新緑に恋を知る 8
「ほんなら竹刀探したるから剣道場行こ。
龍之介君はどうする? 葛城君もおるし、見学に来てみる?」
新たな用事に、和葉は平次を促し剣道場におもむく素振りを見せたが、
龍之介の事を考え、図書室から廊下に出ながら、そんな風に尋ねて来た。
平次の視界に入った事は確実だとは思うが、
それでもこっそりと「立ち入り禁止」の札の回収作業を行っていた龍之介は、
その声に、思わず肩を跳ね上がらせた。
「えーと・・・。」
お礼にファーストフードに誘ったりとか・・・。
彼には、今回の件を、ここだけの事にしない努力を、
これから精一杯する予定があった。
けれど、和葉の横に立ち、
決して睨んだりとか、そういうたぐいの威嚇をしている訳では無い、
している訳では無いのだが。
一見、自分達の会話には、まったく気の無さそうにしている、
その存在を前にして、
「遠慮します・・・。」
そう、返答をしている、ザ・負け犬な自分がいた。
「そう? 気が向いたらいつでも来てな。
ほんなら・・・今日はお疲れさん、楽しかったわ。」
自分以外の人間の葛藤など、まったく気づく様子も無く、
和葉は少し残念そうな顔をしたものの、龍之介に優しくそんな言葉をかけると、
すでに歩き出している平次を追いかけながら軽やかに手を振ってみせた。
その言葉と仕草と表情と、ついでに自分に背を向けている平次に、
ほんの少しの勇気を奮い起こし、
「あのっ、遠山先輩、今日は本当にありがとうございました。
お礼に今度っ、今度何かごちそうします!!」
一気に、早口に、そんな言葉を和葉に投げかける。
「ほんなら購買でジュースなー。」
欲も無く、そんな言葉を返す、和葉の笑顔。
その笑顔に、
おっしゃあああっ!!
と、自分の勇気を讃えまくり、
ついでに、購買部の前で繰り広げられる、恋への前奏曲などを考えてみたりして、
そーだよ、横恋慕なら同じじゃねーか、何かすっげぇ怖かったけど、負けねー負けねー。
などと考え、遠ざかっていく剣士の背中を、
あくまで背中を睨み付けようとしたその矢先、
平次が和葉に何かを言って、和葉が怒った顔で何事か言い返すのが目に入る。
そう言えば、ただの同級生とか、部活仲間にしては、
掛け合いに熟練したものを感じたようなと考えながら二人を眺めていると、
平次が和葉から視線を外した。
その瞬間、
怒っていたはずの和葉が、何とも優しい、柔らかな表情で、
平次を見つめる光景が瞳に焼き付く。
そう、それは今まで見た中でも最上級の、
遠くからの、しかも横顔というのが口惜しいまでの、引き込まれる様な笑顔。
ただ一人の人間に向けられた笑顔。
そしてそのまま、二人は廊下を曲がり、
呆然としている龍之介の視界から消えた。
「なっ・・・んだよ。」
何だよ、何だよ、何だよ。
同じ様な言葉が、頭の中を何度も回る。
あの黒袴の剣士の、自分に対するあの行動。
そこまでは、和葉に思いを寄せる、数多の男の中の一人の行動と理解出来たが、
龍之介の目に焼き付いた、遠ざかる和葉の、平次に向けたあの表情。
あれは。
「何が何とも思ってないだよ・・・。」
自分の想い人が、自分の事など気にも止めていないという様な事を、
淋しげに語った和葉。
きっとすごく年上とか、恋人がいる人間とか、
そういう敵わぬ恋に焦がれているんだろうと、勝手に想像していた。
そういう恋なら、いつか身近な、
そう、自分との、安らかな恋に振り向いてくれる、そんな考えがあった。
だけど、だけど彼女が好きなのは。
血も凍る様な視線と、死を感じるような殺気を、自分に向かって投げかけた男。
それ程までに、彼女の事を想っている男。
「・・・両想いじゃねーか、あの二人・・・。」
