南の島の竜の鱗 2
勢い良く空へと枝葉を伸ばす樹木の元、
和葉と伸朗は視線を交錯させたまま、互いの行動を待つ様に、静止を決めこんでいたが、
二人の間のそんな緊張感をやぶったのは、
和葉でも、伸朗でもなく、
世間一般には「ガラの悪い」と評されるであろう、少年の声だった。
「何さらしとんねんコラァ!!」
二人の間を切り裂く様な速度と音量でそんな声が響き、
何事かと、弾かれた様に緊張を解き、声の方向に目を向ける和葉と伸朗の瞳に、
砂浜を物ともせず、物凄い勢いで一直線にこちらへと迫り来る、服部平次の姿が目に入る。
平次は、何故か先程とは違う、白のTシャツに濃紺のショートパンツといういでたちであったが、
それよりも二人の、特に池間伸朗の注目を集めたのは、
彼の右手に握られた物質である。
「うわあっっ!!」
平次の、和葉以上の気迫に、一瞬気圧された伸朗だったが、
その鈍い光を目にするやいなや我に返り、
叫び声だけを残す様に、物凄い速さで平次とは逆の方向へと走り出した。
「ちょっ・・・平次!! 何持っとんの!? 危ないやん!!」
転がる様に走り去る伸朗とは逆に、自分へと近づいて来る平次に対し、和葉が大声を張り上げる。
伸朗の恐怖と、和葉の注意の対象はと言えば、
小ぶりながらも鋭い切れ味を思わせる、一本のナイフで、
そんな得物を手に、仁侠映画さながらの台詞を吐きながら、
とてつもない気迫と形相をたたえた少年が走り寄って来れば、
大抵の人間は逃げ出すのではないだろうか。
こと、その相手の一番大切なものにちょっかいをかけていた立場ならば特に。
「あん? これか? さっき使うただけや。
それよりお前!! 何しとんねん!!」
もはや豆粒の様になってしまった伸朗の背中を獰猛な獣と違わぬ瞳で睨みつけながら、
平次が掌中のナイフについて説明する。
しかし彼の本題はナイフよりも別の所にある訳で、
和葉の叱責等は物ともせず、穏やかならぬ面持ちで彼女へと詰め寄った。
「使うたって、ナイフなんて何に・・・ケガしとらん? 犯人は?」
その使用目的が推理絡みであるのかと思いつつも、先程の心配を胸に、和葉が平次に問いかける。
「ケガなんてしとらんし、犯人も捕まえた。
それより何しとったんじゃ!! とぼけんなや!!」
「別にとぼけとらんよ!!」
実際、とぼけていた訳ではない。
和葉にしてみれば、自分の事よりも、平次が無事かどうかが優先事項であり、
そもそも何故平次がこんなにもいきり立っているのかがまったく理解出来ないのだ。
無事だという平次の言葉に安堵しつつも、
責める様な言葉に対しては、思わず大声が口をついて出てしまった。
しかし、平次にしてみれば、一見、伸朗によって樹木へと追い詰められ、
迫られている様にしか見えなかった先程の和葉の方が、何よりの優先事項であり、
何よりの疑問点であるのだから仕方がない。
「あ・・・そう言えば・・・あ〜、行ってしもた・・・。」
何から話したものかと考えて、和葉はようやく、伸朗の事を思い出したが、
彼はよもや肉眼では確認出来ない所まで走って行ってしまっている。
島を旋回すれば、いずれは竹富達と落ち合うとは思うが、それにしたってかなりの遠回りだ。
「ちょっとなぁ・・・。はあ。」
独り言の様につぶやいて息を吐き出す。
時間を置いてみれば、先程は、どう考えても目上の人間に対する態度とは思えない様な事をしてしまった。
「おい、コラ。」
名残惜しいと言っても過言ではない和葉の態度に、平次の表情を臨界点がかすめる。
更なる怒りか、もしくは、
「・・・ケンカ。」
「あん?」
伸朗に対する想いなどを告げられた日には、どうなってしまうかわからない、
どう考えても有り得ない事ではあるのだが、
世間一般には不敵なまでに自信満々と評されるであろう西の名探偵にも、
唯一、自信を持って断言出来ない事柄はある。
しかし、しびれを切らした様な平次に対し、
和葉がようやく、ぽつりとつぶやいたのは、予想外の一言で、
平次は耳を疑う様に顔をしかめた。
「ケンカしとったの。」
別に何でもないと、上手く空とぼける事の出来ない自分の不器用さを恨みながら、
和葉は言いにくそうに真実を紡いだ。
そのまま、平次から表情を隠す様に、蘭達のいるであろう方角へと歩き出す。
「ケンカ? 何でお前とあいつがこないな所でケンカせなあかんねん。」
半信半疑の面持ちのまま、平次が和葉の後を追い、
真横からその表情を覗き込むと、怒った様な、困った様な、照れた様な、複雑な表情と目が合った。
「な・・・・・・。」
その表情に困惑する平次からぷいと顔を背け、和葉が口を開く。
