開いた瞳で見る夢は 3


        な・・・。
        現在の服部平次はと言えば、
        置かれたその状況は、三国一の幸せ者ながら、
        その身の上は、この世の不幸を一身に背負った男、と言えた。
        何やて?
        「工藤君。」
        確かに和葉はそう言った。
        あまりの事に全身が石の様に固まりかけるのを何とか押しとどめ、
        必死に頭脳を活動させる。
        クドウクン・・・くどうくん・・・工藤・・君・・・。
        どう考えても他の単語と聞き間違える事のないその言葉は、明らかに人名である。
        平次と和葉、二人の十七年の歳月を様々な角度から掘り返してみても、
        さして珍しくもないその苗字は、意外にも二人の人生にはごく最近まで登場する事はなく、
        和葉に「工藤君」などと呼ばれる関係で、思い当たる人物はただ一人である。
        小学校の頃、家の近くに来ていた豆腐屋の名前が「工藤」だった様な気がしないでもないが、
        それはこの際置いておいて。

        抱きしめて、名を呼んで。

        寝入っての事とはいえ、
        それが、どういう事を意味するのか、
        恋愛方面には疎いと友人から評される平次でも、その程度の事はわかる。
        和葉が・・・工藤の事を・・・・・・。
        考えたくない言葉を、頭の中で必死に打ち消したが、

        満開の桜吹雪の中、
        今まで見た事もない様な、幸せそうな表情を浮かべて、
        「平次!! あたしな、やっと気づいたんよ、
        工藤君の事、好きやって!!」
        などと言う和葉。
        吹き荒れる嵐の中、
        今まで見た事もない様な、涙まじりの表情を浮かべて、
        「しゃあないやん!! 気づいたら工藤君の事好きやったんやもん!!
        もうこの気持ち、どうにも出来へんのやもん!!」
        などと言う和葉。
        紅く色づく木々の中、
        今まで見た事もない様な、切なげな表情を浮かべて、
        「蘭ちゃんおるの・・・知っとるよ。
        せやけど、工藤君の事、好きでいるんは、自由やよね・・・。」
        などと言う和葉。
        しんしんと降り積もる雪の中、
        今まで見た事もない様な、満ち足りた表情を浮かべて、
        「工藤君がな、言ってくれたんよ、
        俺の事、好きでもええって・・・。」
        などと言う和葉。

        わずか数秒の内に脳内にて、
        「工藤新一への想いを告白する四季折々の遠山和葉」が上映され、
        最終的には、
        和葉泣かして、何勝手な事ぬかしとんねん工藤・・・!!
        などという感想と共に、父親が居合い用に所持する井上真改の名刀に思いを馳せるまで至ったが、
        「良かった・・・。」
        などという、再びの和葉のつぶやきにより、
        平次は何とか、正気を取り戻す事となる。
        しかし、
        ちっとも良かないわっ!!
        この上は、和葉を起こして、
        起こして・・・。
        何を言う?
        問いただして、工藤への気持ちを肯定されたら?
        自分の気持ちを告げて、工藤への気持ちを告白されたら?
        それどころか、二人がとうに、付き合っていたら?
        もはや、服部平次の頭の中に、
        工藤新一が現在小学生の身に甘んじているという事実は微塵も無く、
        あるのは大阪と東京に一人ずつ、彼女を作ってご満悦の工藤新一の姿のみで、
        何故かその姿は紅のバラを一輪挿した白のタキシードを着込み、ブランデーグラスを片手に、
        和装の和葉、洋装の蘭を両脇にはべらせていたりする。
        な・・・なんちゅうハレンチな男や工藤・・・!!
        正気を取り戻した側から狂気が襲って来る。
        心は再び父親の名刀へと飛んだが、
        そんな平次をいさめる様に、和葉が平次を抱きしめる両手に力を込める。
        「は、はは・・・。」
        って、笑っとる場合やないやろ俺ぇ!!
        目先の快楽へ溺れかける精神を自責し、
        それが誰を想っての行為か思い出せとばかりに、
        平次が自らを奮い立たせようとした時である。
        「良かったな・・・工藤君、戻って来て・・・。」
        「・・・・・・。」
        幸せそうに、先からの言葉と似通った言葉を発する和葉に、
        まだ言うか、という気持ちが込み上げて来たが、
        その言葉に、どこか引っ掛かるものを感じ、耳を澄ます。
        すると、

