一品追加 2
何が原因か、あまり機嫌の良くない事から、
食事を済ませたらそのまま家に帰ってしまうかと考えたのだが、
意外にも平次は帰宅する事なく和葉の家に居座り、
居間のテレビの前の座卓に陣取ると、何を観るでもなくチャンネルを操作している。
行動の読めない相手だと思いつつも、やはり嬉しいと思う気持ちの方が勝る。
「そういえばあんた、数学の課題やった?」
振る話題に色気がないとは思ったが、
丼の片付けという作業を終えた後で、そんな事を気にかけても仕方ない。
「あー、そんなんがあったなぁ・・・。」
「忘れとったん?」
「そんなん憶えてて推理に集中出来るか。ここで片付けてくわ。」
「あ、うん。」
一緒に・・・と、切り出そうとしていた所だったので、
平次から先手を打たれる形になって、一瞬遅れて言葉を返す。
自分の部屋に行くかとも思ったが、テレビと向き合う平次に動く様子がなかったので、
自分からわざわざ言い出す事もはばかられ、
和葉は一人で部屋に向かうと課題のプリントと筆記用具を手に戻り、
ファクシミリの機能でプリントをコピーして平次に渡した。
「おう。」
飲み物を用意して居間に戻ると、
テレビが正面に来る様にと考えたのか、座卓に座った平次が自分の右隣りを空ける。
「・・・・・・。」
特に面白い番組がやっている訳ではなかったし、
勉強中はテレビを消し、平次と向かい合って座るつもりでいた和葉は、
一瞬、気恥ずかしさに躊躇したものの、
何も考えていない平次を相手にそれも馬鹿らしいと考え、やや挑む様に隣りに腰掛けた。
「よっしゃ、終了や。」
ぱしっと軽く課題をはじき、平次が満足の声を上げる。
和葉はと言えば、ようやく全体の三分の二を過ぎた所だ。
成績の上では、常に上位に位置する和葉に対し、
そう変わらない位置ではあるものの、
その上下を行ったり来たりと、集中力故か、成績に波のある平次だが、
こういう時はその頭脳の明晰さを認めざるをえない。解答に迷いがないのだ。
真面目な授業態度とは言い難い平次に対し、後から基礎を教える事はあっても、
一旦身に付けてしまえば、応用を教えられるのは和葉の方で、
少し悔しいと思う半面、そんな幼なじみの英知を、誇らしいと思う自分もいる。
「まだそこか・・・・・・見せたろか?」
和葉のプリントをのぞきこみ、平次が少し意地悪く笑う。
「ええよ。自分でやらんと意味ないし、
最後に答え合わせして、違てたらまたやり直す。」
課題があまりにも多い時は二人で協力する事もあるが、
一方的に見せて貰う事だけはしない。
努力家とも意地っ張りとも取れる和葉の意見に苦笑しつつ、
「俺の答えかて完璧やないで。」
と平次がつぶやく。
「・・・・・・。」
自分の言葉から平次に対する信頼を読み取られてしまった事が恥ずかしく、
課題に集中するふりをして、和葉はその言葉を無言で流した。
テレビでは企業のピーアール番組が流れている。
缶ビールを作る工程を流したりと、さほど興味を引く内容ではない。
時刻はもうすぐ四時になるが、中途半端な時間故に、他の局でも特に目の引く番組はやってない。
そうそう、テレビがなくてはいられないという性質でもないのに、
先程からつけたままにしている平次に対し、何か観たい番組でもあるのかと、
課題を解きつつ、和葉が声をかけようとした時だった。
ふいに、平次の頭が和葉の肩へと寄せられる。
「な・・・ん・・・!!」
思わず声を上げそうになるが、
それが、意識を手放した故の行為であるとすぐに気づき、息をつく。
つまりは、眠ってしまったのだ。
もう・・・・・・!!
息が止まりそうな程、動揺したこの精神をどうしてくれるのだと軽く睨みつけたが、
数時間前までは殺伐とした事件と向き合っていたはずなのに、
天下泰平を映したかの様な寝顔は揺るぎもしない。
思い切り重心をかけられているという訳ではないからさほど重くはないし、
課題を続ける上で、そう負担にはならない。
平次は課題を終わらせてしまっているし、特にこの後、用事があるとは言っていなかったから、
しばらくはこのまま寝かせておいてあげようと和葉は考えたが、
近すぎる距離に、どうにも心が落ち着かない。
絶対に、顔が赤くなっていると思うと、更に恥ずかしさが増して行く。
そもそも、勝手に来て、勝手に食べて、勝手に寝て、
気ままにも程があるのだ、この幼なじみは。
その裏で、人がどれだけ葛藤しているかなんて、少しもわかってない。
そんな事を考えて、和葉が再び、平次の寝顔を睨みつけようとした時だった。
「さと・・・・・・。」
小さな、かすれた声で、平次が何事かつぶやく。
な・・・寝言?
再び驚かされたものの、単なる寝言であると息をつこうとしたが、
その言葉の意味する所を考えて、眉をひそめる。
さと・・・って、もしかして、サトコとか、サトミとか・・・・・・女の事!?
ゆ、夢にまで見る程って、どんな関係なんよ!!
まさか・・・昨夜も事件とか言うて、その女と・・・・・・!!
わずか五秒の間にそこまで考えて、
和葉は赤くなった顔を一気に青ざめさせたが、
「さと・・・いも・・・・・・。」
間をあけずに、平次が再びつぶやいた言葉に呆然とする。
さ、里芋ぉ!?
