気づかず優しく 5
「あ、そんならご飯・・・。
ガス台に茸汁と、テーブルに甘鯛の寄せ蒸しと焼きナスが出とるから、温めて食べてな。
あと冷蔵庫にカボチャのサラダが入っとるけど、
奥の古唐津の鳥わさと菊の花のおひたしはおっちゃんのおつまみやから食べたらあかんよ。」
一段落して、少しばかりしっとりとした二人の間の空気に照れを感じたのか、
夕食を取る姿勢を見せた平次の言葉を思い返し、
和葉がてきぱきとそんな言葉を口にする。
相変わらずの料理の手腕を思わせる献立と、
平蔵の酒の肴にまで気を配る細やかさには恐れ入ったが、
そこまでの事をしておきながら、何故この場で采配を振るのだろうと、
別に何から何まで依存する気は無いが、平次は和葉の態度に疑問を感じた。
「お前は食わへんのか?」
「あー、うん、すぐ行くから先行っといて。」
平次の問いかけに対し、和葉は曖昧な笑みを浮かべると、
これまた曖昧な言葉で返答を返した。
こんな薄暗い客間で一人、残って何をする事があるのだろう。
そう、疑問に思ったのは一瞬の事で、すぐにその理由に思い当たると、
平次は先程から、随分長い事、横座りしたままの体勢を崩さない和葉へと、
ゆっくりとした足取りで近づいた。
「お前・・・。」
「な、何・・・?」
間を詰める平次を、脅えた様に見上げながらも、その体は動かない。
そんな和葉の目の高さに合わせる様に目の前にしゃがみこみ、平次はにやりと笑った。
「足、しびれて動けんのやろ?」
「〜〜〜〜〜〜。」
絶句し、真っ赤になって平次を睨み付ける和葉の態度は、
明らかに図星を示していて、思わず声を上げて笑うと、
「もう、誰のせいやと思うとんの!!」
と、真っ赤な顔のまま怒鳴られた。
確かに、二時間もの間、同じ姿勢のまま、膝枕を強要させていたのは、
誰あろう、自分である。
膝枕の一件を思い出し、平次は笑いを止めて決まり悪く口の端を歪ませたが、
ややあって、思いつき、
「・・・そんなら、抱えて行ったろか?」
と、しれっとした表情でそんな提案を口にした。
「なっ・・・!!」
平次の言葉に、和葉は思わず足のしびれも忘れて体を後退させたが、
その反動が思い切り足に来て、
痛みとはまた違う、何とも言えない衝撃が全身を駆け巡り、
声にならない叫びを上げつつ、その身を強張らせる。
「〜〜〜〜〜〜!!」
「ほら、無理せんと。」
そんな和葉に、平次は何でもない事の様に両手を差し伸べつつ、
大人しく抱き上げられる事を促したが、
次の瞬間、和葉は意を決した様に目を見開き、ばっと勢い良く立ち上がると、
無言のまま、自分の両手でふくらはぎをばしばしと叩き、
足の甲やつま先をぐぎぐぎと、物凄い速さで動かし始めた。
「おい・・・。」
突如として眼前で始まった激しい運動に、平次は呆気に取られたが、
「くっ・・・はぁーーーっ!! も、もう大丈夫。」
豪快とも思えるそんな声を上げ、その場で二、三回の足踏みをし、
ノーサンキューとでも言うように両の手のひらを広げ、
強張った笑顔で完全復活を告げる和葉には、
「お、おう・・・。」
という、気圧されたとしか言い様のない返答を口にしつつ、
差し出した両手を引っ込めざるをえなかった。
抱えて行く事を申し出たのは、
本日の自分の所業に対する反省心を下敷きに、
純粋な、親切心からではあったのだが、
まったくもって、やましい気持ちがなかったとは言い切れない。
何一つとして記憶に無い膝枕や、
実行出来なかった抱擁を、
この行為によって補おうと、考えていなかったと言えば嘘になる。
だが、しかし、それにしたって、
あれ程、嫌がる事は無いのではないだろうか。
確か帰宅時にも、似た様な脱力を味わったと、
平次は眉根を寄せつつ思い返していたが、
和葉は和葉で、
帰って来た時の冗談といい、人の気も知らんと、平気でそないな事言わんといてよ・・・。
と、足のしびれを平次に指摘された時以上に頬を紅潮させ、
足の事など忘れてしまう程に波打つ事をやめないでいる胸の鼓動を静める為、
一人、孤独な戦いを繰り広げていた。
「そんなら、今度こそノート貰って、あたし帰るから。」
客間から台所への廊下を歩きつつ、
和葉はいまだ少しの怒りを引きずったまま、平次にそんな提案をした。
