止まらず行くから
四回目・・・。
室内に響き渡る、無粋で盛大な音声に、限界とばかりに眉をしかめ、
読みかけの専門書のページを記憶しつつ、苛立ちを隠して静かに閉じる。
「本は丁寧に取り扱いましょう。」は、言わずと知れた、図書室のルールだ。
重ねてこちらも。
「『図書室では静かに。』小学生でも知ってるぜ?」
椅子に腰掛けた上体だけで振り返り、
本棚と本棚の間に座り込み、ポケットティッシュの残骸を撒き散らしている少女に呼びかける。
台詞と裏腹に地声なのは、週末の放課後という、何とも魅力的なこの時間を、
図書室で過ごそうなどと考えている人間が、他にはいない為である。
「うるっさいわねえ!! 傷心の乙女が泣く場所って言ったら、
図書室の片隅かポプラの樹の下って相場が決まってんのよ!!」
物凄い勢いで切り返し、その勢いのままに鼻をかむ。五回目。
・・・まーた変な映画観やがったなこいつ。
その傷心の乙女は盛大に鼻をかんだり、
善意の第三者に食ってかかる様な事はしねぇんじゃねぇかと思いつつも、
口に出したら余計面倒な事になると考え、言葉を飲み込む。
フェミニストというものは案外簡単に出来上がるものだ。
「だいたい、何で私が、こんな日に図書室で本なんか読んでる変わり者、
しかもああ医学書!! 医学書なんて楽しそうに読んでる男に気を使わなきゃなんないわけ!?
『傷心の女の子はそっとしておいてあげましょう。』とか、書いてないの!? その御大層な本には!!」
図書室で本を読むのは当たり前の事だろうという切り替えしも、
もはや聞き入れない様な状態でわめかれ、口を引き結ぶ。
本人が言う所の傷心が故の八つ当たりだとわかってはいても、
そこは甘やかしという行為の一番生じにくい同い年、
変人呼ばわりにはさすがに心の報復装置がゆっくりと作動した。
何だかんだでフェミニストへの道は遠いらしい。
「バスケ部。」
「え。」
椅子の背もたれに肘をつき、唐突に切り出してやると、
泣きはらした目が見事なまでに見開かれた。
「三年、パワ−・フォワ−ド、182cm、茶髪の・・・関川だっけ?」
「・・・なんっって、嫌な奴なの!!」
傷心の、原因たる人物を言い当ててやると、
ティッシュでこすれた鼻が目立たなくなる程、真っ赤になって立ち上がり、
目を吊り上げて、そんな性格評価。
そうは言っても、わかってしまうのだから仕方がない。
まぁ、わざわざ口に出している時点で、相手の言い分にも一理あるが。
「原因は・・・結構派手っぽかったからなぁ、二股か?」
「三股よっ!!」
グランドフィナーレたる意見に対し、
いよいよ静止が入るかと思いきや、ヤケになった様に訂正を返された。
「三・・・。」
器用と言うか何と言うか。
下手に答えを返したら後々やっかいな事になりかねないと絶句を決め込むと、
「・・・人が意を決して告白しようと思って行ったら、
修羅場の真っ最中なのよ!? 他校の女の子とかいて!!
四人で!! 入る隙ないわよ!! そうじゃないわよ!! 入りたくないわよ!!」
怒りはそのまま、愚痴の方向へと流れていく。
彼女の最大の相談相手が、今現在、部活動の真っ最中というのが、
彼の放課後の予定の乱れた、一番の原因かもしれない。
「まぁなぁ・・・。」
四股目にならなくて良かったじゃねーか。
などという意見は、たとえどんなに相手の事を考えての意見でも、
デリカシーのない意見としてカテゴライズされてしまうのだろうと言葉を濁す。
代わりに、諫言を少々。
「でもお前も悪いだろ。」
「・・・どうしてよ。」
まさかそこで非難を返されるとは思わなかったらしく、心外といった表情が返される。
「外見とか、そういう目立つ所ばっか見て、ちゃんと中味を見てねぇだろ? だから・・・。」
ここに悪意は不在である。
純粋な、同級生としての、忠告。
しかし、
「やめてよ。」
怒っているという訳でもない、普段聞き慣れない程の静かな声に、少し言い過ぎたかと口を閉ざす。
「あなたが言うと、本当にそうだなぁって思えて、怒らずに反省したくなるから嫌。」
「・・・・・・。」
「ちゃんと見てるつもりなのよ。
ちゃんと見て、素敵で素敵で、その時は悪い所なんて見えないの、
すごく好きなの。」
謝るべきかと思ったが、困った様な苦笑いを浮かべて淡々と話す相手に、
言葉を挟むタイミングが見つからない。
「でも・・・。」
そんな葛藤を知ってか知らずか、その相手は小さくつぶやいて、
床に散乱した、自分が出したゴミを手早く拾い集めると、がごん、と音を立ててゴミ箱に投げ捨て、
しばらくはゴミ箱のふたが音を立てて揺れ動く様を静かに眺めていたが、
す、と息を吸い込むと、
「次を見てなさい!! 次はもっともーっと素敵な、私だけを見てくれる人を見つけるんだから!!」
突如として振り返り、こちらに指を突き付け、大上段。
「・・・お前なぁ・・・・・・。」
立ち直りが早い、早すぎる。
