秋雨想起 4
「・・・・・・。」
父に連れられ、最初は上機嫌だった和葉だが、
目的地に近づくにつれ、その笑顔は薄れ、今やすっかり、そのなりをひそめていた。
父の言う、「えーえ所」というのは服部家の事で、
今は服部家の居間の座卓に、父と、そして、平次と共に座っている。
平蔵はまだ職場にいるとの事だったが、
台所では静華が、「和葉ちゃんの好きな物、ぎょうさん作るからな?」と、腕をふるっている。
静華の気持ちは嬉しかったし、
普段の和葉なら、服部家での会食を手放しで喜んだ事だろう。
しかし、久々に父と過ごせると思っていた今日の和葉には、
今回の席は、複雑な気持ちを胸へと運ぶばかりである。
そして、父はと言えば、さっきから平次とばかり話をしている。
「しかし御手柄やったなぁ平次君、皆も誉めとったで。」
「ほんまか? 親父もまいった言うとったか?」
「はは、そらどうかなぁ。」
「・・・・・・。」
先の事件の話で盛り上がる二人に対して、和葉はだんまりを決め込んでいたが、
平次は和葉の父と話しつつも、たまにちらちらと和葉の方を盗み見る。
そんな平次の様子に気が付いて、和葉はますます意固地になると、
唇をとがらせてうつむいた。
「何や和葉、やっぱり具合悪いんか?」
「・・・そうやない、けど。」
「なら静華さんの手伝いをして来なさい。一人じゃ大変やろ。」
いつもなら、率先して静華の手伝いに回る和葉に、
父が何気なくそう促したが、和葉は思わず唇を噛みしめ、
「・・・邪魔、なん・・・?」
と、つぶやいていた。
「何やて?」
「平次と話したいから、あたしは邪魔なん?」
嫌だ。
こんな事は言いたくない。
お父ちゃんも、平次も、びっくりした顔してる。
こんな事は言いたくない。
「何言うとるんや和葉、せっかく平次君が・・・。」
和葉の台詞に、父が取り成す様に何かを言いかけて、
平次が驚いて父の腕をつかむのが目に映る。
そんな二人の様子に、殊更入り込めないものを感じて、
和葉は自制心も忘れ、思わず大きな声を張り上げていた。
「あたしかてお父ちゃんと話したい事たくさんあったのに!!
平次の方があたしよりお父ちゃんと会っとるのに、平次とばかり話して!!
お父ちゃんはあたしより平次が子供やった方が良かったんや!!」
「和葉・・・。」
「か・・・。」
父と平次が、同時に何かを言いかける。
しかし和葉は、
「平次なんて嫌い!!
お父ちゃんなんて大嫌い!!」
二人にそう言い放つと、そのまま、物凄い速さで居間から飛び出した。
どこをどう走ったかわからぬまま、服部家の家屋から飛び出して、
気がつけば和葉は、裏庭の一角に密集する、
花の盛りもそろそろ過ぎようかという萩の作った、小さなくぼみの中にうずくまっていた。
雨の速度は優しく、体を覆う草木もまた、それを凌いでくれてはいたが、
秋の気温が、徐々に体を冷やしていく。
ひどい事、言うてしもた・・・。
あんな言葉が、自分の中に入っているなんて、思ってもみなかった。
驚いた、父と平次の顔を思い出した瞬間、
目の淵から、ずっと我慢していた涙があふれた。
どうしてあんな事を言ってしまったんだろう。
でも、だって。
ぐるぐると、把握出来ない程の思いが、頭の中で渦巻いている様な気がする。
閉じ込めておいても、解き放しても、楽になる事のない感情。
涙を流した事により、重くなった様な気がする頭を、
抱えた膝の中に落とそうとした時だった。
「見ぃつけた。」
まるで、かくれんぼをしているかの様な優しい声と共に、萩の枝がゆっくりとかき分けられ、
そこから顔を出したのは、柔らかな微笑を浮かべる静華だった。
「おばちゃ・・・。」
「ご飯出来たで。さ、おうち入ろ。」
「や・・・お父ちゃんと・・・平次に、ひどい事・・・。」
広い家とはいえ、台所で、居間の騒ぎが聞こえていなかったはずはないのに、
何事もなかったかの様に振舞って、静華は和葉の手を引こうとしたが、
和葉はその手から逃れる様に身をすくめ、涙まじりにそうつぶやいた。
「二人共、悪・・・ないのに、あんなん・・あたし、嫌な子や・・・・。」
「嫌な子は泣いたりせえへんよ。
自分の気持ちと違う事、言うてしもたから涙が出るんよ。」
着物の裾が汚れるのも構わずに、草の生い茂る地面にしゃがみこみ、
静華が和葉の顔をのぞきこみながら、そんな事を言う。
「嫌いなんやのうて、好きやから、
お父さんの事、好きやから、和葉ちゃん、寂しかったんやろ?
せやったら、そう、お父さんに言わんと。」
「・・・せやけど、そんなん、わがままや・・・。」
優しい静華の言葉が、和葉の中の絡まった糸をほどく様に、
一語一語、ゆっくりと発せられたが、
気づけば和葉は、刑事の娘としての言葉をつぶやいていた。
「・・・好きな人にはわがまま言うてもええんよ。
好きな人はきちんと受け止めてくれるし、過ぎたら叱ってくれるから。」
「そうやで。」
静華の声に続いて、力強い、低い声が響く。
次いで、ゆっくりと立ち上がる静華と入れ替わる様にして、父の姿が現れた。