七十五日にとどまらず 2
「なっ!!」
唐突すぎる程に唐突な意見に、思わず口をついて出た驚愕音と共に心臓が跳ね上がる。
「なななな・・・。」
懸命に、理由を聞くなり否定するなりしなければと、頭では思うのだが、
あまりの動転ぶりに口からは、な行一つ目の文字が連続発射されるのみで、他の言葉が出て来ない。
「あら、違うん? この辺じゃもっぱらの噂やで。」
「なっ、何でっ。」
和葉の反応に、さすがに自分の情報に誤りがあったのかと、おかみは眉をしかめたが、
この辺で噂、などと言われ、和葉の動揺は増すばかりである。
これは真相を聞き出すよりも自分が知り得る情報を語った方が早いと、おかみは口を開いた。
「せやから、和葉ちゃん、よう服部さんの奥さんと買い物に来るやろ?
そんで、その様子を見ていた肉屋の奥さんが、自分とこの長男の・・・良隆君やったかなぁ?」
「ああ、上のボウズやろ? 大学生やったか・・・。
あんまりええ娘やから、あれの嫁さんに欲しい言うたんやろ?」
「・・・・・・。」
八百屋夫妻は楽しそうに話を紡ぐが、
和葉にしてみれば、自分の預かり知らぬ所で起こっている縁談話×2に、
頭はいよいよピークと言って良い程の混乱を迎えていた。
「そんで、結構本気やったんか、
後でその話を一人で買い物に来た服部さんの奥さんに持ちかけたらしいんやけど、
その、あまりええ顔されんかったみたいでな・・・。」
そこでおかみは言葉を濁したが、聞く所によれば、その瞬間の服部静華はと言えば、
「品格のある御婦人」と評判の立ち居振る舞いや、いつもの涼しげな雰囲気を崩す事はなかったものの、
周囲の人間が畏縮するに充分な空気をたたえつつ、
いわゆる「目は笑っていない」絶対零度の微笑でにこりと微笑み、
その様子に、肉屋のおかみは注文の牛肉と豚肉を間違え、主人は思わず肉切り包丁を取り落とし、
肉の解凍速度は普段よりも遅れたとか遅れなかったとか。
「そんでまぁ、『あの子はウチの息子のお嫁さんに来て貰う子ですから。』言うて、
肉屋のおばはんの申し出をきっぱりと一蹴したとかで、もうこの辺じゃその噂でもちきりやったんやで?」
「そんな所に和葉ちゃんがそんな若奥さんみたいな格好して服部さん家の買い物に来るんやもん、
こらてっきり花嫁修業の一貫か何かかと・・・。」
そう言いつつも、八百屋のおかみはもう一度、
「ほんまに違うん?」と、和葉に確認を取ってみせたが、和葉はもはやそれ所ではない。
あ、あの人はーーーーーーっっ!!
