桜の予感 2


        狂気乱舞とも言うべき、皐の抱擁ショウが終了したのは、
        あれから約二分後の事である。
        「人が真面目に話しとんのに・・・。」
        自分を抱え上げ、くるくると回転しかねなかった皐を押しとどめたりと、
        一悶着終えての疲労を見せつつ、和葉はぶつぶつと文句を漏らしたが、
        「だーから、あたしも真面目やって。
        真面目に和葉が可愛いと思ったんやもん。」
        悪びれもせずに皐はそんな台詞を返す。
        「もう知らん。」
        「はいはい、拗ねんでも、寂しがらんでも大丈夫、
        高校入っても嫌っちゅう程会いに来たるから。」
        「軽く言うて・・・。」
        「ほんまやって、和歌山なんてすぐ近くやん。
        それに、あの高校の制服着た和葉も見たいし。」
        なかなか機嫌を取り戻さない和葉をのぞき込んで、
        皐はいたずらっぽく笑ってみせた。
        「制服って・・・受かるかもわからんのに。」
        皐の話が出た際、
        仲間内では誰からともなく、お互いの志望校を教え合っていた。
        その上で、先の様な、笑って済ます事の出来ない様な話が出たりもしたのだが、
        和葉に関しては、皐はその志望校の制服を着た和葉にまで話を飛ばしてしまっている。
        そして、

        「受かるよ。」

        今までとは違うトーンで、慎重に言葉を紡いで、
        「和葉みたいにきちんと目的持って勉強して、そういう子はちゃんと受かるって決まっとるの。」
        美しく澄んだ思慮深い瞳で、そこだけは茶化さずに、皐ははっきりとそう告げた。
        「・・・・・・。」
        和葉は少し驚いたものの、皐の真っ直ぐな瞳と言葉には、
        否定も謙遜もふさわしいものではないと考え、
        すう、と静かに息を吸い込み、
        「・・・ありがと。・・・頑張る。」
        と、ややぎこちないながらも感謝と決意を込めてそう答え、
        やはり真っ直ぐに、皐の瞳を見つめ返した。

        そうして改めて考える。
        やはり寂しい、と。


        「それにしても、あたしより旦那の事考えてあげなかわいそうやん。」
        しっとりとしてしまった空気を、お互いに照れ笑いで払拭しながら教室へと戻る最中、
        皐が先程の一件をおかしな方向から蒸し返す。
        「・・・何やの旦那って。」
        「せやから、東京行くかもしれない旦那。」
        「・・・あんたはさっきから遠距離恋愛とか訳のわからん事を・・・。」
        しれっと答える皐に、和葉が眉をひくつかせる。
        先程は皐の勘違いを軌道修正するので精一杯だったが、
        思い返せば結構とんでもない事を言われた気がする。
        「まぁ、冗談やけど。」
        「当たり前や。だいたいあたしと平次は・・・。」
        「ただの幼なじみやっちゅうんは聞き飽きたし、
        あたしが冗談や言うんはその事やなくて、服部平次の東京行き。」
        常套句とも言うべき和葉の言葉を途中で押しとどめ、
        皐がきっぱりと言い放つ。
        「・・・何が冗談なん?」
        「んー、先生とか、服部のファンの子とかが噂しとるし、あたしもはずみでついそう言うてしもたけどな、
        あいつが東京の学校なんて行く訳ないやん。」
        「そら、平次は大阪が好きやけど。」
        世界の中心は大阪にあると、真剣に考えているのではないだろうかという様な、
        幼なじみの常日頃からの言動を思い返して和葉がつぶやいたが、
        「ちゃうちゃう。」
        皐は即座にその言葉に否定を返した。
        「ほんなら、何?」
        そんな和葉の様子に、皐は意味ありげな笑みを浮かべつつ、
        一文字一文字を丁寧に発音した人物名で答えてみせた。
        それは期せずして、先程平次の名を告げた時と、同じ様な調子である。

        「遠山和葉。」

        「はあっ!?」
        あまりにも予想外の返答に、先程同様、和葉が大声を返す。
        「せやから遠山和葉。
        あいつが、こんな可愛い幼なじみ放って、東京なんか行く訳ないやん。」
        「な・・・ア、アホちゃう!?」
        「ほんまに、恋は人をアホにさせるねー。」
        一体何を言いだすのだと、和葉は大声を上げたが、
        皐はしみじみとそんな事を言い、自分で自分の言葉に頷いている。
        「あんたやあんた!!」
        「そら、あたしかて和歌山振って、和葉の元に残りたいけど、
        そんなに想ってくれる人のおる女に未練残してもしゃあないし、
        和歌山と遠山和葉って何か似とるから、それで我慢するわ。」
        「ドアホーーーッ!!」
        ツッコミもものともせずに、一人頷きつつ、訳のわからない事を語り続ける皐に、
        真っ赤になった和葉の、何度目かの絶叫が炸裂した。