一瞬、心配した自分は何だったのか。
「まずは明後日、陸上の大会があるからー。」
「少しは落ち着けよ・・・。」
おそらくは、親友を伴って出掛けるであろう相手に、静かな忠告を流すと、
「駄目よ。」
と、あっさり切り捨てられた。
「落ち着いてたら私だけの人に巡り合えないじゃない。
運命の相手がずっと側にいる様な人とは違うんだから。」
最初の言葉は真っ直ぐな瞳で、
次の言葉は見透かす様な瞳で。
「・・・何だよ、それ。」
わざと呆れた様な言葉を返すと、
「ま、心配しないで。」
と、上手の笑み。
自分の恋愛道を突き進みつつも、
他人の恋愛事情もきちんと把握している所が女の凄い所だと思う。
この相手は特に。
事実、心配を展開していた頭脳は、図星を指され、咄嗟に返す言葉を構築出来ない。
唯一の、思考を揺るがす事情。
出遅れた事を悟らせぬ為、無言のまま、再び読書に戻る形を取ると、
軽く肩をすくめる気配がして、
「それじゃあ、お邪魔様。」
と、声も足取りも軽やかに、ドアの方へと向かって行く。
そんな相手に、何となく敬意を評したい気持ちが湧き出して、
「まぁ、頑張れよ。」
と、本に視線を落としたまま、静かに呼びかける。
「お前、最終的にはちゃんと見る目あるから。」
「なぁにそれ、さっきの罪滅ぼしー?」
「そんなんじゃねぇよ。」
「ふぅん、まぁ私、親友に関しては、見る目があるって自負してるけど、
その点を汲んでくれたのかしら?」
「さーな。」
視線は向けないが、
多分あの、見透かすような瞳でこちらを見ている。
ペースには乗らぬよう心がけ、空とぼけてみせると、
「まぁいいわ、ついでにその幼なじみに関しても、付け加えておいてあげる。」
と、笑みを含んだ返答。
思わず「そりゃどうも。」と返しかけたが、
少し考えて、無関心を装いつつ、伸びを一つ。
そんな態度に気を悪くする様子もなく、
「それじゃ、近い内に私の彼氏紹介してあげるから、待っててよね。」
強気の一言。
「おう、四年でも五年でも気長ーに待っててやっから早く連れて来い。」
「ふふん、そしたらあなた、何で私の名前呼び捨てにしてるんだって、蹴り飛ばされちゃうかもよ?」
物騒な応酬を返し、ひらりと手を振って、図書室を後にする存在に、
「どんな男だ。」と、肩をすくめて、今度こそはと読書に戻る。
閉ざされたドアの向こう、軽快な歩調で立ち去って行く足音が、
意外にも心地良く、耳元に流れた。
終わり
オリジナルじゃないですよ〜。コナン創作ですよ〜。
平和中心と言いつつも、たまに思い出した様に灰原とか出てくるハナホンDC創作。
今回、意図的に名前は伏せておりますが、
まぁ、新一と園子です(台無し。)。
自分で自分の作品のネタばらしするのも何ですが、
言わないと、マジでオリジナルだと思われそうで、
「この男の子はこの女の子が好きなんですか?」とか質問が来たら切ない。
まぁ、高一から新一がコナンになる前の間の出来事という設定で。
カップリングじゃないのは言わずもがなで、
FQ創作にもお付き合い頂いている方はお察しかと思いますが、
あたしはこういう、相手の恋愛事情を察してる男女の、皮肉めいた会話というのが好きらしいです。
でも新一も園子も難しいですね!!
せっかく久々のご当地、東京の二人を書いているのに、
新一はその出番の少なさから、対園子口調がいまいちつかめないし、
園子は園子で、「理想の王子様をゲットするのよ〜!!」などという、
いそうでいないキャラがすんげぇ難しかったです。
言葉づかいも、激しい様でいて、妙な所で育ちの良さだかが見え隠れする様な気がするし・・・。
ちなみに原作重視な花屋堂ですが(あまり知られてない事実。)、
園子に松井菜桜子というアニメのキャスティング、これ以上はない素晴らしさだと思います。
新一は園子に対しては、飽きれや意地の悪さを見せつつも、
少し手厳しい意見を言ったり、皮肉混じりとはいえ応援してみたりって事で、結局は良き友人。
でもボーイハント(古代語。)に幼なじみを連れて行かれる事に対しては、
心配も垣間見せたりして、しかもそれを見抜かれたりして、形無し。
そしてラストは園子らしい立ち直りって事で。
恋愛は、常にするべきとは思わないけど、しなくて良いとも思わない。
常に何かを探求してる方が人間は輝いていますし。
って、アンタは何者だ。
最終的に見る目があるつつーのは、まぁ落ち着けばっつーのが大前提ではあるんだけど、
突っ走りつつも、四股目でも良い!! とは思わない訳で・・・思わねぇか、普通。
でも何だかんだで彼氏いない歴(古代語。)を貫いていたのは、最終的な見る目の深さかなと。
まぁ、小五郎と並ぶオチキャラだったっつーのが一番の理由ですが(それを言っちゃあ。)。
最後のやり取り、四年でも五年でもとか、蹴り飛ばされるっつーのはやや反則。
まぁ、何とかの貴公子に出会うまで、止まらず頑張れという事で。