そのまま、自分が平次の部屋に取りに行っても良いのか、
確認する様に平次の顔を見上げる。
「飯食って行かんのか?」
平次もまた、先程の和葉の態度にどこかふてくされた気持ちを抱えてはいたのだが、
帰ると言う和葉の言葉には、そんな台詞で足止めをかけた。
「うん、遅なってしもたし、テストの勉強もせなあかんし・・・。」
廊下の先に見える玄関の戸口のガラスに映る、
すっかり闇におおわれた外の様子を不安そうに見つめながら和葉がつぶやく。
「・・・・・・。」
完全に、自分のせいである。
自分のせいではあるのだが、無論、頭を下げる様な事はせず、
代わりに平次は、
「飯、食って行けや。自分でも食えへん様なもん、作った訳やないんやろ?」
などと、無礼としか言い様の無い一言で切り返した。
「なっ・・・当たり前やん!! お、美味しいかはわからんけど・・・
何でそんな事言うんよ!!」
怒って言い返した和葉だったが、
女子高生としては充分過ぎるその手腕も、自画自賛には至らないのか、
味について語る時はその声量は半減した。
「せやから、食って行けや。」
和葉の料理が美味いかだなんて、そんな事は自分が一番良く知っている。
正確には違うかもしれないが、何が何でも、自分では一番だと思いたい。
そんな事を思いつつも、至極一方的な言葉を繰り返す平次に対し、
和葉は眉をひそめ、不可解な表情を浮かべたが、
「で、食い終わったらテストのヤマ張ったるから。
お前に借りたノートに目ぇ通しとるから確実やで?」
普段、授業などろくろく聞いていないくせに、
ノートに目を通しただけでテストのヤマが確実に張れると言い切る。
決して大風呂敷では無い所が余計にくせ者だと思いつつも、
和葉は平次が言葉を続けるのを黙って聞いていた。
「そんで、どんだけ遅なっても、送ったるから・・・どうや?」
暗に、帰るなと言っているのだが、
そんな平次の意図に和葉が気づくはずも無く、
提示される条件の数々に、和葉は眉をひそめたまま、
「何か・・・優しゅうて怖いんやけど・・・。」
と、怖々つぶやいた。
「・・・お前程やないわ。」
「またそんな嫌味言うて・・・。」
ぼそりと返した本音は、案の定、嫌味として流された。
和葉の言う所の平次の優しさは、
和葉の優しさに対する、平次なりの返礼であるのだが、
結局の所、自分の利につながってしまうのだから、
和葉の様に無償とは言い切れないと思いつつ、平次は和葉の返答を待った。
「そんならお世話になるけど・・・。」
平次の部屋にも、玄関にも向かわず、
台所の方に体を向け、服部家にとどまる意を見せる和葉に、
平次はこっそりと口の端をつり上げたが、
「でもほんまにええの? 疲れとらん? 迷惑やない?」
和葉は先の後悔を内心で思い返しつつ、三段階に渡り、そんな確認を平次に向けた。
正直、帰宅を申し出たのは、暗闇や明日のテストの事ばかりが原因では無い。
「はぁ? 何言っとんねんお前。」
「何って・・・。」
「ええから、飯食うで。」
和葉の心境を知ってか知らずか、
平次は素っ気ないとも取れるそんな言葉を残し、
そのまま、一足先に台所へと消えた。
「もう・・・。」
言葉同様、素っ気ない背中にそんなつぶやきを投げかけるものの、
恐らくは、いまだその体に疲労を宿している平次が、
少なくとも、自分が側にいる事を拒んではいないその様子に、
とがらせかけた和葉の唇は、自然な笑みを刻んだ。
そうして、平次の後を追いつつ、
今回の事件の内容についてや、何か無茶な事はしていないかと、矢継ぎ早の質問をする事は、
再び平次の疲れを引き起こしてしまう事になるだろうかと思いを巡らせつつ、
和葉は夕食の準備を整えるべく、その服のそでをまくり上げた。
願わくばと、本日は何度目かの、
そして、無意識ながら人生では何度となく繰り返して来た、
癒しの言葉を、胸の中で温めながら。
終わり
あ〜、こいつら、これで結婚しなかったら嘘だよなぁ、
そしたらこんな国出てってやる(突然亡命宣言。)。
いや、今回は疲れた平次に膝枕をするハメになった和葉を書きたかっただけなのですが、
色々と肉付けをして書き進んで行く内に、そこには無意識の新婚さんが!!
