秋雨想起 7


        「だーいじょうぶ、子供やないんやから。」
        もう、十年近く前になる、幼い頃の記憶に苦笑いを浮かべつつも、
        おそらくは、同じ記憶を共有しているであろう父に、
        その事は告げぬまま、あっけらかんとした声を返す。
        あの後、一緒に行った展覧会の事も、父は憶えているだろうか?
        「ふん・・・それも寂しいなぁ。」
        どこまで本音か、和葉の言葉に対し、そんな言葉をつぶやく父に対し、
        「何言うとんの。」
        と、小さな笑いを落として、和葉は再び窓からの空を見上げた。
        宵闇は近づいていたが、長かった秋の雨は、次第に降り止む気配を見せている様な気がする。
        「なぁ、お父ちゃん、そんなら差し入れ持って行ってええ?
        もう雨も上がると思うし・・・。」
        「ああ、そらありがたいけど、気ぃつけて来るんやで?」
        「せやから、子供やないって言うたやろ?」
        少しふくれてみせる和葉に、父が小さな声で笑いを返す。
        言外に、まだ子供だと言われた気がしたが、
        それでもその部分に暖かいものを感じ、
        二、三語交わした後、和葉は笑顔で電話を終了させた。

        多分、まだ子供。
        でも今は、父への距離を感じても、
        自分で狭めて行く事が出来る。


        そんな事を考えて、和葉は一人で微笑を深めたが、
        「何笑てんねん。」
        「きゃあっ!!」
        ふいに、耳元でそんな言葉を発せられ、文字通り飛び上がってしまった。
        「なっ・・・平次!!」
        見れば、いつの間に上がりこんだのか、
        平次が傍らで呆れた表情を浮かべている。
        「あ、あんた、何で・・・。」
        「玄関、鍵開いとったで。いくら刑事の家や言うたかて、無用心なんやないか。」
        「だ、だって、お父ちゃんが帰って来るはずやったし・・・。」
        淡々とした平次の言葉に、しどろもどろで言い訳を述べる。
        しかし、何故自分が言い訳をしなければならないのだと、ふと思いとどまり、
        「だいたい、そやからって、何で勝手に上がって来るんよ!?」
        と、反対に非難の言葉を述べる。
        しかも、自分の感覚を過信している訳ではないが、
        この意地悪な幼なじみは、気配を消していた。絶対に。
        「呼ぼう思たけど、電話しとるみたいやったからな。しかもアホ面で。」
        「ア、アホ面って。」
        「相手、お前の親父やろ?
        自分の親父相手にけったいなやっちゃなぁと思て見とったら、
        電話切っても、一人で笑っとるし・・・何や、おかしなったんか?」
        真顔でそんな事を聞いて来るが、それがからかいだと悟り、
        和葉は一瞬、怒声を上げようかと息を吸い込んだが、
        気を取り直して口をつぐみ、

        「・・・大嫌い。」

        と、小さくつぶやいた。