噂の春 1
「その・・・突然やけど、遠山さんと服部君って付き合っとるん?」
言葉通り、突然そんな事を問われ、和葉は目を見開いた。
改方学園入学の翌日、まだ知り合って間もない級友達は、
どこがぎこちない雰囲気を漂わせている。
休み時間を持て余し、和葉自身も自分から誰かに声をかけようと考えていたのだが、
行動を起こすより先に、驚くべき内容で先手を打たれてしまった。
爆弾投下の主は、前の席から少し心配そうな表情で、和葉の返事を待っている。
津森伊吹。
華奢な体つきに大きな瞳の、可憐な印象を与える少女で、
少し濡れた様に輝く瞳を縁取るまつ毛が驚く程に豊かで長く、
外国の子供の様に、丸くて桃色に色づいた頬が愛らしい。
茶色がかった、ふんわりとした髪にリボンをつけ、ドレスを着込んだら、
西洋人形も裸足で逃げ出すのではないかと思う様な容姿なのだが、
その髪は、特に厳しい校則という訳でもないのに、きちんと三つ編みに編まれている。
全体的に幼い印象で、中学校に入学したばかり言っても通用しそうな雰囲気だ。
「あ、えーと、ちゃうけど・・・何で?」
「あ、そうなん? ごめんなぁ、遠山さんも服部君も名前で呼び合っとるみたいやし、
二人共、新入生代表やったから、もしかしたらそれが縁で付き合う様になったんかなぁって・・・。」
戸惑いつつも疑問を返すと、伊吹は困った様な表情でそんな説明を返した。
「そ、そんなんやないよ、へ、平次とは、その、幼なじみで、
ずっと学校が一緒やったから、それで・・・。」
中学生の時までは、幼稚園や小学校からの同窓生も多く、
多少からかわれる事はあっても、いちいちこんな説明をする必要はなかったが、
二人の事情を知らない者ばかりの高校では、こんな疑問を持たれる上に、
「付き合ってる」などという、耳慣れない言葉まで頂戴する事になるのかと、
和葉は内心、どぎまぎしながら伊吹に幼なじみとの事情を説明した。
そもそも、男女が名前で呼び合う事に対して、この説明で事足りるのかも、不安になって来た。
しかし、伊吹はそんな和葉の心配をよそに、
「そうなんや。」
と、屈託のない笑顔を返して来る。
「・・・・・・。」
もしかして、「安心した。」・・・とかなんかな。
伊吹の笑顔を見ている内に、和葉はまた別方向の不安にかられた。
平次の事を好きになって、だから自分にあんな事を聞いて、でも付き合ってないって聞いて安心して、
すごく可愛い子やし・・・っっ!!
「同じクラスで入学早々そんなんあったら凄いなぁって思たんやけど、早とちりしてしもた。
あ、それより遠山さん、部活決めた?」
「・・・・・・。」
一瞬の内に胸中に不安を渦巻かせた和葉は、
伊吹のあっさりとした話題転換に椅子から転がり落ちそうになる。
どうやら、本当に純粋な疑問のみで、先の話題についてはもう興味がないらしい。
何であたしってこう、平次の事に対して落ち着きがないんやろ・・・。
ため息と、伊吹への謝罪を、心の中でひっそりと行いつつ、
和葉は伊吹の質問に答えを返した。
「和葉ちゃんて楽しいなぁ。勇気出して話しかけてみて良かったぁ。」
休み時間の度に会話を重ね、放課後を迎える頃には伊吹とは名前で呼び合う仲になっていた。
西洋人形の様な外見に見合った、おっとりとした性格の様だが、
面白い形でマイペースな所があって、話題がくるくると転換される。
しかし、柔らかな口調で話される様々な話題はどれも明確で面白く、視点の素直さが感じ取れた。
部活は中学同様、演劇部に入るつもりだと言っていたが、
この容姿と表現力が舞台で花開く様を見てみたいと、和葉は純粋に胸を躍らせ、
この可愛らしい友人に、数時間で魅了されてしまったのだが、
伊吹の方も似た様な気持ちでいてくれた事に驚いた。
「代表の挨拶もそうやけど、自己紹介もはきはきしとって聞いてて気持ち良かったし、
色んな事、話してみたいなぁって思うとってな、
けど、日本人形みたいに綺麗な子やから、ちょお緊張したりもして、
どうやって話しかけようかって、朝声かけるまで、実は色々悩んでたんよ。」
「・・・・・・。」
誉め言葉の数々に呆然とする。
かなりと言うかだいぶ、過大評価されている様に思えてならない。
赤くなりながら慌てて否定の言葉を返したが、
それでも、仲良くなれて嬉しいという、伊吹の素直な言葉が嬉しくて、
和葉もまた、同じ様に感じていた自分の気持ちを笑顔で伝えた。