「あたしが、」
背けた顔の向こうから、蘭とコナンがやって来るのが見える。
遠く離れていてもしっかりと確認出来る、安心しきった笑顔は、
遅れた和葉の無事を認めての事なのかもしれないが、
同時に事件の終局を告げていた。
「あたしが、一番腹の立つ事言うたから。」
表情は蘭達の方へと向けたまま、和葉はぽつりと、そんな言葉をもらした。
「一番・・・・・・。」
表情を隠した和葉のポニーテールが島風に煽られるのをぼんやりと眺めながら、
平次が考えを巡らせる。
「何やねん、『足が太い。』とか言われたんか?」
「・・・・・・。」
さらりと返される疑問。
あまりの事に両の拳を握り締めつつ振り替えれば、
平次はまったくの真顔で、それが余計に和葉の怒りを増幅させた。
「あー、そうやそうやまったくその通りや!!」
ヤケになったと言っても良い言葉と共に、
世間一般には「すらりとした」と評される、ショートパンツから伸びた右足がしなやかに空を切る。
「おわっ、突然何すんねんお前!!」
どう考えても狙って来た和葉の蹴りを寸での所でかわしつつ、平次が叫ぶ。
「ケンカやろ? 一番腹の立つ事言うたんやから。」
「ちゃうわ!! 物のたとえやろが!!」
「そのたとえが悪すぎんねん!!」
「やめぇて!! 俺ナイフ持ってんねんから危ないやろが!!」
二度目の蹴りをかわしつつの平次の言葉に、和葉は渋々、戦闘態勢を解除したが、
「やっぱり不意打ちやないと・・・。」などとつぶやいているのが恐ろしい。
「だいたい何やの、そのナイフ、あたしが台所でくわえてたやつやん。」
「せ、せやからちょっと使うただけや言うとるやろ。」
怒りの行き場を止められたナイフについて問いかけると、何故か動揺を返された。
「服も・・・これ、あの人が着てた服とちゃうの?」
先程から違和感を醸し出している、平次にまったく似合っていない白のTシャツは、
ショートパンツと合わせて、最初の容疑者が身につけていたものである。
「こ、これもちょお・・・協力してもろただけや。」
ふとした疑問であったのに、更なる動揺を返されて、
一度目はともかく、今回の動揺には、それが協力ではなく、
それこそ伸朗の言う所の「利用」だったのではないかという考えが湧き上がる。
「はぁ・・・やっぱり後で謝らな。」
「何でやねん。」
二度目の反省に息を吐き出しつつ、
独り言の様にそんな言葉をつぶやく和葉に、平次がすかさず突っ込む。
「だいたい、ケンカ以前に、何であんな所に・・・あいつと・・・おらなあかんねん、
お前は姉ちゃんとおったはずやろ。」
しかも、あんな体勢で。
実際の所、伸朗は和葉には指一本触れてはいないし、
先程の体勢にしろ、ずいぶんと距離があったのだが、
平次にしてみれば、額に青筋がオン・パレードをなす程に、
先程の光景は思い出すだに腹立たしい。
しかし、何故その事を気にかけるのか、和葉に気取られまいという思いから、
口をついた疑問はやや控え目なもとして相手へと届けられ、
それ故、和葉はそんな平次の内情には気づかずに、
「さあ・・・そう言うたら何でやろ?
竹富さんと呼びに来たんやけど、突然急ぐ事ないとか言い出して・・・。」
そう言えばあれは、どういう考えをもってしての行動だったのだろうと、
あの時の伸朗を思い出す様に小首を傾げつつ、そんな返答を返した。
その折、平次の事が心配でいきり立っていた事を隠す為、
口調はやけに淡々としたものになってしまったが。
「あのガキ。」
探偵としての頭脳を使わずとも、すぐさま伸朗の考えを察知して、
年上の人間に対する言葉とは思えぬ一言を苛立ち混じりにつぶやく。
ぎしり、と、奥歯が鳴った。
「二度とそんなナメた真似せんよう、ボコボコにどつき倒して海にでも沈めて・・・。」
「・・・・・・。」
「あ、せやから、」
苛立ちのまま、思わず物騒な本音が口をついて出てしまい、
ぽかんとした和葉に目を向けられ、
それこそ理由を問われては困ると、平次は慌てたが、
和葉はと言えば、そんな平次の言葉の内容や理由よりも、使用法に着目したらしく、
「・・・やっぱり一緒におると影響されるんやろか・・・。」
と、しみじみ。
「あん?」
「いや、人のせいにしたらあかんな。」
「おい、何訳のわからん事言うとんねん。
だいたいお前もそうやってボケッとしとるからやなぁ・・・。」
一人の世界に入る様に不可解な言葉をつぶやく和葉に、
自分の考えを悟られてはいないと安心しつつも、
次の瞬間には先程の様な状況に対し、
まったくと言っても良い程危機感のない、というか、危機だと気が付いていない和葉に苛立ち、
