星空独奏曲 3
どこをどう走っているのか、途中から考える事を放棄した和葉だったが、
バイクの速度が緩まって行く事でようやく思考を取り戻し、顔を上げると、
地元の住宅街に入る少し手前、他に店もない広い道に一軒、
ぽつりと明かりを放つコンビニ前の駐車場に平次がバイクを入れた所で、
「ちょお買うもんあるんや。」
と、停車と共に確認を入れられた。
続けて降車し、ヘルメットを外した平次はそのままコンビニへと向かったが、
当然後をついて来ると思っていた和葉がその場にとどまるのを見て眉をしかめた。
「何や、入らんのか?」
「うん・・・買う物ないし、ここで待っとる。」
ヘルメットをつけたまま、和葉が答える。
不自然かとは思ったが、心の中がざわついている今、素顔で平次と向き合う余裕がない。
「何や、気分でも悪なったんか?」
「ううん、そんなんやないよ。」
平次が眉間のしわを深めるのが見て取れたが、
ヘルメットに守られた表情にどこか安堵しながら、和葉は軽い言葉を返した。
「・・・・・・。」
それ以上、追求を重ねる事をあきらめたのか、軽く肩をすくめると、
平次は一度は駐車場の中央に止めたバイクをコンビニの入り口付近へと移動させ、
和葉が不思議に思う程、きょろきょろと辺りを見渡すと、
「ここにおれよ。」
と、念押しをし、少し急いだ足取りで店内へと入っていった。
「はあ。」
平次がコンビニの奥に入って行くのを確認して、
和葉はヘルメットを脱ぐと、そのままバイクのシートの上に置き、
丁寧に磨かれた、傷一つない曲面に、悲しげな瞳を落とした。
いつ平次が戻って来るかもしれないこの状況下では、
表情を隠すヘルメットはつけたままの方が良いのかもしれなかったが、
少し、頭を冷やさなければとも思う。
ヘルメットを置いたまま、
他に車もないというのに、何故かきっちりとコンビニの手前に置かれたバイクから離れ、
広い駐車場の中央へと歩みながら空を仰ぐ。
一瞬だけ自らの息に曇ったものの、寒風にさらされた冬の星空は玲瓏で、
星図の様な展望を繰り広げつつ、まるで競い合うかのように美しい輝きを放っている。
そんな輝きに一瞬目を細め、
和葉は上着を少しだけ脱いでノースリープニットの肩を出すと、
目を閉じ、雪を請うかの様に、降りそそぐ様な星明りをその身で受けとめた。
頭を冷やそう。
きちんと想いを告げる事も、
確認を取る事も出来ないのに、
貸して貰っているヘルメットが他の人の物かもしれないと悲しむなんて、
思い上がりも良い所だ。
それをわかっていても悲しむ事に変わりがないのならと、
その気持ちも含めて冷気にさらす。
そしてゆっくりと思い出す。
たとえ偶然であっても、一緒に帰ってくれる、
その事に喜んだ自分を。
はっきりとした事がわからない内は何も出来ない。
何も出来ないなら欲張っては駄目だ。
目に見える事実と向き合って、自分の想いを大切にして行かなければ。
はっきりした事がわかってしまったら、自分はどうするのだろうと、
切り替えようとした頭の片隅でそんな事を考えて、瞳が曇らない訳ではなかったが、
頭も冷やした事だし、元気を出そうと上着を着込む。
勢い良く、バイクの所まで戻ろうと振り返ると、
真横に平次が立っていて、和葉は思わず飛びのいた。