先程以上に顔を真っ赤にしつつ、静華の言動について思いを巡らせる。
どうにも彼女は我が子と自分との仲を取り持とうと画策している節があり、
好きな相手の母親に良く思われていないという様な話の横行する昨今、
それはありがたいと思うべき事なのであろうが、
片恋である以上、背中を押す手ばかりが強まっても困るという気持ちの方が強い。
初めてではない、こんな事態に遭遇する度、静華に何事か言うべきだとは思うのだが、
そんな話の流れから、万が一、自分の気持ちが露見してしまうのも困る。
和葉にしてみれば、静華の行動の起源は、自分が身近にいる娘だからだという程度のものであり、
平次に対する自分の気持ちは気づかれていないと考えているのだが、
実際の所、服部静華とて、和葉が可愛いという気持ちだけで強固な行動に出ている訳ではない。
夫の職業風に言うならば、
きちんと裏づけは取っていた。
無論、息子の分も共に。
「と、とにかくっ、それはおばちゃんの冗談やから!!」
頭では様々な考えを渦巻かせつつも、口からはそれが精一杯とばかりに否定の言葉を残し、
和葉は挨拶もそこそに八百屋の店頭から逃げる様に駆け出した。
小走りに八百屋から離れる事数メートル、
そのまま加速を強めて全力疾走で服部家まで帰りたい気分ではあったが、
なごやかに買い物する人であふれる商店街での全力疾走は大いに注目を集める事だろう。
ただでさえ自分に関する噂が出回っているなどと、
自意識を過剰にさせられる様な事を言われたばかりである。
極力目立たぬよう、和葉は歩調を緩めたが、その頬の赤みは相変わらず薄まる事はなかった。
・・・お嫁さん、やなんて・・・。
好きな相手とのそんな噂は、本来なら喜びに値するのかもしれないが、
素直に喜べる様な間柄であるのなら、八百屋の店先から逃げ出したりはしない。
仮に、こんな事が平次に知られたらと思うと・・・。
そう考えただけで、和葉の頬からは瞬く間に赤みが消え、青味を帯び始めた。
知られて、迷惑だと、言われたら。
「・・・・・・。」
それは、仕方のない事だとは思うのだが、
直接そんな事を言わて、悲しくならないはずがない。
現に、想像しただけでも視線が落ちてしまう程である。
でも・・・商店街なんて今はあまり来んやろし・・・。
この噂が平次の耳に入る事はないだろうから、
取り合えずは大丈夫だろうと、和葉が気を取り直しかけた時である。
「アホかっ!! せやからそんなんやないって言うとるやろ!!」
馬鹿でかい、という表現がぴたりと合った大声が後方から響き、
恐ろしいまでに聞き覚えのあるその声に、恐る恐る振り返れば、
そこには。
な、何でおるんーーーーーーっ!?
八百屋のはす向かいに位置する酒屋から、
もう一人の渦中の人であり、和葉の複雑な胸中の原因とも言うべき服部平次が出て来た所で、
何とも言い難い偶然に、和葉は思わずその場に棒立ちになってしまう。
そんな和葉に気づく事なく、平次は酒屋で購入したらしい一升瓶を肩に乗せつつ、
店の中に向かってまたも何事か悪態めいた言葉を投げつけると、
憮然とした表情のまま、こちらに向かって歩き出して来た。
ど、どないしよ・・・。
普段なら、こんな偶然には気を良くし、気軽に近寄って行く所なのだが、
今は状況が状況、精神状態が精神状態である。
ついでに酒屋の人間と何事か言い争ったらしい、平次の機嫌も良くはなさそうで、
和葉は道の真ん中でどちらに動くべきか躊躇したが、
戸惑いつつ、ふと平次に視線を戻すと、
かの幼なじみが、何故か怒り顔を一転、一瞬、顔をほころばせ、
だらしないと言ってはあんまりだが、
照れた様な笑みを浮かべるのに、和葉の視線は釘付けになった。
な、何・・・?
状況と合わない、不可解な平次の表情に、思わず動きを止めて和葉が立ちすくむ。
そんな和葉の動かぬ体が視界に入り、
服部平次はようやく、自分の進行方向にいる幼なじみを認め、
瞬く間に笑みを終局させつつ、目を見開いた。
「かっ、和葉!! おまっ、こないな所で何やっとんねん!!」
「な、何って、キャベツが足らんから買い物に・・・。」
服部家近隣の商店街とはいえ、平次が商店街にいるよりは和葉の方が使用頻度は高い。
意外な程に平次が焦っている事で、逆に和葉は幾分冷静に、言葉を紡ぐ事が出来た。
「平次こそどないしたん?」
「・・・親父の所に寄って来たら、酒が切れてたから買うとけて・・・。」
和葉の問いに、平次は比較的早急に冷静さを取り戻してそう答えると、
肩に担いでいた「銘酒・西の誉」を掲げて見せた。
「ふぅん、いつも配達して貰てるのに、おばちゃんが注文忘れるなんて珍しいなぁ。」
「・・・・・・。」
和葉の言葉に平次は何事か、考えを巡らせている様であったが、