思わず説教めいた言葉が口をつく。
「なっ!! ボケッとなんてしてへんわ!!」
「しとったわ。せやから・・・。」
あんな体勢を取られるのだと、
注意と、悔しさから、同じ事をしてやろうかと考えたが、
冷静にそんな事を成し遂げる自信は無く、平次は早々にその考えを打ち消した。
何より、コナン達がすぐそこまでやって来ている。
「何やの?」
「何でもないわボケ。」
「ボケボケ言わんといて!! 語彙が貧困なんとちゃう!?」
「お望みならありとあらゆる言語でののしったんで、まずはその足か!?」
「へーいーじー!!」
その後、合流した蘭とコナンに止められても、
二人の諍いは島を出るまで収まる事はなかったが、
その後、帰りの船中にて、
和葉が伸朗に謝る機会も、伸朗が再び和葉に近づく機会も、
芽生える事はなかったという。
何故か。
終わり
三週連続でお届けした、サンデー読んで次週までにどんな妄想出来るかなのコォナァ、
そこから随分と間が空きましたが、こちらは沖縄編最終話の幕間予想。
平次とコナンが犯人に自供させた後、現場にたどり着いた竹富と池間が、
いまだ最初の容疑者を探す和葉と蘭を呼びに行くものの、
二人はまだ平次達が犯人と対峙していると考え、すっ飛んで行くと。
ネタバレ以前に、沖縄編を読まずにこれを読んでる方もいないと思うのですが、
メインは別にあるという事で、何となく容疑者や犯人の名前については伏せてみたり。
それにしても、お前は沖縄編で何作書いたら気が済むんだって感じだが、
まぁ、聞いてよお客ちャん(馴れ馴れしい。)。
今回、一番書きたかったのは「怖い和葉」!!
うーわー、世間じゃ可愛い和葉が目白押しって時代に(そうか?)、何でウチはそうなの。
いや、何つーか、平次が絡むと抑えが利かなくなる和葉を書きたくて・・・。
それにしても相手が身動き出来なくなる程の気迫って・・・って感じですが、原作初登場時の彼女をごらんよ!!
ちなみに言葉遣いは人のせいにしちゃいけないと本人反省してますが、モロ服部平次の影響です。
そんな訳で最初は事件をでっち上げ、
金持ちの気障で陰険なボンボン辺りを(イメェジキャラクタァ・森園菊人。)、
和葉に惚れさせて平次を馬鹿にさせようとか、ベタな事考えてたんだけど(気障な横恋慕メン大好き!!)、
事件考える頭がねぇんだよなぁと悩んだ末、あ、沖縄に池間がいたじゃん、と・・・(軽。)。
という訳で池間伸朗にはご愁傷様です。
役得有りか? と思わせつつ、彼はあたしと密約を交わしているので(やばい。)、
和葉には指一本触れる事は出来ないのです(やばい。)。
っつーか、和葉が怖がる様な展開は書きたくねぇし(愛しすぎ。)、
何よりオリキャラでもねぇのにそこまで落としてもなって事で、
あの行動はあくまで平次に対する意地悪程度のものって事で。
しかし、そんな軽い考えの行動により、危うく命を落としかける危機に・・・!!
指一本触れていないにも関わらず、まさにご愁傷様でございます。
犯人でも、過去の事件と関わりがある訳でもない彼が、
原作のラストに出て来ないのは・・・(怖い事言うな。)。
そして今回、あたし的に大爆笑ポインツは、
「ナイフ持って走って来る平次」なのですが、いかがなもんでございましょ。
妻の浮気現場に刃物所持して駆けつける夫!!
和葉は事件の時には女の事を考えないくらいの人間が良いと言ってますが、
彼女が思う以上に奴は考えております。考えすぎな程に考えております。
ここはもう、成り行きとはいえ、書いていてえれぇ面白かったので、笑って下さって構いません。
あのナイフについての平次の動揺も、勘ぐって下さって構いません。
間接チッス、確信犯だったのかと考えると、何やら複雑な気分ですが、
半ば無意識、後になって思い当たり、それを和葉に指摘され・・・くらいがグウかな。
ちなみに、容疑者の利用と協力については、あたしはまず間違いなく、利用だと思っております。
そんなこんなで、書きたかったのは「平次の為に怖い和葉」なのですが、
結局の所、「和葉の為に怖い平次」も登場しちゃうのはお約束。
それはもう、和葉以上の怖さで。
アレでアレなら、アレ以上の事やらかしていたらどうなってたんかなー。
まぁ、お互いが、お互いの為に抑えが利かないという事で。
そんな訳でタイトル「南の島の竜の鱗」
いつになったら神に選ばれし仲間達と共に南海の孤島に竜の鱗を探しに行くの・・・?
と、RPG的なものを想像された方もいらっしゃるかもしれませんが(いねぇよ。)、
これはまんま「逆鱗」って事で、お互い、お互いの事が逆鱗となる訳でございまス。こりゃこりゃ。