傍らの資格 2
良い事は、
友達が出来た事。
友達って・・・言うてもええよね。
一瞬、そんな事を考えたが、
あの柔らかな微笑みを浮かべる少女は、
決してその口に否定の言葉を乗せる事は無いだろう。
真っ直ぐな瞳と、深く、澄んだ心を持つ少女。
そんな友人を得た事が嬉しくて、和葉は唇に緩いカーブを描きかけたが、
あ・・・前に大阪来た時も、変な態度取ってしもたのに、それも謝らんかった・・・。
ふいにそんな事を思い出し、浅からぬため息をつく。
平次が絡むと、どうして自分はこうなのだろう。
平次が、蘭をどう思っているのかはわからないけれど、
蘭はあんなに良い子なのに、
たぶらかしたとか、同じ服装だとか、
思い込みだけで嫉妬してしまった自分が、返す返すも恥ずかしい。
けれど、
まぁ良いかと考えて、微笑を浮かべ直す。
とはいえ、それは決して、その事をおざなりに考えての微笑では無い。
だって、謝る機会は、これからまた、幾度と無くあるはずなのだから。
「何やお前、まだ怒っとんのか。」
問いかけに返事を返さず、何事か考え始めた和葉に対し、
窓辺に向けられたその微笑には気づかぬまま、
隣席の平次が腕を組みながらそんなつぶやきを漏らす。
「え?」
その言葉に驚いて、慌てて平次の方に向き直る。
現在、蘭の計らいにより、平次と和葉は同じストライプのシャツを着ているのだが、
その様子をして「兄弟」などと、
蘭への勘ぐりが馬鹿馬鹿しくなる様な、到底色恋から離れた発言で返され、
その発言はもちろん、お互いが似た様な服装である事にかかっているのだが、
元々の自分達の関係に起因する部分も多いのではと、
和葉にしてみればあらゆる角度から打ちのめされた気分である。
他の、もうこんな風に思うのはやめようとは思いつつも、
たとえば蘭だったら、もっと別な表現だったのだろうかという考えも頭から離れない。
けれど、そんな自分に「怒っている」などと言い出す平次は、
自分の気持ちに気づいてしまったのだろうかと、
和葉は驚いて、どんな表情を浮かべて良いかわからぬまま目を見開いたが、
そんな和葉の表情を見て、やや気まずそうに視線をそらした平次が発したのは、
予想とはまったく違う言葉だった。
「事件の事。」
「・・・ああ。」
やや拍子抜けしたものの、
こんな一方的な状態で、気持ちが露見してしまうのは辛い。
拍子抜けした気持ちの二倍の安堵を胸に、和葉は静かに頷いた。
悪い事が一つ。
東京で起きた殺人事件を、
いつもの如く、警察顔負けの推理で颯爽と解いてみせた平次。
堂々たるその態度と推理力は、大阪を出ても変わる事は無いのだと、
和葉は誇らしい気持ちで一杯だったのだが、
目の前で恋人を連行された女性の前で発する、
平次の言葉には違和感を隠しきれなかった。
彼女の前ではばかる事無く犯人に対して容赦の無い言葉を紡ぎ、
次の瞬間には事件の事など忘れたかの様に、呑気な言葉を口にする。
違うと思った。
平次は、違う。
罪状や犯人に対し、甘い性格では無いと知っている。
半端な気持ちで事件に立ち向かっているのでは無い事を思わせる、
その硬質な精神を見つめた事は、一度や二度では無いのだから。
けれどあの平次は違うと思った。
そしてそれは実際に、
真犯人を動かす為の、策略の一つであったのだが。
「しゃあないやろ、あの男引っかける為の芝居やったんやから・・・。
毛利のおっさんはともかく、お前まで怒る事無いやんけ。」
作戦の蚊帳の外に置かれた毛利小五郎の文句に付き合った事を聞かされたのか、
平次がそんな事を言って、黙ったままの和葉に視線を送る。
「ま、凶器持って居直るかもしれんかったし、お前が心配するんもわかるけどな。」
「しっ、心配なんてしてへんよ!!
おっちゃんと一緒で、勝手な事したんを怒っとただけや!!」
和葉の空気が硬いままである事を考えてか、
少し冗談めかしてそう言いながら平次が笑いかけたが、
その言葉にすぐさま反応して顔を上げると、和葉は顔を真っ赤にして否定した。
「・・・は、さよか。」
蘭ならば、もしくは大抵の人間ならば、それが照れ隠しに過ぎないと気づく所なのだが、
額面通りにその言葉を受け取り、元々は冗談だったにも関わらず、
平次は不機嫌そうにそう言って唇を歪めた。
「・・・・・・。」
そんな平次の態度には気づかぬまま、和葉は黙り込む。
確かに心配はした。
警察の人間が周囲を固めていたとはいえ、スタンドプレーも良い所だ。
おまけに小学生の男の子まで連れて。
これだから目が離せないと、毛利小五郎の文句に付き合ったものだが。
実際の所、怒っていたのは平次にでは無く、自分に対してだ。
怒りと言うより、それは失望に近い。
ただ、その事が表情となって、
せっかく見送ってくれる親切な一家の前で浮かんでしまうのを避ける為、
事件の話をする小五郎に同調する形をもって和葉は平次を非難した。
しかし、今になって思えば、
その行為は心にのしかかる重圧に、更なる負荷をかけるのみである。
こっそりと、ため息まじりに落とした視線に、
蘭から貰ったストライプのシャツの裾が映る。
そのまま視線を横に流せば、シートの上で乱暴な線を描く、
無造作に座ってるが故にしわのよってしまった平次のシャツのストライプ。
同じ線なのに、重ならない。
自分でもよくわからない事を考えて、和葉は座席から立ち上がった。
「何や、便所か?」
棚に乗せた紙袋を手にして、自分の前から通路に出ようとする和葉に、
平次が訝しげな視線を送る。
「平次。」
前席のシートに手を置いて、前を向いたまま自分の名を呼ぶ和葉に、
またデリカシーが無いとか、そういう類の事を言われるのかと、
平次は一瞬、肩をすくめかけたが、
続けて放たれた和葉の声には、自分の耳を疑った。
「ごめん。」
走り続ける新幹線の車内、
通路に出た和葉は、平次に背を向けたまま、確かにそう口にした。
「ああん?」
訳がわからないと言う様に、平次が眉根を寄せる。
「一瞬、疑うた。ごめん。」
短くそう言い残して、和葉はそのまま表情を見せず、化粧室のある前方へと歩き出した。
残された平次はといえば、少しばかり目を見開いて、
その後ろ姿を見つめるばかりである。