噂の春 2
演劇部に入部届を出しに行くという伊吹を見送り、
和葉は自分もまた、入部予定の合気道部に向かおうと、少し机や鞄の整理をした後、席を立ったが、
「おい!! 和葉!!」
ふいに、後方から良く知った声に呼び止められた。
見れば、腐れ縁と言うべきか、高校に上がっても同じ組になった幼なじみで、
名前順の整列で、和葉は中央の前から二列目の席になったが、
平次は隣りの列の一番後ろの席で、何故かふんぞり返って自分を睨みつけている。
「もう・・・何なんよ。」
「お前、昨日俺ん家に上着忘れて行ったやろ。」
「・・・あ!!」
不機嫌な表情で自分を呼びつける平次に、和葉は唇を尖らせながら歩み寄ったが、返された言葉に目を見開く。
昨晩は服部家にて、知人、主に刑事連中を招いての、二人の入学祝いが行われたのだが、
段々と暖かくなって来た春の気候に、行きに着て行った上着を置き忘れた上、
今、平次に言われるまで、すっかりその事を忘れていた。
「ご、ごめん。」
「学校に女の上着なんか、わざわざ持って来とらんからな。」
真っ赤になって謝罪し、あたふたと動かされる和葉の手を催促と感じたのか、平次が眉をしかめる。
「わ、わかっとるよ、ちゃんと自分で取りに行くもん・・・。」
「・・・おかんが、ついでに飯食って行けって言うとったわ。」
それでは二晩続けてお邪魔する事になってしまう。
静華はいつでも自分を手放しで歓迎してくれるが、目の前の幼なじみはそうではないかもしれない。
そう考えて、和葉は自分を呼んだ時からの平次の不機嫌な様子を考えた。
高校生になったというのに、お姉さん役を自負しているというのに、
まるで小学生の様な忘れ物をしてしまった自分に呆れているのかもしれない。
「・・・・・・。」
そのまま視線を下げると、ふいに、先程の伊吹の言葉が思い出された。
「その・・・突然やけど、遠山さんと服部君って付き合っとるん?」
伊吹は純粋に、その疑問を会話のきっかけにしたかっただけだとわかっているが、
名前で呼び合う自分達に対し、妙な噂を立てる人間もいるかもしれない。
自分はともかく、平次は何かと目立つ。
その事で、平次に迷惑をかけてしまったら、平次に迷惑と感じられてしまったら。
頭の中を暗い考えが支配して行く。
それ以前に、名前で呼び合う関係を「付き合っている」などと感じられる様な年齢に合わせて、
自分ももう少し、成長しなければならないのかもしれない。
せや、もう高校生なんやし、自立した、大人の女になって・・・
人様の家に上着忘れたりせんような・・・ああもう、出発点からして低いわあたし・・・。
「おい!!」
「わっ!! 何!?」
「何、やないわ。お前、ちゃんと人の話聞いとんのか!?」
反省や決意を頭の中に渦巻かせていると、急に耳元で平次が怒鳴った。
どうやらずっと話かけていたらしい。
「あ、えーと、ごめん・・・。」
そこで和葉は小さく息を吸い込み、
「服部君・・・。」
と、つぶやいてみた。
華麗なる、大人への第一歩・・・のつもりである。
「は? お前、今何ちゅうた?」
和葉の声が耳に入るやいなや、平次が怪訝そうに眉をしかめ、自分を見上げて来る。
その表情に、和葉は赤くなって目を逸らしつつ、
「せやから・・・ごめん、服部君。」
もう一度、先程の台詞を繰り返したが、平次の表情は怪訝さを増すばかりである。
「何やねんそれ。」
「・・・服部、とかの方がええ?」
「ドアホッ!! 君付け呼び捨て以前に何で苗字やって聞いとんのや!!」
バンッと机を叩かれる。
まだ教室に残っていた数名の生徒が一斉に注目した。
見れば平次は先程の不機嫌な顔以上の、本気で怒り出す五、六歩手前の顔をしている。
「それとも服部さん?」などと言わなくて良かったと、心の底で安堵しながら、
「いや、あの、高校生やし、知らん人だらけやし、
その・・・名前で呼ぶんも、迷惑かなって・・・。」
和葉はしどろもどろで苗字を呼ぶに至った思考を説明したが、
「・・・毎度毎度、お前の考えはまったく読めん。」
心底呆れた表情で、名探偵にお手上げのお言葉を頂いてしまった。
「けど・・・。」
「訳わからん、気色悪い、総じて却下や。
そもそもお前、俺ん家来てそれ言うたら、三人同時に振り返んで。」
「・・・・・・。」
そんな事はないと思うのだが、華麗なる、大人への第一歩をいきなり挫かれ、
和葉は何とも言えずに眉根を寄せて考え込んだ。
