秋雨想起 2


        「そこで大人達が気づかんかったんを、俺がおかしい言うてやなぁ・・・。」
        「へぇー、平ちゃんすごいなぁ。」
        隣席の幼なじみはクラスの人気者だ。
        昼休みの今も大勢の友達に囲まれ、小学生が入り込む事など到底許されない、
        事件現場にまんまと潜り込んだ話に花を咲かせている。
        まったく未知の世界の出来事に興味津々なクラスメート同様、
        和葉も普段なら、幼なじみの冒険譚に目を輝かせる所だが、
        今日はそんな気にもなれず、隣りに出来た人垣から目を背け、
        朝から降り止む事のない雨に濡れる校庭を黙って見つめていたが、
        そんな和葉の心境に反する様に、幼なじみの声はどんどん大きくなって行く様な気がする。
        「せやからなぁ・・・。」
        「そんでやなぁ・・・。」
        ・・・そない、大きい声出さんでも皆に聞こえるのに。
        そう、思ってしまってから、
        意地悪な考え方だと、胸の辺りがチリリと痛む。
        反省する様に唇を噛みしめ、どこか違う場所へ移ろうと席を立った。
        「何や和葉、ここからがええ所なんやから、ちゃんと聞けや!!」
        輪の中心にいたはずなのに、和葉が席を立った事にいち早く気づき、
        幼なじみ、服部平次が少し苛立った声を上げる。
        苛立ってるのは和葉の方だ。
        だが、毒気のない笑顔で一斉に和葉の方を見るクラスメート達の前で、
        そんな感情を露わにする事も出来ず、
        「・・・あたし、最初から聞いとらんかったもん。」
        小さく、そうつぶやくと、和葉は静かに教室を後にした。


        チリチリと胸が痛む。
        どこかがおかしい、何かがおかしい。

        いつも楽しみな幼なじみの話が、今日はちっとも楽しくない。
        話を聞けば聞く程に、
        嫌な、トゲトゲとした気持ちが体を支配して行く様な気がする。
        一体、どうしてしまったというのだろう。
        お父ちゃん・・・・・・。
        ふいに思い出される、父の暖かい笑顔。
        この気持ちは、父の声を聞けば、話をする事が出来れば、治る気がする。
        きっと。
        そう、思ってしまってからは歯止めがきかなかった。
        走ってはいけないと言われている廊下を全速力で走り抜け、
        公衆電話の置かれた用務員室の前にたどり着くと、
        名札の裏にしまってある銀貨で、父の携帯に電話をかける。
        緊急の時意外、かけてはいけないと言われている番号だった。
        「はい。」
        「・・・お、お父ちゃん?」
        ツーコール目で流れた父の声に、涙が溢れそうになる。
        もっと会わない日も稀ではないのに、今日は本当にどこかがおかしい。
        「和葉か。何かあったんか?」
        「あ、あの。」
        何か、はない。
        和葉の中には理由があったが、
        父の求める理由ではない。
        突き動かされる様な衝動で電話をかけてしまったものの、
        緊張をはらんだ父の声に、急激に頭が冷やされ、和葉は言葉に詰まった。
        「・・・ごめんなさい、何でもないんよ。」
        「何でもない事ないやろ。学校におるんか?」
        「うん・・・。」
        怪我をしてしまった。
        払わなければならないお金がある。
        先生が呼んでいる。
        父の携帯に電話をする理由を必死に考えたが、
        嘘を言い慣れない唇が、それを言葉にする事はなく、
        代わりに、がやがやと騒がしい電話口の向こうから、父を呼ぶ声が響いた。

        父は、忙しい。

        「ほんまに何でもないんよ・・・ごめんなさい。」
        もう一度謝って、和葉は父の言葉を待たず、一方的に受話器を置いた。

        父の携帯は、110番と同じだ。
        きちんとした理由もないのに、むやみやたらとかけて良い類のものではない。