        「蘭ちゃん・・・。」

        はっきりと、和葉の口からそう言葉が発せられ、
        平次は全身の力が音を立てて抜けて行くのを感じた。
        それに呼応するかの様に、
        和葉が平次を抱きしめていた腕を解き放ち、
        平次はそのまま、がくりと和葉の傍らに突っ伏した。

        つまりは、
        おそらく和葉は、東京の親友の、かねてからの祈願である、
        工藤新一帰還の際の夢を見ているのであろう。
        その上で、
        「工藤君」が戻って来て良かったと、
        「蘭ちゃん」に抱きついているつもりで、
        「服部平次」に抱きついたのだろう。

        「何やねんこの女・・・・・・。」
        誤解で良かったという思いよりも、
        極限まで行ってしまった精神に対する羞恥心と、
        全身の疲労の方が激しい。
        泣かない自分を誉めたいくらいだ。
        よろり、と立ち上がって、平次は襖に手をかけた。
        もはや幼なじみを起こそうという頭はない。
        しかし、
        一寸ばかり開いた襖から、実の母親の姿がのぞいて、
        完全に脱力していた平次は不覚にも、驚きの声を上げてしまった。
        「うわっ!! な・・・何しとんねん!?」
        やましい点はない、自分にはやましい点は何一つとしてない、
        襖の向こうから、先程までの悲喜劇が見えようはずもないのに、
        何故か一心にそんな事を考えつつ、母親を見下ろす。
        「・・・別に、遅いから何ぞ悪さでもしとらんか思て。
        あら、寝たままやないの。」
        襖の向こうにたたずんだ静華は、平次とは逆に落ち着き払い、
        平次の脇から和葉の様子をのぞき込み、
        何をしに来たとばかりに平次へと視線を流す。
        「・・・・・・そんな女、知らんわ。」
        悪さをされたのはこっちだと、言いたいのを何とか堪え、
        起こしても起きなかったと読み取らせるかの様に、疲労混じりにそうつぶやいて、
        平次は静華の視線をやり過ごす様にその脇をすり抜けたが、
        「平次。」
        静かに、切り込む様な言葉が廊下に響いて、渋々振り返る。
        「・・・何やねん。」
        「可愛かったやろ?」
        勝ち誇った様な、艶やかな微笑。
        「・・・っ、知らんわっ!!」
        吐き捨てる様に一言、
        平次は音を立てて廊下を歩き出した。

        本当に、知らないのだ。
        ゆっくりと、そんな事を堪能する暇はなかったし、
        堪能と言えば・・・。
        「くっ・・・。」
        大声で叫んだり、
        真横の壁に拳を撃ちつけるという、
        お約束な八つ当たりもみっともない。
        やり場のない怒りだけが体内に蓄積されて行く。

        服部平次、苦悩の日はまだ長い。


        「あれ? 平次は? せっかくのサザエご飯やのに・・・。」
        夕刻の遠山和葉はと言えば、
        他家にて、ぐっすりと寝入ってしまった事に、
        しばらくは恥かしそうにしていたものの、
        その後は静華の夕食の準備を手伝い、
        綺麗に竹串の抜ける茶碗蒸しが出来た事にご満悦だったのだが、
        帰宅は済ませているはずなのに、
        夕食の時間になってもその姿を見せぬ平次の所在を、不思議そうに静華に訊ねた。
        「さあ? 何や道場にこもって懸命に素振りしとるみたいやで。」
        「ふぅん、試合が近いからかな。そんなら邪魔せんとこ。」
        「そやね、放っとき。さ、ご飯ご飯。」
        「はぁい、いただきまーす。」
        静華の勧めににっこりと笑って、
        和葉は美味なる夕げに舌鼓をうち始めた。

        罪深き、自らの所業には気づかぬままに。

        終わり


        さて、ハナホン二周年でハナ生誕祭でメリクリであけおめ。
        気が狂った訳ではなく、今回の挿し絵の名目が、
        二周年記念と誕生祝いとクリスマスプゼントとお年賀だったんだもん!!(詰め込みすぎだよ!!)
        そんな訳で、我が情婦にして、専属挿し絵描きと一方的に任命している(恐怖。)、
        「石庭酒家」のあるふぁさんより、二周年記念と誕生祝いとクリスマスプゼントとお年賀を頂いてしまいました〜。

        んがしかし、プレゼントでありつつもこの品は、
        何ときちんとリクエストを聞いて下さった一品なのでございますよ我が情婦が!!
        そんな訳で「そして本日も何事も無く」同様に、メールでまだ書いてない創作の内容を五行で説明、
        挿し絵希望シーンを一行で説明するという荒技を繰り返したのですが・・・・・・天才!!
        東北が産んだ天才だよアンタ!!(情婦と言うからには身内誉めでしょうか。)
        貰った瞬間、感動のあまり膝から崩れ落ちるかと思いました。
        平次の表情、和葉の寝顔、そしてあの角度・・・むひょーっ!!(興奮。)
        いやぁ、ええ物貰いました。
        それにしてもさすが東北人、良いこたつ描きやがんな!!