何やの、それ・・・・・・。
とんでもない事を考えていただけに脱力もひとしおで、思わず平次の頭を乗せた肩を下げそうになる。
けれどこの「里芋」というのは、もしかすると先程話題に出た、タコと里芋の煮物の事だろうか。
答えを返すべき相手は、もう寝言をつぶやく様子もなく、寝入っているが。
やっぱり、食べたかったんかな・・・。
それ程の好物だったのかと聞いたら、何故か憮然としてしまった平次を思い出し、眉根を寄せる。
好物ではないにしろ、今はどうしてもこれが食べたいという事が人間には多々ある。
もしかしたら、昨日家に来た刑事達から話を聞き、
ふいに食べたくなって、残り物を求めて家に来たのかもしれない。
そう言えなかったのは、子供っぽいと思われるのを避けての事だろうか。
一人、そんな推理を進めて、和葉は思わず笑ってしまった。
こんな風に寝てしまう程、疲れているはずなのに。
もしかしたら徹夜だったのかもしれないと、少し硬い前髪を上げて、顔色を伺う。
健康そのものといった寝顔から、疲労を読み取る事は出来なかったが、
その時にはもう、和葉の中では、今日の夕食の献立の一品は決定していた。
考えてみれば、自分がこの料理を平次に作るのは初めてかもしれない。
静華が作った物の方が、美味しいとは思うけど、
もう、いらないかもしれないけど、
また、怒るかもしれないけど、
素知らぬ顔をして差し出すと決めて、
眠る平次に目を細めてみせる。
テレビでは、平次が解決した事件を報じるニュースが始まろうとしていた。
終わり
かんわいいーん・・・(横座りに崩れ落ちながら。)。
さて、ご覧になりましたでしょうか、素敵挿し絵!!
こちらは、ハナホン開設当初からお世話になっているFQ界の大御所、
「しあわせのしっぽ」のおおたじゅんこさん(閉鎖されました。)に描いて頂きました!!
って、FQ界の大御所に平和!!
どこまで図々しいのか花屋堂。
いやぁ、素敵企画に参加させて頂いた時に見せて下さった甘い顔につけ込んでみました。
でもおかげで、あげな可愛い和葉が!! 眠る平次が!!
かんわいいーん・・・(横座りから引っ繰り返って腹を見せて降参のポーズで。)。
そんな訳で、張り切って創作を書かせて頂きましたが、
書き手同様、どこまで傍若無人なのでしょうか服部平次・・・。
いやぁ、飯を食いに来たり、一緒に課題をやったりする事が、
日常茶飯事っぽい事を書き表してみたかったのですが、
そりゃやりすぎ言いすぎと感じる部分も多々あって、
そんな事してたら嫌われるよーと、書いてて不安になりました(アホか。)。
まぁ、いつものヤキモチ故なのですが(出たぞ、自分でネタばらし。)。
平次のタコと里芋の煮物への気持ちに対する和葉の考察、うーん、30点。
好物でもなく、ふいに食べたくなった訳でもなく
奴は、和葉の作ったこの料理を食った事がなかったのです。
若手刑事が遠山家でご馳走になった話を苛々しつつ聞いて、
それでも話に出て来る料理は全部食べた事があるからと、やや優越感を抱いていたのですが、
中でも絶品だったという、タコと里芋の煮物の話を出されてガビーン!!(古代効果音。)
俺は食った事ねえ・・・!!
疲れと眠気を抑え、残り物求めて遠山家へ・・・うわ、こう書くとえれぇ情けない!!
更には、夢にまで見んなよテメーって感じですが、
彼に取ってはもう、大事件だったのでしょう。
そして女の名前かと勘違いする和葉。
ハナホンお得意の妄想平次ではなく、原作っぽい勘違い和葉ですが、
かわいそうなのですぐに誤解は解けました。贔屓しすぎ。
それしても煮魚の汁でネオ煮物って、なるべく懐かしい感じの味にしようと出したんだけど、
関西どころかハナ家でしかやらない様な事だったらどうしよう。美味いんだけどな。
そういや冒頭に出て来る木の葉丼、あたしはこの歳まで知りませんでした。
関西が主流の料理なのかなって事で、
冒頭、急いで作れる物はなんじゃらほいと考えた結果、出させて頂きました。
東西、食については色々隔たりがあるにも関わらず、果敢に挑戦しているので、
多少の間違いがあっても突っ込んだり怒ったりしないで下さい(先手。)。
食事を済ませ、うたた寝する程疲れていても平次が帰らなかったのは、
やっぱり和葉ちゃんの側にいたいから・・・v
無意味に可愛くまとめてみました。
タコと里芋の煮物に次ぐ、第二の深読みポイントはテレビのニュース、
自分が解決した事件のニュースを一緒に観つつ、
「平次すごーい。」とか言われたかったんだろうなコノヤロ。
寝ちまいましたけど。
まぁ、起きたら幸せが待っているという事で、タイトルは一品追加。
ウチでは作品の更新時に「一品追加」と表記するので、
「一品追加」を一品追加、というネタがやりたかったのかもしれない。くだらないにも程がある。
挿し絵を頂いた瞬間から喜びが止まらず、何度も何度も拝見しつつ、
楽しく創作を書かせて頂きました。
改めまして、じゅんこさん、ありがとうございました!!