星空独奏曲 1


        予定通りの買い物を済ませたものの、
        すっかり暗くなってしまった空の色に不安を覚えつつ、駅ビル前のコンコースで帰路を考える。
        電車ならすぐに来るが、乗り換えが必要だし、
        バスならば一本で帰れるが、しばらく待つ事になりそうだ。
        吹きすさぶ寒風の中、判断を決めかねて立ち止まる和葉に、
        行き交う人々の中から一人の青年が遠慮がちに声をかけて来た。
        「あの、悪いんやけど、東口への行き方教えてくれへんかなぁ?」
        「ああ、それやったら・・・。」
        いつも通りの愛想の良さで、いささかわかりにくい東口への順路を丁寧に説明してやると、
        和葉より二、三年上だろうか、大学生くらいのその青年は、
        人懐っこそうな表情を破顔させ、合点が行った様に大仰に頷いてみせた。
        「ああ〜、なるほど!! あの通路抜けたら良かったんやな。おおきに!!
        あー・・・そんで、あの・・・・・・。」
        納得と謝礼に反して、急に声をひそめた彼が和葉に何事か言おうとした瞬間、
        その言葉は、ふいに広場を切り裂く様にして響き渡った、
        ひときわ大きなクラクションの音によって、無惨にもかき消された。
        「な・・・・・・。」
        行き交う人々同様、どこのアホだと驚いて、音源があるであろう、すぐ横の車道を見た彼は、
        車道脇に寄せたバイクにまたがった一人の男の、
        ヘルメット越しにも穏やかならぬ気迫に威圧される事となる。
        「な、ん・・・。」
        身に覚えのない敵意にも関わらず、芯から体が震えたが、
        真横の少女が「平次。」と小さくつぶやく声を耳にして、脳髄に理解を走らせる。
        ・・・姫君の側には常に従者が番犬が。
        無礼な例えは、少なからずの敵愾心によるものである。
        しかし、思考以外で何かしようと思う様な冒険心のある青年ではなかったので、
        彼は道を教えてくれた少女に素早く礼を言うと、早々に東口へと走り出した。


        「もーっ、あんな大きな音させて、迷惑やろ!?」
        「そーら悪かったなぁ、邪魔してしもて。」
        車道の幼なじみに駆け寄って、開口一番、苦情を述べると、
        その相手はヘルメットの下から仏頂面を登場させつつ、嫌味な口調でそんな言葉をのたまった。
        「邪魔・・・? そう言うたらさっきの人、道聞いた後で何か言いかけとったのに、
        急に急いで行ってしもたけど、何やったんやろ?」
        平次の言葉に、先程の青年が立ち去った方角を、和葉が不思議そうに振り返る。
        「道・・・。」
        その言葉に平次は呆れた様な半眼を作り、軽く息を吐き出した。
        「何やの? あ、それより平次、何でこんな所におるん?」
        地元ではない場所での遭遇に、今更ながらに目を丸くしたが、
        今日の下校時、友人の誕生日プレゼントを買う為に、ここまで足をのばすと話した事を思い出す。
        「あ、もしかして迎えに来てくれたん!?」
        「何でやねん!! ぐーぜんや、偶然!!」
        喜びに手を合わせ、顔を輝かせて尋ねると、光速とも言える否定の言葉をぶつけられ、
        和葉の表情は途端に明るさを失った。
        「あ、そ。」
        考えたら、特に自分の話を真剣に聞いている様子はなかった。
        早とちりに羞恥と落胆の入り混じった表情を浮かべると、
        ふいにその眼前にヘルメットを突き出された。
        「ん。」
        「あ、うん、おおきに。」
        それは、平次のバイクで出掛ける際には必ずお世話になる、フルフェイスのヘルメット。
        ここで会ったのが偶然にしろ、乗せて帰ってはくれるらしい。
        ヘルメットを受け取って、タンデムシートに乗り込むべく、出発の準備を進める。
        「ええか?」
        「うん。」
        発進の確認を取る平次の声に答える頃には、先程までのくすぶった気持ちもどこかに消えていた。
        しかし、
        「・・・あれ?」
        ふと思い当たった事柄に、思わず口から声が漏れる。
        だが、ヘルメット越しのその声は、
        平次が発車させたバイクのエンジン音に、いとも簡単にかき消された。