        リクエストにピッタシカンカン(久米宏司会。)な品を頂いたからには、
        燃える男のヤンマァ創作、頑張っちゃうよおじさんは(衝撃の事実、ハナ、実はおっさん。)。
        いやしかし、今回のテーマは、「眠る和葉に翻弄される平次。」で、
        やや面白風味に仕上げるつもりではあったのですが、フタを開けてみれば、かなりふざけた展開に・・・。
        何故!? 挿し絵描いてる人間がギャグ作家だから!?(お前な。)
        一応、ウチの平次は硬派をイメェジしているのですが、いるのですが・・・。
        まぁ、和葉を前に格好つけてるっつーのが大前提なので、
        和葉が絡んでの内情はあんな感じかなぁと。
        でもあんまり飛ばし過ぎると日記行きになってしまうので、これでも抑えた方でございまス。

        いやでも、眠る和葉に色々思う辺りまでは、結構真面目だったと思うのよね。
        どこでも寝てしまう和葉への葛藤というか・・・。
        いっそポエムでもかまさせようかと思ったくらいだもん。
        俺の気も知らずに夢の世界に旅立つお前はさながら罪作りな小悪魔やな・・・とか。
        ぶはー、それこそふざけてんじゃねーか。

        そして抱擁。しかしそれを喜べないのが二人の関係。
        万が一、目覚めた和葉が誤解したら・・・と、そっちの心配の方が先走る訳なのですが、
        どうにもこうにも抗えないラヴ・マジック☆(何言ってんだ。)
        そうしてそのまま幸せの淵へと落ちかけた所で、恐るべき一言。
        あー、書いてて楽しかったな〜(鬼。)。

        鬼は進むよどこまでもって事で、その後の平次の妄想も、書いててとっても楽しかったです。
        恨みが想い人ではなく、その相手に行ってしまうのはお約束。
        思えば工藤新一氏にも結構失礼な事を致しました。
        平次で遊ぶのはともかく、新一は何やらお客様の様で遠慮がちなあたし。
        しかし、あたしの創作で、服部平次の頭の中に出て来る工藤新一は、大抵珍妙な事をさせられている。
        でも個人的に東西美少女を両脇にはべらせる東の名探偵っつーのは、すげぇ好きな図です。何か華やかで。

        そうしてオチは蘭ちゃんだったって事で・・・駄目ですか? タハー。
        そうして脱力する平次。えらい目に合った・・・という感想になるのかなぁ?
        あたし的には、和葉からの抱擁だなんて、この先ハナホンではあり得ないくらいの大サァビスなのですが、
        前後の疲労により、肝心な所は・・・って感じだしなぁ。
        そんな訳でその後の平次の鍛錬は、何処にもやり様のない怒りを発散、という事で。
        嫌だな、ハナホンでおさまりつかなくなったからとか、そんな事は言いっこなしよ(お前が言うな。)。

        ちなみに服部家の人間は、平蔵、静華、平次の順で気配を消したり気づいたりする事に長けていて、
        道場があって、蔵もあって、そこには骨董品が眠っていて、
        でも真剣の類は使って欲しいから平蔵が居合いをやっていて・・・。
        すげー、自分内設定で突っ走らせたらハナホン一(てめぇのHPで一番て。)。
        これで、勝手に決めちゃいけないと思っている事もあるんだが、
        どこで線引きがなされているのか、自分でも良くわからない。

        タイトルは、寝ている和葉の事ではなく、
        平次の見た夢って事で、つまりは悪夢だった訳ですが、
        「開いた瞳で見る悪夢」だと、何か字面が嫌だわ怖いわと、あんな感じに。
        ウチで良い夢見られる事は・・・ねぇんだろうなぁ(それを言っちゃあ。)。

        さて、思い描いた通りの素敵イラストを描いて頂き、
        自分が和葉に抱きしめられているかの様なレッツ夢心地で書き上げる事が出来ました。
        ありがとう、ありがとう我が情婦!!
        ちなみにあたしが何かと言えば、当然そのヒモだ!!(声を大にして。)