そりゃおめぇ、飯より風呂より和葉だろ!? って感じなのですが、
そこはそれ、ときめきキャンディラヴ作家なので、膝枕が限界です。
でも膝枕なんつーのも、ウチでは結構な進展っぷりでして、
これはときめきキャンディラヴっつーより、
ときめきまんじゅうラヴなんじゃねぇの!?(何ソレ。)
と、ときキャン協会から除名されやしねぇかと、現在一人でブルリ
(ときキャン協会・除名もクソも会長会員すべてハナ。)。
それにしてもケンカネタは難しいなぁ。
ちょっとした言い合いならともかく、こういう展開だと、
ウチの場合、こう・・・双方が素直にきちんと謝って仲直りという事はほとんど無く、
甘くなって鼻の頭チョーンっと仲直りなどという事はまったく無く、
盛り上がらず、曖昧なままに元のサヤっつーか・・・。
数々の誤解やすれ違いもさせたまんまだし、じれじれとはいえ、良いのかこれで。
特に平次の態度は、マジで愛想つかされる領域にあると思います。
そんな訳で今回、どっちが悪いかと言えば平次です。だってウチだし(訳わかんねぇよ。)。
つーかさぁ、金曜までとか条件つけられても、和葉以外には借りる気が無かったノートだろ?
にもかかわらず返し忘れた分際で、偉そうな態度取ってんじゃねぇよ、
その上和葉に謝らせるなんて、アンタ一体何様!?
・・・いや、あたしが書いてるんですが。すみません、常軌を逸して。
しかし、自分で書いていると言えば、謝る和葉。
あの、自分で書いといて、っつーか、謝らせるなんて事させておいて何ですが、
か、可愛くはないですか? やばい? あたしやばい?
当初の予定では、そんな和葉に平次が反省しまくる・・・って感じだったのですが、
あまりの愛しさに、思わず抱きしめたくさせてやりましたよハッハー!!(もう何が何だか。)
まぁ、もちろん、そんな事させませんけどねハッハー!!(もう何が何だか。)
にも関わらず、抱き上げようとするだなんてアラ図々しい!!
まぁ、新婚さんと言えばお姫様抱っこと言うのは世の習わしですが(嘘つけ。)、
そのまま寝室になんか行かせる訳ねぇからよく憶えとけー。
和葉の嫌がりっぷりが尋常じゃないですが(業界初、足のしびれを自力で直す和葉。)、
やはりそれは照れと、表面上は平気な顔でそんな事を言う平次に対する怒りがね。
つーか、今回は本当に、膝枕という、ウチではものすげぇ展開に感謝して欲しいものです服部平次。
しかし膝枕を憶えていない事を心底悔しがる平次の表現には、
正直悩んだものですが、いかがなもんでございましょ。
でも「して欲しい。」などと言い出す性格でも関係でも無いにしろ、
「して欲しくない。」はずはなかろうと・・・。
まぁ、一応ウチの平次は硬派イメェジなので、思いはしても表には出しませんが。
そして、そんな平次の様子に、和葉は和葉で、他の誰かには・・・
と、得意の思い込みを繰り広げる訳ですが、
大丈夫、平次はアナタの膝しか見ていません(って、嫌だなそれ。)。
しかしあのトンガリ部分は痛くはないのか・・・。
所であたしの創作は、説明不足と言われようと、
前に一度書いた事にはあまり詳しい説明は入れていないので、
服部家の所々にある電話の理由や、和葉の料理の腕前等、
わからない奴は置いていく。
って、何て言い草。見放されるぞ。
ああん、いつも読んで下さってありがとうございます(取ってつけた様に。)。
しかし、わからないと言えば服部家の間取りだよ〜。
平次の部屋は二階かと考えて、敷地を持て余しまくりでもしや服部家は平屋か?
などと考え出したら訳がわからなくなり、
謎なまま、数ある客間の一つにぶちこんでみました。
二階かどうかは考える癖に、客間は勝手にいくらでもある事に設定。
それにしてもねぇ、和葉・・・それは幼なじみじゃなくて幼妻だよ・・・と思いつつ、
影なる場所でなお、甲斐甲斐しい彼女に涙。
でも何ちゅうか、やはり無意識に自然にやってしまうイメェジで。
まぁ、そんな訳での気づかず優しくではあるのですが、
これは、自分の優しさに気づかない所もしかり、
相手の優しさに気づかない所もしかり、
そして気づかれなくても優しいって所もしかり。
癒せるとは思っていなくても、少しでも癒せたらと望み、
そんな風に思いつつ側にいてくれる人間の存在だけで癒され、
お互い気づかぬまでも暖かい夜が・・・って、綺麗にまとめだしたぞおい。