桜の予感 5
「え・・・ええっ!?」
驚きの余り、和葉は思わず卓上に手を置いて腰を浮かした。
「何やねん。」
眉をひそめて、平次が和葉を見上げる。
「せ、せやかて、平次は東京の高校行くって、皆・・・。」
それは噂だ。噂にすぎなかったが、
ほとんど決まった物事の様に、胸中で整理しかけていた和葉は、思わずその噂を口にしていた。
「東京? 何で俺がわざわざ大阪離れてそんな不自由なとこ行かなあかんねん。」
「学校からそんな話も来とったけどな、
それはこの子が何のよそ見もせんと、たまたま順当に試験受けられた時の成績見ての話やし、
ああもしょっちゅう探偵の真似事して事件現場に出入りしとったら、そんなん夢のまた夢やろ。」
憮然と平次が返し、補足する様に静華が言葉を次ぐ。
東京の名門校も、この親子にかかっては、
その程度の言葉で片付けられてしまう様な事柄らしい。
絶句したままの和葉に対し、
「改方、剣道にも力入れとるし、何より近いしな。」
何故か目を逸らして早口にそう言い、
「現場に素早く駆けつけるには足場が大事やからな。」
一人で確認するかの様に平次が続ける。
確かに、今の平次には、大阪で剣道、そして事件や推理を中心に動き回る事の方が、
東京の名門校に通う事よりも先決なのだろう。
「まぁ、何にせよ、またお前と腐れ縁、っちゅうこっちゃな。」
「・・・・・・。」
締めくくる様に、平次にそう言われても、
和葉にはすぐに返答を返す事が出来なかった。
代わりに静華が、
「何言うとんの、和葉ちゃんはともかく、あんたみたいに成績にムラのある子、
今から相当気合入れてかからな、改方なんてとても無理やで?」
と、既に和葉と二人揃って入学が決まったかの様な事を言ってのける息子に対し、
手厳しい意見を口にする。
「無理ってなぁ・・・言霊しかけんなやオバハン。」
「親にオバハンなんていう子に対する応援の言葉は持ち合わせとらんわ。」
「・・・・・・。」
丁々発止と口喧嘩を繰り広げる平次と静華の傍ら、
和葉は浮かせていた腰をそのまま持ち上げた。
「和葉ちゃん?」
「あ、あの、あたしちょっと・・・。」
不思議そうに見上げる静華に、
自分でも意味がわからないと感じる言葉を返して、
目的も定まらぬままに、和葉は思わず居間から駆け出した。
「・・・・・・。」
行儀も忘れて、和葉はぱたぱたと、
よく磨かれた服部家の廊下を小走りに走った。
洗面所、洗面所だ、洗面所に向かおう。
今は絶対に顔がおかしいと、熱くなった頬が告げている。
泣いているのか、笑っているのか、
自分でもわからない。
けど、嬉しいのは確かだ。
皐に話したら、彼女は何と言うだろう?
「何やねんあいつ・・・。」
玄関の方へは向かわなかったから用足しにでも行ったのだろうが、
志望校が自分と同じだという事に、何の反応も示さず、
逃げ出す様に居間を去った和葉に、平次が憮然とする。
よもや嫌がられたとは考えたくないが、
何か一言くらい、あっても良いではないか。
そもそも、自分が東京に行くという噂も、当たり前の様に受け止めていた様だし・・・。
「・・・・・・。」
機嫌の下降が手に取る様にわかる息子の様子に、静華は思わず忍び笑いを漏らした。
あわただしく出て行った和葉の頬が、可愛らしく色づいていた事を教えてやる程、
彼女の教育方針は甘くない。
代わりに、
「良かったなぁ平次、和葉ちゃんも改方で。」
と、歌う様に問いかけた。
「・・・別に、関係ないわ。」
「そうやの? あたしはてっきり、
あんたが和葉ちゃんの行きそうな学校調べた上で、改方選んだんかと思うたんやけど。」
「なっ・・・そんな訳ないやろ!!」
「せやなぁ、あんた和葉ちゃんの事になるとさっぱり頭が働かんし、
色んな所から情報集めるんは、いくら探偵ごっこが趣味やいうたかて大変やもんなぁ。」
「あ・・・当たり前じゃ。」
母親の言葉に、いちいち汗が浮かんで来る。
修行不足を痛感し、平次はこれ以上何か言われる前にその場を後にしようと立ち上がった。
「まぁ、大変ついでに、下見と受験と発表と、
よその学校の変な虫がつかんよう、せいぜい頑張ってな。」
一枚上手としか言い様のない、母親の声に見送られて。
終わり
「青山作品の男は天才系が多いので、志望校はすべて女に合わせて選んでいる。」
昔から叫んでいる、ひどく勝手な思い込み。
国立狙えるとか周囲が盛り上がってる中、
たった一つの事しか考えてねぇ名探偵や怪盗を想像するのって楽しくないですか?