「それにしても何やの、あんな大声でお店の人とケンカしたりして。」
それには気づかずに、和葉は平次の先程の行動に対して苦言をもらした。
それと同時に、昔はこの商店街にて、二人で怒られる様な事ばかりしていたのに、
今こうして平次を怒っているのも不思議なものだと苦笑いが浮かぶ。
「うっさい、お前に関係ないわ。」
「・・・・・・。」
軽くいさめた言葉に対し、恐ろしいまでに素早い切り替えしを入れられて、和葉の唇が尖る。
何事か、言い返そうと考えたが、
「お前こそ何やねん、見とったんならさっさと声かけたらええやろが。」
その話は終わりだと言わんばかりに、平次が言葉を挟む間もなく問い返して来た。
「べ、別に、あたしの勝手やろ。」
「はん、さよか。」
すぐに声をかけられなかった理由はと言えば、無論、例の一件で、
その事を悟られまいと、和葉は自分でも可愛げがないと感じる速度で、思わずそう言い返していた。
平次はと言えば、その返答に気を良くするはずはないのだが、
何故か普段よりも反論は短く、大人しいもので、それ以降は言葉を閉ざしてしまった。
和葉は一瞬、違和感を感じるものの、
今は自分の内情を隠すのが精一杯で、相手の心情を探る余裕がない。
お互いの間に、奇妙な沈黙が流れる。
パープー、と、豆腐屋のラッパの音がどこか虚しく響いた。
「あ、あの、晩御飯、お好み焼きやで。」
いまだ胸には焦りを抱えていたものの、
らしからぬこの沈黙は、やはり自分が悪いと考え、
慣れない空気に耐えかねて、和葉は必死に笑顔を作ってそんな話を切り出したが、
言葉にどこか覇気がない。
「さ、さよか、あんま酒と合わんなぁ、ははは。」
対する平次も、何故か意外なまでに愛想の良い返答を返したが、
その言葉はどこかぎこちなく、笑い声は乾いて流れた。
「でも肴も色々用意してあるし・・・。」
「そんなら今夜も騒ぎになりそうやなぁ。先に風呂入っとくか。」
「あ、うん、さっき掃除しておいたからすぐ入れるで。
あ、でも石鹸が切れかけとったかも・・・。」
「この前新聞屋から貰たのがあるやろ。」
「あ、せやね、出しとくわ。」
それでも何とか、通常通りの会話に戻ったと、
お互いが心の中で胸をなでおろしつつ、思ったのだが、
思ったのだが。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
こ、この会話って・・・・・・。
とある事に思い当たってしまい、二人は再びの沈黙に見舞われた。
商店街の真ん中にて、微量ながらに頬を赤らめ、
どこかぎこちない雰囲気をたたえて歩く。
そんな二人の様子は、周囲の大人達にしてみれば微笑ましい事この上なかったのだが、
出前の為に店から通りへと現れ、そんな二人の様子を目にし、
同様の感想を抱いたうどん屋の店主の無邪気な言葉により、
二人は頬だけにはとどまらない顔の赤さと、
これ以上はないという様なぎこちなさに襲われる事となる。
「いよっ!! 新婚さん!!」
終わり
この世の終わりにはこれを食っていたいと思う程の大好物であり、
お好み焼きには並々ならぬ情熱を持っているあたしです。
作る時は他の誰にも触らせない程のお好み焼き将軍(鍋奉行の友達。)。
でも本場大阪とじゃ色々と違うのかなぁと思いつつ、材料等を書き綴ってしまいましたがそこはそれ。
ちなみに書きませんでしたが、江戸っ子丸出しで醤油をかけても結構美味。
・・・って、何で「あたしとお好み焼き」について語ってんだ。
そんなこんなでお好み焼きの材料陳述から始まる前代未聞の平和創作。
相変わらず、和葉と静華が仲良く料理している様子が大好きなあたし。
そして、今回一番書きたかったのは、レトロな格好のお買い物和葉でございましょうか。
今回はエプロンじゃなくて前掛けで。
そしてそんな格好で買い物へと出され、とんでもない噂を知る訳なのですが、
今回の件、果たして静華の画策なのか、画策だとすればどこからがそうなのか、
キャベツ、和葉の格好、酒、鉢合わせ・・・等々、色々と考えて下さると面白いです。
酒もそうだとしたら平蔵もグルって事で。
目的としては商店街への印象付けか? こういう事だから妙な気起すなよ、と。
敵に回したくない女だな服部静華。
平和に関する服部静華の華麗なる計画、プロジェクト・ピース(ださー。)。
無論、二人の気持ちを見抜いた上での計画ではあるのですが、
等の本人達は自分の気持ちは知られていないと思っているので、
その事に対して突っ込んで、「嫌いなん?」と問い返されたりして、
下手に自分の気持ちがバレても・・・って事で、あまり強くは出られなかったり。
平次辺りは無謀にも挑んでそうですが、即座に返り討ち。
その辺も見抜いた上で、やりたい放題かまして欲しいものです。
子供の頃の平和、無茶しすぎでしょうか?
