船上遊戯 1
乗船第一日目、船出を祝って、
まずは企画の事は忘れ、招待客同士の交流を深める為と、
マリエル号では盛大なパーティが催された。
宴もたけなわ、関係者達の似通った長い挨拶に辟易した、
平次、和葉、小五郎、コナン、蘭の一行は、
見学と、会場から逃げ出す意味も込めて、
パーティ会場の奥に設けられたカジノへと足を踏み入れた。
船内の一施設とはいえ、さすが豪華客船というべきか、
カジノは船の中とは思えない程の設備が整っており、
照明が抑えられ、ワインレッドの内装で統一された場内では、
ルーレットの台を中心に、カードゲームのテーブルや、
コインゲーム、スロットマシーンの機械等がひしめき合っており、
人々を魅惑しながら、華やかな色彩と、にぎやかな音を放っている。
さすがに日本人が多かったが、
フォーマルな衣装に身を包み、異国のゲームに興じる人々のその姿は、
やはりどこか、普段の生活とはかけ離れた別世界を思わせた。
「おほーっ、思ったより楽しそうじゃねーか。
じゃ、俺はちょっと遊んで来るからよ。
おめぇら、あんまりハメ外すんじゃねぇぞ。」
おのぼりさん状態で場内を見回す娘達にそう告げると、
小五郎はそそくさと、浮き足だって場内の奥へと歩いて行く。
「ハメって・・・それは自分の方でしょ〜、遊びすぎないでよ、お父さん!!」
蘭は呆れ顔で小五郎の背中に釘を刺す言葉を向けたが、
彼女の父親は、片手をひらひらと振るという、
まったく信用出来ない動作でそれに答えるだけだった。
「大丈夫だよ蘭姉ちゃん、おじさんあまりお金持ってないし・・・。」
居候先の家主の財布の中身を把握している小学生というのもどうかと思うが、
コナンがそんな事を言って蘭をなだめる。
そもそも、本気で勝負に勝ちたいと思うのなら、
勝利の女神がついているのか、はたまた彼女自身が勝利の女神である様な賭事の才覚を持つ、
蘭を同伴させるべきだと思うのだが、
大人の勝負の世界に、そんな提案は野暮というものだろうか。
コナンの意見に、蘭はそれもそうねと苦笑いを返すと、
もっと奥を見に行こうと提案し、一同を促した。
「あ、ちょっとあんた、コイン落としたで。」
カードゲームの行われているテーブルの横を通りかかった時、
前を横切った二十前後の外国人の青年がコインを落としたのに気づき、和葉が声をかけた。
「ああ、ありがとうございマース。」
外国語か、もしくは片言の日本語が返されるかと思いきや、
その青年が発したのは、語尾が多少怪しいものの、思いの外流暢な日本語で、
和葉は少し安堵し、拾ったコインを青年へと差し出した。
「あなたの様な美しい人に拾われるなんて、このコイン、とても幸せネ〜。」
和葉が差し出したコインを受け取りつつ、
和葉の手を両手で包み込み、青年が愛想良く、そんな事を言い出す。
「ははは、お世辞の上手い外人さんやな〜。」
「か、和葉ちゃん・・・。」
相手が日本人ならば、そんな歯の浮く様な台詞には両肩を抱く所だが、
外国人の青年が相手という事もあり、
和葉はテレビタレントを観る様な気持ちで、面白そうに笑っている。
しかし、その言葉遣いは安心や笑いを誘うものの、
仕立ての良さそうなスーツや、
映画俳優を思わせる整った顔立ち、
余裕のあるその微笑や、どこか油断出来ない瞳の輝きは、
女性に対する場数を感じさせた。
現に今も、和葉の手を両手で握りしめたまま、
口調と裏腹のそのまなざしは、しっかりと口説きモードである。
普通の少女ならポーッとなってしまう様な状況であるにも関わらず、
まったく気づかず、カラカラと笑いながら、そんなリアクションを返す和葉に、
蘭は傍らで苦笑いを浮かべた。
「わざとコイン落としたの見え見え・・・なぁ?」
楽しそうに談笑を始める和葉達から少し離れた所で、
コナンは半眼でその様子を見つめた。
伊達に探偵は名乗っていない、
コインを落とした青年の行動が「きっかけ作り」だった事を瞬時に見抜き、
コナンは傍らの平次に小声でささやいた。
しかし、平次はと言えば、素知らぬ表情で、
テーブルの上で繰り広げられるカードゲームを冷やかしながら、
フリーのドリンクや食事をぱくついている。
なるほど、こんな朴念仁と始終行動を共にしていれば、
あれだけわかりやすいアプローチにも疎くなるはずだと、
コナンは蘭同様、苦笑いを浮かべた。