そうして偶然を装い、幼なじみと同じ高校へ・・・。
女も結構頭良いから、高校のレベル的には別段不思議にも思われない、と。
でもそんな事で学校決めちゃいけないよな!!(自分で書いといて。)
まぁ、勉強なんざどこでも出来ると考えていそうな奴らなので、
高校くらいまではこんな妄想もアリかなぁと思っています。
大学は女が女子大で不承不承諦めるとか(成長してねぇじゃん。)。
女は作中の和葉の様に、自分には到底無理な所に行くんだろうと考えて、
相手が望む場所に行くのが一番とか、けなげに思っていたりしそうだなぁと思うのですが、
彼らの望む場所は高校以前に君らの隣りな訳ですよ。
そんな訳で工藤や黒羽にも当てはまるなぁと思いつつも、ここはやっぱり服部平次。
観光尾行する女と進学尾行する男・・・尾行カップル。刑事の子だけに(言わなきゃ良いのに。)。
そんな訳で今回は中学生日記・・・なのですが、
そんな時代が振り返っても見当たらない程、遠い昔な花屋堂、
ついでに言うなら「家から十分。」という理由で都立一本しか受験しなかった花屋堂
(お前の理由も相当なもんだよ。)、
果たして高校受験のシステムがどんなんだったか・・・マジで思い出せません。
そんな訳で、二年なのか三年なのか、季節はいつなのか、東京の名門校って・・・等々、
様々な事がえれぇ曖昧に書かれている上に、
ライヴ受験生の方々には、「何にもわかってねー!!」とお怒りの方もいらっしゃるかと思いますが、
そんな事に突っ込んでいるより勉強勉強v(最低な逃げ方。)
オリキャラ椎名皐、遠山和葉のご学友の一人。
六人グループとかの一人って感じかな。
後は昔々に出した北見香とか。
普段は和葉より元気でガチャガチャしている体育会系少女だけど、
人が思うより物事を深く見ている、そんなイメエジで書きました。
注意力散漫で、物事の上っ面しか見えない性格のあたしとしては、
こういう風に、大事な部分をきちんと見ている女の子っつーのは結構憧れ。
んで、和葉は気が強くてしっかりしてるけど、
甘えたかったりする部分もある女の子かなぁと思うので、
仲間内ではダヴル姉御肌って感じでも、皐と二人の時には色々と打ち明けている感じで。
そんな皐が遠くへ行ってしまうとわかり、一人の浴室で泣き出してしまう・・・。
あたしの中の遠山和葉は、気丈な性格ながらも、
こういう、もろい部分もあったりするイメエジなので、
そんな和葉を凝縮したつもりのこのシーンは、短いながらもお気に入り。
いや、入浴シーンだからって訳じゃなく(聞いてねえ。)。
まぁ、その辺、奴が支えてやれば・・・と思うのですが、
女の子同士の話だし、この辺は和葉も平次には言ってないという事で。
そんな服部平次、和葉は女の子特有の成長の早さと、色々と悩める時期な事もあり、
高校生の今と、そんなに変化なく書いたのですが、
平次は今より少しだけ、子供じみた感じに書いてみました。
まぁ、あたしの文章だと、あんまり伝わらないかとは思いますが・・・。
一番わかりやすいのは、静華に高校の事がバレバレな辺りでございましょうか。
まぁ、いくつになっても母親の方が一枚上手と思うのですが、
今ならもう少し、ポーカーフェイスも上手く出来たというか、
こういう事を積み重ねて上手くなったというか・・・勝手な妄想させたら日本一。
しかし、可愛い幼なじみを置いて大阪を離れない、という所までは皐の想像通りなのですが、
よもや高校まで一緒だとは・・・両想いじゃなかったら結構怖いよな!!(それを言っちゃあ。)。
でも和葉も、無論、蘭や青子も、幼なじみにそうさせるだけの価値はあると思うのです。
それこそ一人だったら、下見・受験・発表と、
在校生やら他校生やらに声かけられまくりだと思うし、そら目ぇ離せんわなー。
まぁ、さっさと告白しちまえば良いだろっつー話ですが(それを言っちゃあ。)。
タイトルは、別に今が春な訳ではなく(何もかも曖昧だし。)、
合格を「サクラサク」と表現する事があるので、
そんな高校生活に対する予感という事で。