そして本日も何事も無く 2
それでも、清掃と挨拶を終え、校門から出る頃には二人の機嫌もおさまっているかと思ったが、
どうやらそれは都合の良い考えでしかなかった様で、
気を緩め、騒ぎ出した所で、突然の口喧嘩の勃発である。
「せやから何絡んどんねん。・・・さっきはへらへらしとったくせに。」
「別に絡んどらんし、へらへらもしてへんわ。・・・誰かさんと違うてなぁ。」
「せやからそれが絡んどる言うとんのやろボケ。」
「絡む程あんたに興味無いわアホ。」
「何やとーーーっ!!」
「何やのーーーっ!!」
一年生達が様々な思いに考えを巡らせている間にも、
当の二人の口喧嘩はどんどんエスカレートしてしまっている。
お互いが微妙に、先程の件を示唆しつつ、
お互いが気づいていない所が二人らしいと言えば二人らしかったが、
ほのぼのと、そんな思いにひたっている訳にもいかず、
「や、やめて下さいよ先輩達。」
と、一年生の一人が勇気をふるって、先程とは逆に牽制すると、
さすがに上級生として決まりが悪いと感じたのか、
二人はばつが悪そうにびたりと口喧嘩を止め、目をそらし合った。
「子供か、お前らは・・・。」
一年生の気苦労を見越して、二人と同級の二年生の一人が苦笑いを浮かべる。
さすがに二年も付き合っているとなると慣れが生じるらしいが、
一年生はそうもいかない。
しかし、
「あーあ、面白かったのに。」
と、一人、騒ぎなど素知らぬ涼しげな表情で文庫本に没頭しているかに見えた、
同じく一年の葛城士朗が、いつの間にやら顔を上げ、
ぱたりと本を閉じると、終演した二人の上級生の口喧嘩に対し、そんな感想をもらした。
「ばっ・・・葛城!!」
当の本人達に聞こえかねない地声で、物騒な台詞を口にする士朗に、
同級生達が慌てて詰め寄る。
「まぁまぁ、皆だってそうやって慌てていても、
先輩達のあれなくしてはいられない体になってるんだからさ。」
「まぁ、確かに先輩達のケンカがないと何や寂しいけど・・・ってそうやなくて!!」
「せや、何言うてんねん、せっかく檻ん中入った獣出す気かお前!?」
この葛城士朗と言う少年は、小柄で愛想が良く、
女子からも可愛いと言われる様な、小動物の様な外見ではあるのだが、
一年ながら平次に次ぐと言われているその剣の腕然り、
なかなかどうして中身は食えない。
騒動を面白がる性質を隠そうともせず、
中学までを過ごした東京の言葉で、柔らかく、
とんでもない事を口走る事が多々あり、その舌鋒は上下問わずだから始末に終えない。
慌ててその口をふさごうと焦るあまり、
自分達の方が大声でとんでもない事を口走ってしまい、
途端、背後に熱気と冷気、二種の視線を感じて、
士朗を囲んでいた一年生達は固まった。
「ほーお・・・・・・。」
「獣・・・・・・。」
短いが、恐怖を感じるには充分な感想が後方の二つの口から発せられ、
なぁ・・・天国に一番近い島ってどこやったっけ・・・?
パ・・・パプワニューギニア?
何でやねん、ニューカレドニアやろ・・・。
などと、凍りついたお互いの瞳で、意味をなさない会話を繰り広げている間に、
目の前にバスが到着した。
「あっ、やっと来たー。さー、先輩達早く乗りましょー。
後がつかえてるからさくさくっとねー。」
「なっ、おい。」
「ちょ、ちょお・・・。」
固まる同級生達を救う様に、
というか、元々の原因は彼自身であるのだが、
士朗は平次と和葉の機嫌などどこ吹く風、とでも言うように、
普段と変わらぬ明るい調子で二人をバスへと押し込んだ。
残された他の面々はと言えば、当初の暑さはどこへやら、
車内の冷房もさほどありがたいとは感じぬ体を引きずりつつ、
ため息混じりに三人の後に続くのみである。
休日の、それも通学路を走るバスは貸し切り状態と言っても良く、
大人数が入り口で料金支払いに手間取っても、
運転手は嫌な顔一つ見せず、愛想良く全員の乗車を待ってくれた。
そんな中、士朗に押し込められる形を持って、
平次と和葉はバスの最後尾、六人掛けの席の窓際に、
不承不承、並んで腰掛けさせられていた。
そうして、窓側から平次、和葉と並んだので、
空いた和葉の反対隣りに、士朗がちょこんと腰掛けてくれたのは、
現在二人を腫れ物扱いしている他の部員にしてみればありがたい事ではあったが、
彼自身はそれを苦に感じる所か、喜々とした表情を浮かべている。
こいつだけはわからん・・・。
そんな事を考えつつも、いくら空いているとはいえ、
彼らと離れて座るのも変な話なので、
他の部員達も後部座席に密集して席を決めた。
「あっふ・・・。」
目指す改方までの道のりは一時間弱、
もう少しで次の停留所に差し掛かる程度の距離をバスが走る中、
高校生の団体なのにと運転手が訝しむ程に、
改方学園剣道部の面々は沈黙を守り通していたが、
その原因の一端と言っても良い和葉は、
しばらくは隣りの平次を意識し、気を張りつめていたのだが、
やがて、少し気を緩めたのか、小さなあくびをもらした。
「寝不足ですか、遠山先輩?」
隣席の和葉にそんな風に声をかける士朗に、
おお、なごやかな話し運びのきっかけが・・・
と、周囲の人間は内心感謝しかけたが、
「うん・・・。
・・・夕べ、どっかのアホが夜更けに押し掛けて来よってなぁ・・・。」
と、最初はにこやかに士朗に答えたものの、
思い出した様に、段々と不穏な方向に話の行く和葉の言葉に、
地雷や・・・思っ切り地雷踏んどるやないけ、葛城のアホーーーッ!!
と、早々に感謝の意を撤回し、悪態をついた。
しかし、夜更けに押し掛ける、というのは聞き捨てならぬ行為である、
全員が全員が固唾を飲んで、相手の言葉、
無論、士朗では無い人間の言葉を待った。
「・・・妙な言い方すんなや、まだ九時やったやろ。」
「朝でも昼でもないわな。」
「だいたい押し掛けた言うても、玄関ですぐ帰ったやんけ。」
「人にきったない剣道着の修繕押しつけてなぁ。」
「おかんがおらんかったんやからしゃあないやろ!!」
「あたしはあんたの母親とちゃうわ!!」
静けさと反転、突然口喧嘩を繰り広げる乗客に、
運転手が驚き、バックミラーを向け、
前に座っていた部員達も、二人を制する様にいっせいに振り向いたので、
二人は再び、ばつが悪そうに押し黙り、目をそらし合った。