「だから忠告したのに。」
「うわあっ!!」
ひたる暇も無く、突然耳元で発せられる声に、思わず飛び上がる。
見れば平次同様、黒袴を着込んだ士朗が、いつの間にか後ろに立っていた。
「何だよ葛城!! お前知ってたのかよ!!」
剣道部の人間はすべて、気配を消す方法を心得ているのだろうかと思いつつ、
苛立ち紛れの大声を上げる。
「忠告はしたよ、僕は。まぁ面白そうだから強く言わなかったのも事実だけど。」
悪びれもせず、サラリとそんな答えを返す士朗に、
さすがの龍之介も、今回はふつふつと怒りがわいて来るのを感じていた。
「・・・・・・誰だよ、あれ。」
「言ったろ、うちの部の有名人、服部平次先輩。
全国でも五指に入るって言われてる剣豪だよ。」
士朗のその言葉に驚くと同時に、
先刻の平次の殺気をまざまざと思い返し、
未遂だったからまだしも、犯行を遂げていたあかつきにはと、
考えただけでも背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
「加えて、関西じゃかなり名の知れた高校生探偵。聞いた事無いかい?」
続く士朗の言葉に、先程の大阪の探偵に対する疑問が解消される、
それと同時に、どんどん大きくなる肩書きと規模に愕然とした。
「で、更に加えると、遠山先輩の幼なじみ。今の所はね。
まぁ、敵に回すにはって事で、
この高校じゃ遠山先輩に手を出そうとする人間なんて皆無に等しいんだけど、
事情をわかってない近隣の他校生同様、
たまーに、君みたいなチャレンジャーが現れるんだよね、色んな意味での。」
親切丁寧な説明をしながら、士朗がトントンと、
手にした竹刀で自分の肩を叩く。
その光景に、何故だが予感が走る。
「・・・葛城、お前まさか。」
「あ、バレた? いや〜、服部先輩も、
遠山先輩が図書室で用があるのは知ってたみたいだけどね、
どんな人間と、って事までは知らなかったみたいだから、
君の人となりを述べさせて頂いた上で、先輩が行き易いようにね・・・。」
竹刀隠しちゃいました、てへ。と言わんばかりに、
平次の物と思われる竹刀を弄びながら、満面の笑みを浮かべてみせる。
「・・・何だよ、俺の人となりって。」
「二股かけつつ、乗り換えちゃう。みたいな。」
口調はひたすら明るいが、恐ろしくも失礼な、士朗の意見に頭痛が生じる。
それは恐らく、服部平次に行動を起こさせる為の、
かなり誇張した意見なのだろう。多分。
そうだとでも思わなければ、右手が上がってしまいそうだった。
「お前なぁっ、クラスメートに協力しようとか、
そういう気持ちは無いのかっ!!」
「あるんだけどねぇ、君と遠山先輩より、
服部先輩と遠山先輩って組み合わせの方が面白いからさ。」
「・・・・・・。」
こいつの判断基準は常に「面白いかそうでないか。」なのだろう、
議論は無駄だと諦めて、龍之介は肩を落とした。
「ま、諦めなって、君の目にもお似合いだったろ、あの二人。」
「どこがっっ!!」
ポンポンと、背中を叩く士朗に、噛みつく様にそう一言、
恐ろしさが先行してはいたものの、
全国でも五指に入ると言われる剣の腕を持ち、
関西ではかなり名の知れた探偵であるという服部平次が、
自分以上に女子に騒がれる様な容姿であった事とか、
和葉との掛け合いに、入り込めない空気を感じたとか、
二人並ぶ姿はまるで絵の様で、和葉を一番綺麗に見せていたとか、
そんな事は認めない、断じて認めない。
何故ならば、まだ恋は始まったばかり。
花はまだ、開いたばかりなのだから。
終わり
あたし怖いっ、自分が怖いっ!!
オリキャラ視点のパロディを、ここまでダラダラと書きつづって、
平和でござーい。とか言ってる自分が怖いっ!!
