新緑の恋を知る 5
「どないしたん?」
時が止まったのはほんの数秒、すぐに正気を取り戻し、
平次は差し掛かっていた、校舎から剣道場へと続く渡り廊下の中央で、
バッ、バッと素早く辺りを見渡したが、
渡り廊下はもちろん、その横に位置する中庭にも、
放課後をかなり過ぎた、部活動の真っ最中である今は人気が無く、
彼の周囲にいる人間はといえば、
自分の発した台詞の意味に、まったく気づいていない幼なじみのみである。
不思議そうに自分の顔をのぞきこもうとする和葉にその表情を見せぬよう、
平次はやおら大股で歩き出した。
「ちょっ・・・ああ、はよ戻らんとあかんか。
それにしたっていきなり何やの・・・。」
平次の突然の早歩きを、部活への復帰意欲と考えて、
ぶつぶつと文句を言いながら和葉が後から早足でついて来る。
ついて来る。その分には良いが、
この幼なじみと来た日には、少しの間、
一時間だ。いや、一時間にも満たない。
一時間目の社会科の授業、資料の不備に気がついた教師の松島が、
あの言動であるにも関わらず、同性の方が気楽だと考えたのか、
女子の日直である和葉を伴って社会科準備室に向かい、
その後、図書室でちょっとした事故が起きたからと一人で戻り、
和葉が二時間目が始まる直前に戻るまで、一時間にも満たない。
その間、目を離しただけで今回の様な騒ぎである。
この展開だけは、何度あっても慣れる事は無く、常に平次の頭を悩ませる。
そして、何が問題かと言えば、
本人がまったくそんな事態を把握していないという事で。
「・・・目が離せんわ。」
思わず本音が口をついてぽつりと漏れたが、
「は? あんたの竹刀なんて誰も取ったりせぇへんから、すぐ見つかるて。」
その言葉を聞き取って、見事に勘違いした答えを返す和葉の性格と、
自らの、特に探偵方面における、前後をかえりみない猪突猛進な行動から、
服部平次の苦難はまだまだ続く事になるのであった。
夜に近づく夕さりの風に乗り、中庭から、ふいに花の香りが流れる。
甘く、豊かな香りであるにも関わらず、何故だか一瞬眉をしかめたものの、
早足となった自分の横に追いついて並ぶ和葉の姿に、
これまた何故か、安堵する様に肩を落とし、
平次はその表情を和ませた。
終わり
新緑マニアの皆さんこんにちは。
あの前作に懲りずに、こちらも読み、
かつ言い訳も目にしてるとなると立派なマニアです。おめでとう。ありがとう。
そんな訳で誤植じゃないぜの番外編、
意味合いとしては、新緑「に」恋を知ったのが龍之介で、
その龍之介の、新緑「の」恋を知ったのが平次っつー事で、新緑の恋を知る、でございます。
何かこう、「に」の文字が、ズレたり回ったりして、「の」に変わったりする、
アニメのアイキャッチの様なイメージで!!(持ったからどうだと言うんだ。)
番外編では、あの時龍之介を撲殺しなかった(怖ぇよ。)、
平次の心の葛藤や、士朗少年の活躍など、いわゆる裏舞台を書いてみたかったのですが、
最終的には平和がメインとなっておりますねぇ。
まぁ、前作にほとんど無かったって事で。
今回、1は前作直後のシーンで、和葉の心境と、龍之介が見た笑顔の理由を書いて、
平次のモノローグでプロローグをかまし、
2は士朗少年の活躍、3は平次の心の葛藤と、時を戻して前作の裏舞台を書き、
4からは1の和葉の笑顔からの続き・・・と、えれぇわかりづらい構成になっております。
理想としては映像的な場面の移り変わりなのですが、表現出来てねぇし。
改方学園剣道部が大阪府内で敵無しとか、専用の剣道場を持つ程優遇されているとか、
誠に勝手な創作でありますが、平次が全国で五指に・・・というのはアリかなぁと。
原作に沖田が出演にした事により、YAIBAキャラも含めて考えねばならんので、
日本一とは言い難いのですが、五指くらいはね。
ちなみに、士朗は一年ながら改方では二番手の実力。
三番手は・・・ああ、これ以上オリキャラ設定を語るのはよそう。
まぁ、士朗が平次にも物怖じしないのは、剣の腕からと言うより単なる性格でございます。
竹刀の見あたらない事情、平次の持っていた木刀の理由等、
裏側の明らかになった番外編ですが、
前作を書いていた時は番外編を書くつもりは無かったので、
つくづく読み手に優しくない、独りよがりな文章だなぁと思います。
そしてもう一つ優しくない点、和葉の読んでいた本、
前作で出て来ましたが、『世界推理小説名鑑』でございます。
平次絡みでちょっと読んでみようと思ったものの、
それを平次に知られるのは恥ずかしかったという・・・わかった人いるのかな・・・。
本当はエラリー・クインにしたかったんだけど、図鑑の棚だしな。
まぁ、深読みして頂くのが好きなので、狙ってる部分もあるのですが。
和葉の「龍之介君」呼びに、前作から殺気をみなぎらせ、
おいおい苗字なはずねぇだろうのツッコミも無視し、
その相手にのみわからない、あくまでさりげないと考える聞き込みかます平次ですが、
嫌だなぁ、たとえ他の男を名前で呼んでいても、
呼び捨てにするのは、アンタだけだってば!!(ウチでは。)
重ねて、寝顔を見られる男もアンタだけーにしたかったので、
最初、龍之介が見る事は悩んだのですが、ふと原作を思い出し、
コナンや小五郎は元より、美國島の皆さんとかもしっかり見てそうだなって事で、
あっさりと龍之介にも見せる事にいたしました。
ごめんな平次。でも誤解を招かんばかりの殺し文句言わせたので許して下さい。
しかしあの台詞、ウチにしては夢冒険(酒井法子。)。
って、あれでか!!
まぁ、龍之介のしようとしていた事や、寝顔を見られた事から、
平次は和葉に苦言する訳なのですが、
うたた寝した場所はとがめても、うたた寝はとがめない・・・
何故ならば、隣りでされる分には大歓迎、自粛されたら困っちまうからです!!
ついでにあたしも困っちまうからです!!(お前関係無い。)
ああ、それにしても重ね重ねの表現で、
和葉から一時間足らず目を離しただけでこの騒ぎ・・・
という事を強調している今回の作品ですが、
単独で探偵業にあたっている時はそれ以上・・・。
まぁ、その辺の行動故に苦労する事と、
そんな苦労が今回に限らないという事も書いておりますが、
本当にねぇ、気をつけた方が良いよ・・・。
ま、あたしは楽しいけどな、お前の苦悩!! ギャーハハ!!(誰。)
そういや、前作終了後、何故か微妙に評判の良かった龍之介。
あたしがあまり悪いだけの人間を書きたくない事もあって、
憎めない路線で進めたせいか、応援の声も高く・・・(あくまで平和前提で。)。
しかし、言ってしまえば今後の登場予定は無し(作者断言。)。
スキを見て和葉の周囲をウロチョロしていると思って下さい。
そもそも、彼は平次と渡り合える様になるか以前に、
和葉に意識される様になるのが先かと・・・。