、立食用に用意されたフォークを引き抜いたのは、
誰あろう、服部平次である。
どんなすべり方したら、そんなに壁にくい込むんだよと、コナンは胸中で突っ込みつつ、
やっぱりこいつ・・・などと思ったものだが、
和葉はと言えば、
「何しとんの、危ないやん!! まったく、行儀悪いにも程があるわ・・・。」
などと、平次を叱っており、まったくわかっていない。
しかし、ピーターはと言えば、チャンスをフイにされ、不快感をあらわにし、
「やれやれ、日本の男性は野蛮ですネ〜、
そんな方法でしか、人の恋路を邪魔出来ないなんて悲しい事デース。」
と、馬鹿にした様に肩をすくめてみせた。
言葉遣いは相変わらずであるものの、目が笑っていない。
「あん? 何やて? 手がすべった言うたやろ。」
「下手な言い訳はみっともないデース。」
「何やコラ、ケンカ売っとんのか?」
平次の言葉など意に介さず、たたみかける様なピーターの言葉に、平次が気色ばむ。
普段から、気の長い方では無い少年だが、
それでも今回は殊更ブレーキが緩い事に、その場ではコナンだけが気がついた。
「・・・だったら?」
「はっ、自慢のツラ曲げられたいんやったら、いくらでも相手になったんで。」
自信満々で平次を見下してそう答えるピーターに、
平次も挑戦的な笑みを浮かべて応酬する。
「だから日本の男性は野蛮だと言うんデース、
ここはカジノ・・・せっかくだからポーカーで勝負というのはどうデスカー?」
「はん・・・ヤサ男らしい提案やな、かまへんで。
日本の関西じゃな、売られたケンカにはケツまくらんのが常識や。」
日本語が流暢とはいえ、平次の言葉に理解出来ない箇所があったらしく、
ピーターは一瞬眉をひそめてみせたが、
やがて気を取り直した様に笑うと、
「では、僕が勝ったらカズハとの仲は邪魔しない・・・だけじゃつまらないから、
やっぱりセオリーとして、唇を頂きますカネー?」
と、自分の唇をなぞりつつ、とんでもない提案を持ちかけた。
「・・・何やねんそれ、俺とお前の勝負にあいつは関係無いやろ。」
ピーターとの勝負は、あくまで彼の自分への態度が気に入らないから。
そんな事を示唆しつつ、平次がピーターの提案に眉根を寄せる。
「自信が無いなら引いてクダサイ、その代わり僕らの事に口出しは無用・・・良いデスカー?」
「・・・ケツまくらんのが常識言うたやろ。・・・ええわ、何でも賭けたんで。
ほんなら・・・でぇっ!!」
絵に描いた様な挑発に乗り、平次がピーターに返答した途端、
後頭部にとんでもない衝撃が走る。
痛みを押さえつつ振り返れば、そこには平次の頭を殴りつけた拳をもう片方の手で押さえ、
和葉が恐ろしいまでの形相で仁王立ちしていた。
「何すんねんお前!!」
「何すんねんはこっちの台詞や!!
黙って聞いとったら、何勝手な事言うとんのよ!!」
「いや、それはあいつが勝手に・・・。」
和葉の剣幕に、第二の攻撃を恐れて、さすがの平次も後ずさる。
「あんなぁ、外人さんの言う事やで? ふざけとるだけに決まっとるやろ。
そんなんにいちいち怒って、あんた何考えとんの?」
「・・・・・・。」
ほんならお前はあいつに・・・。
怒鳴りつけたいのを平次は必至に自制した。
幸い、和葉は平次の怒りが、ピーターの平次への態度によるものだけと考えているらしい、
違う人間への態度が問題だと、わざわざ気づかせてやる程に、平次は親切では無い。
「俺の勝負や、お前が口出すな。」
あらゆる感情を押し隠し、静かにそう切り捨てた。
「アホ!! 出すに決まっとるやろ!!
勝手に人の事、賭けの対象にしくさって!!」
「せやからそれはあいつが勝手に言い出した事や言うとるやろ。
ま、向こうでは挨拶みたいなもんやし、気にすんな。
ついでに言うたら、俺はそんなんいらんから、安心せぇ。」
ピーターが賭けの対象に持ち出したのは、
あくまで挨拶程度の事をする、軽い気持ちからであり、
ピーターに取っても、もちろん自分に取っても、
それが重要で無い事を言い聞かせる様に笑顔でそう告げ、平次がポンポンと和葉の肩を叩く。
ピーターの態度を冗談としか思っていない和葉は、
ピーターの提案も、もちろんその延長と、平次の立て前通りの解釈をしていたが、
それを平気で受け入れた挙げ句、自分はいらないからなどと、
あっさりと言ってのける平次には、涙を通り越して青筋が二、三浮かび上がって来た。
「こんの・・・!!」
唇を噛みしめ、第二打撃を加えてやろうかと拳を握りしめたが、
「そういや、その前にお前、ポーカーのルールって知っとるか?」
などと、真顔で言い出す平次には、その気勢も完全に削がれた。
文句も拳も、発したくない程の所に怒りが達したからである。
「・・・もう知らん!! こんなん相手にしとれんわ、蘭ちゃん、行こっ!!」
平次から背を向け、大声で蘭にそう言うと、
和葉は蘭の手を引いて、平次達から離れた。
それでも、さすがに勝負の行方が気になるのか、
少し離れた壁際のソファに座り、穏やかならぬ視線で、こちらを睨みつけてはいたが。