そんな訳で八章・・・お付き合い下さった方、本当にありがとうございました(いれば。)。
平和と言いつつ、和葉はともかく、平次は最後にチョロリラと出て来て、
三言話すのみの、そんな創作・・・前代未聞。
いや、何となくこういう、まったく別物な雰囲気の中で、
「おや?」って感じに見知った単語がイレギュラーに登場する、
そういう創作が書きたかったんだけど、やっぱ長すぎ?
でも、何が書きたかったって、ようやく平次が登場した際のあのシーン・・・。
本当です、あたしはあれだけの為に、
オリキャラ男子高校生のドキドキ恋日記を書きつづりました。すまない、加藤龍之介。
今回、お姉様イメージ大爆発の和葉、そんな訳でやや大人しめですが、
気が強くても、あそこまでの言い合いするのは平次だけとか思いたい。格闘愛。
ケガの手合いてが上手な所は蘭とリンクです。でもこちらは現在も・・・なのよね。
なんかねぇ、そういう事とか、相手に聞かれた事で平次を思い出しても、
よく知らない相手には、嬉しそうに話す事も、意地張る事もどうかなって感じで、
ちょっと微妙な感じで話す、そんな和葉を書いてみたかった。
所で、無意識に青少年を毒牙にかけすぎでしょうか。
対する平次は、美味しい所を持って行かせたつもりなのですが、
和葉の危機に対する、原作の彼を考えるとクールすぎますかね。
まぁ、危機は危機でも、原作とは違った危機ではあるのですが、
だからこそ、もっと怒れって感じかもしれませんね。
まぁ、未遂だったって事で・・・実行してたら・・・怖くて書けないわ〜。
オリキャラ、加藤龍之介。
何事においても軽くていい加減、でも根は悪くなく、どこか憎めない、
そんなイメージで書きました。
整った顔立ちで外見にも気を配るけど、清涼感のある、
そうさのう、一人として名前を知らないが、
ジュニアー(↓)の誰かでもイメージしといて下さい(図々しい上になげやり。)。
でもてめぇ、軽いフリして和葉に目をつけるたぁ、目が高いじゃねぇか。
そんな訳で、彼から見た和葉とか、恋する瞬間のドキドキとか、
嬉し恥ずかしで書かせて頂きました。もう自分が焦がれる勢いで!!(怖ぇよ。)
軟派少年でありながら、真の恋に目覚めた直後は文学少年の様な、そんな彼。
ちなみに彼の恋とリンクする例の花。
適当に書いたので、あたしも名前を知らない適当っぷり。最低。
季節は新緑って事で、五月くらいのイメージなのですが、
果たして高校一年の五月に転校っていうのは・・・そんな訳ではっきりとは書いて無かったり。
そもそも五月とか、コナンで言っちゃいけない、って事も言っちゃいけない。
更にオリキャラ、松島先生と葛城士朗、
妙な個性を持たせるから、更に話が長くなるんだって感じですが、
割と気に入ってるんで許して下さい。
龍之介、和葉、平次、と結構わかりやすいキャラがメインなので、
脇を固めるこの二人は、結構底の知れない、そんなイメージで。
しかし今回、改方学園や剣道部についてなど、かなり勝手な設定を・・・。
まぁ、いつもの事ですが、原作でそれ関係の事が書かれると、後悔するのよね。
学園って事は私立かと思うのですが、何か平和って私立似合わねぇなぁと、
どこか釈然としない自分もおりました。
私立校って事で、何となく設備の整ったイメージで書いたけど、
本当は雨漏りする剣道場とか、そんなイメージ抱いてる自分もいます。
んで、平次が通ってるって事でレベルは高く、
かつ、平次が通ってるって事でアバウトな校風・・・そこはイメージのままに。
剣道部のマネージャーシステムも勝手に創作。
和葉が部活動しているかが謎なのと、平次人気から勝手にね。
ま、結論としては、今まで挫折を知らずに来た少年が、
初めて挫折を知る、そんな物語。
でも諦めないんだな〜、色々とわかってはいるんだけど、それが青春って事で。
平次を妬かせる為だけにでも、頑張れ。