自称お姉さん役の和葉はストッパーかなぁとも思ったのですが、
新蘭が一緒に結構無茶していた感じなので、
お姉さんぶるのはもう少し後って事であんな感じに。
そしてとことん突っ走る、完全オリジナル寝屋川シティ。
服部家は高級住宅街って感じかなぁとも思うのですが、
あたしの中の平和の、古風で庶民的な雰囲気から、こんな感じの商店街を設定。
ラストに出て来るうどん屋は、「その手の先に」に出てきたうどん屋です。
原作のうどん屋とのリンクとか、図々しい事も考えましたが、さすがに遠いだろうと自粛。
そして鉢合わせる平和・・・。
平次の身に起こった事はご想像にお任せするとして、
その後の反応が、青くなる和葉に反して、思わずニヤけ・・・きもっ!!(ひでぇ。)
和葉よりは楽観主義な訳ですが、
この辺が、和葉の前ではカッコつけつつも、実はベタボレというハナホン平次。
とはいえ、やはり相手に知られるのは・・・って事で、
お互いが、自分の内情を隠すのに必死で、
よもや相手にも同じ様な事が起きていようとは気づかないという・・・。
しかしラスト、そんな二人の必死の隠蔽工作も、うどん屋の一言で台無しに・・・。
こういう、この後どうなるの的なラストは、あたしにしては珍しいかも。
ケンカになるとか、ときめきのきっかけになるとか、何かはっきりとした展開が待っていそうですが、
ウチ辺りだと、思わず二人で逃げ出して、しっかりと噂に拍車をかけた挙句、
「何やったんやろなぁ、ははは。」とか、互いに笑って誤魔化し、
素知らぬ顔の静華を睨む・・・といった感じでしょうか。色気ないったら。
タイトル、最初は「服部さん家の・・・」と、
若奥さんを匂わせる感じにしようかと思いましたが、
何となく、名前使うと特別な感じかなぁとやめにして、
日付が経っても消えない噂って事で、こんな感じに。
「寝屋川純情商店街」なんつーのも考えましたが、パクリだしな、それ。
<補足>
思い出した? あの日の夕焼け!!(唐突。)
こんばんは、挿し絵を要求させたら日本一、ハナです。
今回は「淡色ノ森」のコロンさんにおねだりしちゃいましたv てへv
リンクをして下さり、他ジャンルですが平和も好きですと、
贈り物をして下さったコロンさんの優しさに甘え、
「今ぁ、こういう創作があるんですけどぉ。」と、羽根布団さながらに創作を差し出し・・・。
・・・相変わらずの自分の手痛さを振り返ると恐ろしいものがありますが、結果オーラーイ!!
こんなに可愛い挿し絵が手に入ったんだもの!!
可愛いーーーっ!! 可愛いーーーっ!! 可愛いーーーっ!!
可愛い上に、あたしの念波が届いたかの様な、イメェジ通りのイラストに感動しました。
思い出した? あの日の夕焼け!!(しつこい。)
本当に、いつもありがとうございます、コロリンちゃん!!
で、また良い話があるんですけどぉ・・・(怖いよ。)。