新緑に恋を知る 6


        「龍之介君は? 好きな人おるん?」
        龍之介の心の変化など知る由も無く、
        知り合いたての後輩相手だからと、感情を吐露してしまった事が恥ずかしくなったのか、
        少しだけ顔を赤くして、和葉は龍之介に同じ質問を返した。
        「・・・いますよ。片想いですけど。」
        たった今から。本当に。
        「へぇ、でも龍之介君こそ、すぐに両想になれそうやのにね。」
        龍之介が和葉に対して述べた意見を、そのまま和葉も口にした。
        同じ言葉でも、龍之介のものとは質の違う、無邪気なだけのその言葉に、
        「・・・難しいんですよ、
        すっごく綺麗で、でも可愛い所もあって、しかも気さくで面倒見が良くて、
        欠点なんか無いような人だから、我ながら高望みだと思うし、
        しかも、一途に、他の人を想っている様な人だし。」
        思わずそう、饒舌にまくしたててしまって、
        あまりにもあからさまかと思いはしたが、
        今は意識して貰えるだけでも。そう思う自分もいる。
        案の定、驚いた顔をしてみせる和葉に、
        この場で振る事だけはしないでくれと願いながら。

        「・・・龍之介君、もしかして・・・。」
        「・・・はい。」
        「その人、毛利とか言わん?」
        「はあっ!?」
        顔を赤らめつつ、和葉の言葉を待ったにも関わらず、
        次の瞬間に放たれた、予想もつかない言葉に、思わず素っ頓狂な言葉を上げてしまう。
        「あ、違うた? ごめんな、何か東京におる友達に、
        あまりにもイメージがピッタリで・・・龍之介君も東京におった言うし・・・。」
        和葉が大慌てで弁解する。
        龍之介が自分の事をとは、夢にも思わないのだろう。
        ・・・まぁ、知り合って十時間も経ってないし。
        そう考えて、変に察しが良かったりする女より可愛いなどと思ってしまう辺り、
        すっかりメロメロ、とか言うやつであろうか。
        「上手く行くとええね。」
        優しい笑顔でそう言ってくれる和葉には、
        今はもう、何も言えなかったけど。


        気勢を削がれたせいもあって、その後は普通の会話を続けた。
        名残惜しくはあったが、最後となってしまった図鑑を棚に入れ、
        ざっと和葉の持って来てくれた表と照らし合わせてみる。
        「わ・・・『和紙の紋様時代別一覧』・・・良し。」
        問題無し。と言うより、朝方龍之介が物色した時よりも、
        その本棚は整っている様に見えた。
        「本当にありがとうございました。」
        「ええんよ、色々話せて楽しかったし、気にせんといて。」
        心からの礼を述べ、頭を下げると、
        和葉はほがらかにそう言って笑い、
        「そう言えば龍之介君、朝は何の本探しとったん?
        ここの本引き抜こうとしとったんやろ?」
        ふと、龍之介が本棚を倒した経緯を考え、
        綺麗に揃えられた図鑑の棚を見上げながら、そんな疑問を口にした。
        「あー、植物図鑑を・・・。」
        「課題でも出とるん?」
        何となく、口ごもってそう答えると、
        龍之介と植物図鑑という物質には、すぐに関連性を見いだせなかったのか、
        和葉はそんな言葉を口にした。

        花の名前。
        あの花の名前が何となく知りたかった。
        そして、和葉なら、答えを知っている。
        漠然とではあったが、何故か確信に近いものを抱いていた。
        朝よりも、あの花の名前は知りたかったけど、
        何故かそれを口にする事はためらいが生じた。
        上手く説明は出来ないけれど、
        それをこの人に聞くのは無粋だとか、とにかくそんな、訳の分からない思いがあった。
        「まぁ、そんな所です。」
        和葉の言葉を肯定してみせる。
        課題、それはある意味正しい言葉なのかもしれない。
        情けないかなと思う様な笑顔で、龍之介は笑ってみせた。

        名も知らぬ花。
        朝見た時は幾分若く、いまだ開花には及ばなかった花。
        けれど今、あの花は咲いている。
        夜に差し掛かろうとも咲いている。
        悲しい程に、甘い香りをたたえて。