「別に、ええやろ、今まで通りで。」
考え込む頭に、軽い口調が流し込まれ、はっとする。
声の主は、口調に反して少し真剣な面持ちで和葉を見ていた。
「うん・・・。」
こくりと頷く。
平次がそう言うのなら、迷惑でないのなら、とは思う。
それに、本当は少し・・・すごく・・・平次を名前で呼べなくなる事は寂しかった。
「そんなら、しょうもない事言うとらんと、
入部届、出しに行くんやろ? 格技室は剣道場の隣りや。さっさと行くで。」
その視線に、鼓動を早くした和葉に気づく事もなく、
何事もなかった様に平次が鞄を持って立ち上がる。
しっかりと、合気道部の場所まで把握してくれている幼なじみに、
お姉さん役の自信はまたもぐらつきそうになったが、
これ以上、足手まといにはなるまいと、和葉もまた、鞄を持つと、慌ててその後を追いかけた。
「おら和葉!! ちゃっちゃとせんかい和葉!! 何やっとんねん和葉!!」
廊下に出るなり、何を思ったか、平次が急き立てる様に大声で名前を連呼する。
「なっ、すぐ来たやん!!」
遅れまいとしたのにと、和葉は非難の声を上げたが、
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、
上機嫌を取り戻したかの様な幼なじみの顔を目に入れ、少し眉を下げると、
「アホ平次!!」
そう、大声で言い返した。
その親しげな様子に、気落ちしまくっている少年達がいる事も、
その少年達に対し、幼なじみが勝ち誇った笑みを深めている事にも、まったく気づかず、
和葉は新しく出来た友人を自慢しようと、満面の笑みで平次の顔を振り仰いだ。
終わり
かかかっ・・・可愛いーーー!!
観たか聞いたか君の心は逮捕されたか!? 今回も素敵な素敵な挿し絵付き!!
「ちるどれん・ぼっくす」の秕帷苓さんにワガママを言って、和葉を描いて頂きました!!
FQ同人で昔から憧れている方です。
そんな御方に平和を描いて頂くなんてぇぇぇ。
こんな事を繰り返していると、いつかバチが当たるのではないかと思うのですが、
可愛い和葉の前には、バチの一つや二つ!!
うわーーー!! こっち見てるよ!! 赤い顔でこっち見てるよ!!(発狂。)
今回は高校入学当時の話なのですが、
すみません、これを書き出した後に、原作により、
改方学園には中等部が存在すると・・・!!(下手すりゃ幼稚舎とか?)
うう、受験話とか、散々書いてから・・・!!
まあ、そんな訳で、ここまでは改方入学とか言ってても許して下さい。
今後は何かこう、適当に迎合しながら書いて行きます。
日本人形と西洋人形の出会い。
津森伊吹、あたしの平和創作を色々と注意深く読んで頂くと、
たまーに、和葉の演劇部の友人というのが登場するのですが、彼女がその友人でございます。
平和を始めた頃から、あたしはこの子ともう一人、和葉の友達を考えていて、
三人娘でキャピキャピ(死語。)した話を書きたかったのですが(平次は。)、
それから五年以上も経って、ようやく最初の一人が登場・・・三人の話はいつになる事でしょう。
まあ、今回、伊吹はちょいと登場するだけで、
メインはさすがに平和です。平和創作です(今更。)。
新しい環境だと、こういう事もあるかなぁと、また和葉を悩ませてしまいました。
この数日後が「雨音は変わらず」になるので、入学当初はずっと悩んでいる事に・・・嗚呼。
原作はもちっと明るくて前向きかなあとも思うのですが、
原作はほら、中等部からの持ち上がりだから!!(訳わからん。)
そして、毎度お馴染み不機嫌平次。
彼はもう、入学当初っつーか、下見や受験の段階から、
和葉と自分の仲を周囲に知らしめたくてたまらないので(アイタタ、ハナホン平次アイタタ。)、
入学の翌日も和葉の側にいたかったのですが、伊吹と仲良くなってしまい・・・。
放課後も自分をシカトして部活に行こうとしたので大変ご立腹です。
おまけにちょっと距離を置かれそうだったしな。内心バックバク。
まあ、最後は和葉和葉と連呼して、思惑は叶ったのではと・・・。
下の名前で呼ぶ事を、和葉が気にする裏で、平次はより積極的に活動。
今回、一番書きたかったのはここです。
そんな二人は春のみならず、一年中、学園の噂の的ねっ☆
って事で、タイトルは多少間違ったかもしれません。
こちらを観る和葉にドギマギしつつ、楽しく創作を書かせて頂きました。
シィナさん、本当にありがとうございました!!