君は天使の事ばかり 2
用事があるというのは嘘ではなく、
駅ビルで行われている物産展で、漬物を買って来て欲しいという母からの言いつけがあった。
乙女の悩みと漬物は対極にある気がしたが、仕方なく用事を済ませ、駅ビル内を歩く。
自分の買い物をする気にはなれなかったので、そのまま駅に向かうつもりだったが、
出入り口にある若い女の子向けの雑貨屋で、和葉はふと、
花をあしらった可愛らしいヘアゴムが並んでいるのを見つけた。
蘭ちゃんに似合いそう・・・。
普段はその優美な漆黒の髪をおろしている蘭だが、
部活の時などは髪をまとめると言っていたし、
プレゼントしたら喜んでくれるのではないだろうかと考える。
それで少しでもお詫びになったら・・・元気になってくれたら・・・。
そんな考えのまま、思いつめた表情でヘアゴムを手に取る。
赤とピンクの二種類。蘭にはどちらも似合う気がする。
あの美しい黒髪を考えると赤が映えそうだが、優しいピンクも蘭には似合うと思う。
それを言うなら白も良いし・・・
と、ここにはない色まで取り入れて、和葉が悩み出した矢先、
真横から浅黒い手が伸ばされ、そのごつごつした手には不釣合いな可愛いヘアゴムを取る。
「・・・こっちがええんとちゃうか。」
「へ、平次!?」
驚いて顔を上げれば、幼なじみが赤い花のヘアゴムを手に、憮然とした顔で立っている。
「どないしたん? こんな所で・・・。」
いくら駅の入り口にあるとはいえ、
まったく不釣合いと言って良い、女の子向けの雑貨屋での平次との遭遇に、
和葉は目をまん丸にし、声を上げた。
「・・・ちょお、用事があって通りかかったら、お前がおるのが見えたからな。
その、これでええやんけ。金なら俺が・・・。」
店にいる、他の女の子からも注目を集め始め、居心地の悪さを感じたのか、
平次が早口にそう言って、和葉にヘアゴムを突き出す。
「平次は赤がええと思うん?
あたしはピンクも蘭ちゃんのイメージかなって思うんやけど・・・。」
「なっ! それ、工藤の姉ちゃんのなんか!?」
「うん・・・うーん、やっぱりピンクかなあ・・・。」
何故だか焦る平次を尻目に、和葉は赤とピンクのヘアゴムをもう一度見比べ、
やはりピンクだと呟くと、ピンクの花のヘアゴムを持ってレジへと駆け出した。
後には何とも言えない表情をした少年が、
赤い花のヘアゴムを持ったまま、取り残される形となった。
「一日・・・それの事考えとったんか?」
「へっ? ちゃうよ、これはさっきたまたま見つけて、
蘭ちゃんに似合いそうやなって・・・。」
蘭への贈り物を胸に抱え、帰路を歩く途中、平次が思案顔で問い掛けてくる。
一日とはどういう事だろう。
今日考えていた事と言えば、メールの・・・
「あーーーーーーっ!!」
そこでふと、自分の携帯を見ると、蘭からのメールの到着を知らせており、
和葉は大声を張り上げた。
和葉ちゃん、何度かメールくれていたのにごめんね。
実はお父さんとコナン君と事件に巻き込まれていて、
全然連絡する事が出来なかったの。
あ、事件はもう、お父さんが解決したよ。
その話は今度ゆっくりするとして、
園子と三人で出掛けるの、大賛成だよ!!
どこが良いかな? やっぱり温泉とか?
皆でたーっくさん、色々な話したいね。
その時はまた、服部君の面白い話を聞かせてね!!
蘭
「・・・・・・。」
蘭の暖かいメールに、心の中にじんわりと温度が戻った様な気持ちになる。
自分のデリカシーのないメールが、本当は辛かったかもしれないのに、
そんな事を感じさせない、優しい文章に思わず涙が出そうになった。
「何やねん、大騒ぎしてメール見て・・・なっ、何やお前、泣いとんのか!?」
自分の顔を覗き込んだ平次が驚愕の声を上げる。
恥ずかしさに、和葉は慌てて目をこすった。
「なっ、泣いとらんよ!!」
「・・・・・・誰からのメールやねん。」
「え? 蘭ちゃんからやで!!
今度園子ちゃんと三人でどっか行こうって話しとってな!!
あーもう、楽しみやなあ、はよ会いたいなあ、蘭ちゃん大好き!!」
説明しながら自分のテンションが上がって行くのがわかる。
朝から思い悩んでいた分、今の状況が嬉しくて、
和葉は満面の笑みで蘭への贈り物と共に携帯電話を抱きしめた。
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん・・・・・・。」
後方で、苦虫を噛み潰した様な表情をした幼なじみが、
ぶつぶつとそう呟くのには気づかずに。
朝から様子がおかしい和葉をずっと気にかけていたにも関わらず、
当の本人の頭には、東京のライバルの幼なじみの事しか頭にないとはどういう事だ。
元気になってくれるのならと、思い悩んでいるらしき物を、
恥ずかしさを堪え、買ってやろうとすれば、蘭の為だと言う始末だし・・・。
「それなら、赤い方を買ってやれは良かったんじゃねえの。」
気持ちを隠し、あくまで世間話として今回の話をしたならば、
おそらくかの名探偵はそう助言をしてくれたであろうが、
数日後、和葉が蘭に件のプレゼントを贈りつつ、
「平次が蘭ちゃんには赤が似合うって言うてたんやけどな・・・。」
などと不用意に漏らした一言により、
「なあ・・・何でお前が蘭に似合う色を考えてんだ・・・?」
自分同様に幼なじみに関しては過剰な反応を見せる名探偵からの恐ろしき尋問に、
何からどう説明すべきか、平次は天を仰ぐ事になった。
終わり
蘭ラヴな和葉が書きたくて書きたくて・・・な作品。
和葉ラヴな何とか君はいつもの事。