傍らの資格 1


        代理で出席予定の結婚式、知人との再会、買い物、観光、
        そして、事件。
        慌ただしい東京旅行、
        良い事と悪い事が一つずつ。


        「そういやお前、渋谷で服買えたんか?」
        徐々にスピードを上げつつある、発車直後の新幹線の座席で、
        愛用の帽子を脱ぎながら、
        行きに比べてさして増えたとも思えない棚の上の荷物を見上げて尋ねる平次に、
        「んー、あんまり・・・。」
        と、背もたれにあたるポニーテールを気にしつつ、
        窓際の座席に深く腰掛けながら和葉はぼんやりと答えた。
        東京の渋谷で服を買う。
        事前に人気のショップをチェックする程に、憧れた行為ではあったのだが、
        実際に店に行ってみると、西も東も服の品揃えにそう変わりは無く、
        同じ日本なのだという事を実感させられるだけで、
        普段の買い物以上の買い物をする気にはなれず、
        悩んだ末にキャミソールと、少し気が早いが秋物のカーディガンを一枚ずつ買ったきりなので、
        手荷物が増えていないのは当然と言っても良かった。
        「何や、騒いどった割に収穫無しかい。」
        収穫が無かった訳では無いが、
        この男にあのショップの限定デザインのキャミソールがどうこうと説明しても、
        その太い眉をゆがめて返されるだけだと思うので、和葉はそれには反論せず、
        「でも、ええ事あったし。」
        と、短く答えた。
        「ええ事?」
        聞き返す平次には答えず、流れる景色を映す窓へと視線を移す。
        あの時は、
        窓に映っていたのは、目まぐるしい速さで街を行く、驚く程大勢の人々と、
        行き過ぎた嫉妬心を後悔する、馴染みの深い、自分の表情だった。


        「あんた・・・ええ子やなぁ・・・。」
        「そーお?」
        自分の言葉に対し、何故だかわからないと言う様に、
        ぽかんとした表情を返す蘭に、和葉は頬を赤らめた。
        良い子だ。
        冷静に考えれば、まったくデザインの違うTシャツであるにも関わらず、
        青色のボーダーだという点が自分の幼なじみと一緒だと騒ぎ、
        以前会った時の服装の事まで持ち出してふくれ、
        その上、それまでもずっと、その事を考えて不機嫌だった自分に対し、
        やんわりと理由を尋ねた上で、
        嫌な顔一つせず、街中だという事もはばからず、黙ってその服を着替える。
        そういう行為が自然に出来る相手に対し、
        良い子だと形容する以外の方法を和葉は知らない。
        「似合うかな?」
        服を着替える事になった経緯など、すっかり忘れてしまった様に、
        サーフ・グリーンのノースリーブを着てほがらかに尋ねる蘭に、
        和葉は先程、この服を購入する際、同じ言葉を冷たく流した事を思い出し、
        再び頬を赤らめつつも、はにかんで、
        心の底から「うん。」と、小さく頷いてみせた。

        「・・・あの、ごめんな。」
        「え?」
        「・・・服の事、変な事言うて。」
        蘭はまったく気にしていない様子だったが、
        さすがにこのままにはしておけない。
        それだけの態度を自分は取ってしまっている。
        膝の上で両方の拳を握ったまま俯いて、和葉は蘭にぽつりぽつりと謝罪の言葉を述べた。
        「良いよ、別に、丁度汗かいちゃってたし。」
        「うん・・・。」
        蘭は嫌味無くそう言って、袋にしまった元々着ていた服をのぞきこんだが、
        こんな良い子に、辛くあたってしまった自分が恥ずかしくて、
        和葉は殊更俯いた。
        「・・・それにね、」
        そんな和葉の様子を見て取ってか、蘭が言葉を次ぐ、
        「私も、気にしちゃうと思うもの、
        好きな人と他の女の子が似た服着てたら。」
        「すっ、好きな人とちゃうよ!!」
        それも二回も、と蘭が言い終わらない内に、
        蘭の言葉に反応して、和葉は俯いていた顔を上げて大声で否定した。
        否定して、
        だったらどうして怒るのだと、瞬時の内に自問自答しても、
        上手い言い訳が見あたらない。
        東京の女にたぶらかされるのを心配するのならまだしも、
        同じ服装に怒るのは、どう考えても「お姉さん」の役割では無い。
        「え、えっと・・・。」
        「ぷ。」
        先程以上に顔を真っ赤にして、困り切った和葉の様子を見て、
        蘭は思わず小さな笑いを漏らした。
        それはまるで、幼なじみとの事をからかわれた時の、自分を見ている様だったから。
        「な、何がおかしいん?」
        「秘密、教えてあげない。うん、これでおあいこにしよ?」
        「えー、そんなんずるいわー。」
        胸の内を明かさず、いたずらっぽく笑う蘭に、
        和葉は軽い文句と共に唇をとがらせ、
        そして、次の瞬間には、何故だかわからぬ衝動に突き動かされた様に、
        まるで十年来の友達の様に、お互いにはじかれた様に笑い合った。

        「あの・・・あのな、蘭ちゃんって呼んでええ?」
        笑い疲れた頃、おずおずと遠慮がちにそんな事をつぶやく和葉に、
        「うん。私も和葉ちゃんって呼んで良い?」
        蘭が嬉しそうに目を細めつつ頷いて、すぐさま同じ質問を重ねる。
        和葉が決まりきった返事を、笑顔と共に返すと同時に、
        車窓の向こうに、別行動をしていた小五郎達が戻って来る姿が見えた。