気づかず優しく 4
「・・・・・・。」
和葉の謝罪を受けた平次は黙ったまま、
その場にぽすんと、あぐらをかいて座り込んだ。
腰が抜けたと言うのは大げさだが、力が抜けたという表現は近い。
純粋に、驚いて座り込み、ぽかんとした表情を浮かべたまま、
その謝罪の声同様、消え入りそうな様子の和葉を見つめる。
貸し出し期限の過ぎたノートを相手の家まで足を運んで取りに来て、
家をあける両親に代わって留守番し、
いつ帰って来るかわからない人間の為に夕食と風呂の準備をし、
そんな事にも気づかずに勝手な行動を取る相手を起こさぬよう気を配り、
長い間、その膝の上で眠らせる。
それだけの事をしておきながら、
瑣末な口喧嘩が自分の疲れを増幅させたと考え、
心の底から詫びる目の前の存在。
言葉では言い尽くせない程の感情が、平次の心を支配した。
上手く表現する事の出来ない、沸き上がった感情の赴くまま、
抱きしめる事の出来る関係だったらどんなに良かっただろう。
しかし、恐らくは性格的な事から来る和葉のそんな行動に自惚れ、
突飛な行動に出る訳にも行かず、
ついでに自らの行動への、反省心も手伝って、
平次はあぐらをついた片足を立て、その上に肘を付き、
苦笑いを浮かべ、自分の前髪をくしゃりとかき上げた。
そうして一言、
「アホやなぁ。」
とつぶやく。
抱擁の代わりと言うには、あまりにもお粗末な一言だった。
「なっ・・・人が謝っとるのに、何やのそれ!!」
平次のつぶやきを耳にし、うつむいていた和葉が目を見開き、
困惑した表情で声を張り上げる。
いつもの調子を取り戻しつつある和葉の声音に、平次は笑いを深めた。
「せやから、怒ってええで。」
「は?」
「・・・俺は別にお前の事、怒っとらん。せやから怒ってええで。」
「はぁ?」
君が謝る必要なんてこれっぽっちもありません。
色々と、謝らなければならない様な事をしでかしたのは自分の方です。
今思い返してみて、顔から火が出る様な気持ちであると共に、
嫌われていないのかとても心配です。
いえ、元々、嫌われていないかもわからなくはあるのですが。
まぁとにかく、こんな自分を今はいっそ、怒ってくれた方がありがたいです。
饒舌で、妙な意地やプライドの無い人間であったのなら、
そんな台詞を口にする事が出来たのだろうか。
脳裏でそんな事を考えつつも、無論、実行に移せるはずもなく、
平次の口から出てきたのは、自分でも不可解だと感じる先の一言で、
案の定、真意が伝わるはずも無く、和葉は奇妙な物でも見るように眉をひそめている。
「・・・とにかく、謝らんでええから。」
それでも結局、詳しい解説も添えられず、ぶっきらぼうにそんな言葉を述べ、
腹減ってしもたわと言葉を次ぎつつ立ち上がる。
これはもう、いい加減見放されるに値する態度だと、内心で猛省したが、
和葉は、
「・・・うん。」
と、一言つぶやくと、暗闇なのが惜しい程の笑顔を返してみせた。
平次の気持ちを知ってか知らずか、
どちらにせよ、平次にとっては甘すぎる言葉と態度である。