桜の予感 4


        「あ、あのおばちゃん、こんなには・・・。」
        久々に訪れた和葉を、静華がとかく上機嫌で出迎えたのは先程の事、
        通された居間にて、
        季節の花をかたどった幾種類もの練り菓子と干菓子を、
        まるで茶会の席で大切な客でも迎えるかの様に、
        きちんと朱塗りの盆へと並べて差し出され、和葉が閉口する。
        「あ、せやね、夕飯食べられん様になってしもたら困るし・・・。
        ご飯の後にする? それとも半分は明日にする?」
        「あはは・・・少し頂きます。」
        夕飯を食べて行く事は元より、明日にまで話が移行してしまっている。
        苦笑しながら和葉は取り合えず、練り菓子の一つに手を伸ばした。
        花を模して、繊細な細工の施された練り菓子は、
        食べてしまうのが惜しい程の美しさだったが、
        そうっと、花びらを摘む様に、切れ目を入れて口へと運べば、
        上品な甘味が口の中いっぱいに広がる。
        「美味しい!!」
        「ほんま? 良かったわ、それ京都で若い子に人気なんやて。」
        お茶を入れながら和葉の感想を聞き、静華が微笑む。
        平次はと言えば、女二人が茶菓子をつまみつつ談笑する空気は居心地が悪いと、
        さっさと部屋に引っ込んでしまうかと思ったが、
        意外にも、制服のまま居間へと残り、
        朝方は読む暇がなかったらしい朝刊に目を通している。

        「ほんまやって、前に学校来たおばちゃん見て、
        太川君が女優さんみたいやって言うとったもん。」
        「そらその子に小遣いやらなあかんなぁ。
        平次、そういう大事な話はさっさと教えなあかんやないの。」
        「どこが大事な話やねん・・・あいつは目と美的感覚がおかしいんや。」
        「この子は・・・せや、」
        もっぱら和葉と静華が談笑する中、平次が時たま口を挟む。
        そんな他愛のない時間が流れる中、ふいに静華が思い出した様につぶやいて、
        真剣な面持ちで和葉に視線を移した。
        「大事な話で思い出したけど、和葉ちゃん、もう高校は決めたん?」
        「えっ、あっ、うん。」
        本日の考え事の核心を付く様な突然の静華の言葉に、
        和葉は驚いて、持っていた湯のみを取り落としそうになった。
        「そう・・・おばちゃん、聞いたらあかん?」
        興味本位ではなく、和葉も我が子同然に考えた上での、
        心配に基づく質問だった。
        咄嗟に肯定を返してしまった事から、変に誤魔化す事は出来ないと、
        和葉は平次の方をちらりと盗み見た。
        コラムや投稿欄に至るまで、余す事なく読み漁っている平次は、
        和葉と静華の会話になど、まるで興味のない様子だったが、
        同じ部屋にいる以上、その耳へと、和葉の返答が届く事は避けられない。
        自分の志望校を告げる事は、平次の志望校を聞くのと同じくらいの、
        二人の分岐点を決定付ける終止符の様にも思えた。

        ・・・別に、平次が先に言うたかて、追いかけて行ける訳やないしな。
        すでに、平次が東京へと、進学先を決めているかの様に腹を括り、
        和葉は口を開いた。
        「えっと、第一志望は、私立の、改方学園。」
        「あら。」
        「あ・・・もちろんたくさん勉強せなあかんのわかっとるけど、
        あたしまだ将来の目標とかちゃんと決まっとらんし、
        あの高校やったら、三年間で自分のやりたい事、
        色々と勉強しながら見つけられるかなって・・・。
        その、家から近いっていうんもあるけど・・・。」
        静華の驚く声を耳にして、慌てて和葉が付け加える。
        私立改方学園は、自由な校風と文武両道に力を入れた、幅広い教育方針がうたい文句であるが、
        府内屈指の名門校で、その門は限りなく狭い。
        学校の勉強を順当にこなし、成績も平次の様に波なく上位に位置する和葉だったが、
        改方への道を、決して緩やかな道だとは考えていない。
        しかし静華はそんな和葉の様子に笑って首を振ってみせた。
        「大丈夫、和葉ちゃんみたいに普段から真面目に勉強している子は絶対受かるわ。」
        「・・・ありがとぉ。」
        皐と似通った静華の物言いに、和葉は頬を赤らめて少しうつむき、礼を述べた。
        「私が驚いたんは、うちのアホ息子もそんな事言うてたから・・・なぁ平次?」
        「え?」
        静華の言葉の意味を計りかねて、目を見開く和葉の前で、
        静華が平次に問いかけると、平次は今気が付いたかの様に新聞を畳みながら、

        「何や、和葉も改方なんか。」

        と、用足しに行くのと変わらない、
        至極あっさりとした表情でそう告げた。