その手の先に 2
・・・まぁ、他の子に言わんかっただけで、
二人の時は盛大にからかってくれるんやけど・・・。
「和葉ちゃん? どうかした?」
急に黙り込み、何事か考え出した和葉に、
隣りにいた蘭が気遣わしげな瞳でのぞきこんで来る。
「へ? あ、大丈夫、何でもあれへんよ。」
「そう?」
安心した様に笑う蘭の反対隣りでは、
九州のテレビ局のディレクターである竹富が、
和葉と蘭、それぞれの武勇伝にしきりに感心の色を見せている。
そして前方には、注意深く辺りを探索する、西の名探偵と小さな名探偵。
取りあえずはと陣を取った町長の別荘ではあったが、
この島に潜んでいると思われる殺人犯は、
もしかしたらこの別荘の中に身を潜めているかもしれない。
そんな考えから二手にわかれ、
平次と和葉、コナンと蘭、そして竹富の五人は別荘の一階の探索を始めた訳なのだが、
長きに渡り放置されていた別荘は所々の痛みも激しく、
「お化け屋敷」と表現しても、誰に咎められる事は無いだろう。
そんな中を平次の持つ、燭台に立てられたロウソクの灯りだけを頼りに、
ギシギシと鳴る廊下を進み、正体不明の何者かを探す、
そんな状況から、もう十年も前になる、
子供の頃の事を思い出してしまい、脅えつつも和葉は苦笑した。
あれでも、あの頃はまだ素直やったなぁ・・・。
お化け屋敷に入る事になったのは、
結局の所意地っ張りな自分の性格が災いしての事だったが、
それでも、怖いからと、平次の腕につかまる事をせがんだ自分は、
当然の事ながら、今よりはずっと素直だった。
同時に、もうあの頃から、平次の存在を心強く思っていた自分に驚く。
いまだ、何かにつけてその時の事を持ち出して自分をからかう平次には、
絶対にそんな感情をもらすつもりはなかったけれど。
またも飛びかけていた意識を取り戻し、和葉は辺りの気配をうかがった。
本当に、この別荘に何者かが潜んでいるのだろうか。
お化けや幽霊の類に比べれば、
殺人犯の方が怖くないと考える自分の感性が人並みかどうかはともかくとして、
今現在、何が飛び出して来てもおかしくないようなこの状況はさすがにありがたくない。
前方に平次がいる事は心強かったが、
それでも幾分距離が開いている事に不安を感じ、
真横にいて、同じ様に脅える蘭とくっついていようかと考えた時だった。
ゴウンッ、と別荘全体を揺るがすような激しい音が響いて、
先の台風でガラスの割れてしまった窓から廊下に穏やかならぬ風が吹き込み、
平次の持つロウソクの炎を吹き消した。
「ひゃっ・・・!!」
和葉と蘭はさすがに声を上げかけたが、
灯りが消えたのは風のせいだとわかっている分、
いたずらに騒ぎ立てる事を避け、必死に声を押し殺した。
しかし暗闇が与える不安はどうにも制御出来ず、
次の瞬間には、和葉は思わず隣りの蘭の腕へとしがみついていた。
「蘭姉ちゃん、大丈夫だよ、風のせいだから・・・。」
「う、うん・・・。」
「え?」
しがみついた腕の主が蘭だと思っていた和葉だったが、
あさっての方向から聞こえる、
元気づけるコナンの言葉に答える蘭の声に驚き、目を見張る。
そういえば、自分がしがみついているこの腕の太さと高さは、どう考えても蘭のそれでは無い。
となると、蘭以外で自分の近くにいたのは竹富だ。
「す、すいませ・・・。」
知り合って間もない中年男性にしがみついてしまった非礼を詫びつつ、
和葉は竹富から身を離そうと慌てたが、
急な驚きが重なり、足が思うように動かない。
焦る和葉の背中に、ぽん、ぽん、と、武骨な手が二度、触れた。
「えっ・・・。」
それは、自分が片腕をつかんでいる人間の、
もう片方の腕から繰り出された行為である。
突然の事に戸惑いつつも、
はっきりと記憶にあるその感覚に和葉は目を見開いた。
これは・・・。
「いや〜、驚いたね、さ、これで火をつけよう・・・。」
考える間も無く、これまた少し離れた場所からとぼけた声が発せられ、
カチッと小さな音が響くと共に、ライターの火がともり、持ち主である竹富の姿が浮かび上がった。
同時に、小さなガスの灯りによって、辺りの様子もはっきりとする。
真横には、しゃがみこむ蘭と、彼女と同じ目の高さで彼女を励ますコナン。
そして額の汗をふきつつ、火のついたライターを差し出す竹富は前方に。
とすると、今現在、自分がつかまっているのは・・・。
「へっ、平次!!」
「・・・何やねん。」
答えと言うべき腕の主は、上擦った声を上げる和葉をうるさそうに見下ろしている。
和葉はと言えば、色々な意味で動揺は先程以上と言っても良かったが、
今度こそは意識をきちんと覚醒させ、
あたふたとしつつも大慌てで平次の腕から離れた。
平次はそんな和葉を横目で睨みつつも、
解放された手に持っていた燭台を竹富に差し出し、ロウソクへの点火を促した。