大人の事情
「何か飲むもんあるか?」
「冷蔵庫に麦茶とリンゴジュースが入っとるやろ。」
何故か自分よりも自分の家の台所事情について把握している幼なじみの言葉に従い、
冷蔵庫を開いて麦茶を取り出す。
「蘭ちゃん達の分も持って行かなあかんよ。」
そのままグラスにそそいで飲もうとするのを、
母親がごとき注意を受けて、平次は軽く肩をすくめつつも、
大人しく客人の数のグラスを用意した。
その母親はと言えば、知人からの急な電話を受けており、
和葉は手伝うという蘭を、「お客さんなんやし。」と無理矢理居間にとどまらせ、
目下、昼食の後片付けの真っ最中である。
客という点では和葉も変わらないはずなのだが、
そこに疑問を感じる人間は、この屋根の下には一人もいない。
「コナン君にはリンゴジュース出したり。」
食器を洗い終え、蛇口を閉めながら和葉が振り返って言い添える。
普段はあまりジュースの類を置かない服部家にそれがあるのは、
無論、東京から遊びに来ている小学生の少年への配慮なのだが、
そこに本人は喜びを感じるのだろうかと考えつつ、
それを伝えて反応を見るのも面白いと、いささか悪趣味な事を考え、
平次は素直に和葉の言葉に従った。
「そう言うたら、平次偉かったなぁ。」
「あん?」
コポコポと、飴色の液体がグラスにそそがれる様を何とは無しに眺めていると、
皿を拭き始めた和葉がふいにつぶやいた。
日頃、和葉から言われ慣れていない台詞と、
偉いとは言い難い事を考えていたせいもあって、
聞き返す言葉にはかなりの疑問が含まれた。
「さっき。コナン君、元気づけてあげようと思ったんやろ?」
振り返って、見透かす様にやや上目遣いで和葉が微笑む。
「・・・何言うてんねん。」
思い当たる事はあったが、気づかれているとは思っていなかった上に、
この幼なじみの前ではどうにも素直になれない。
こんな笑顔を向けられては尚更だ。
コナン達の飲み物をつぎ終えて、
当初の目的である自分の分の麦茶を乱暴に喉を通らせ、
平次は和葉の言葉を短く切り捨てた。
「わざわざサッカーボールまで持って来て・・・。」
平次の態度にめげる事無く、和葉がおかしそうに言い募る。
同年代の子供より大人びてはいるものの、
憧れのヒーローが事件を起こすという、
ショッキングな出来事に遭遇していまった少年を元気づける、
幼なじみの行動に気づかぬ程鈍感では無い。
その一見わかりにくく乱暴にも見える平次の気づかいと、
その時に見せた優しげな笑顔も相俟って、和葉の心にはまた一つ、暖かな感情が刻まれた。
「そんなんとちゃうわ、アホ。」
認める事無くそう言って、平次は表情がおかしな事になる前にその場から去ろうと、
客人の分のグラスを乱暴に持ち上げたが、
その内情も手伝ってか、武骨な手の中でグラスはガチャガチャと、先行き不安な音を立て合う。
見かねて和葉は拭いていた皿を置き、朱塗りの盆で助け船を出した。
「まったく、素直や無いんやから・・・。
でも平次も大人になったんやねぇ、お姉さん役として嬉しいわ。」
平次の手からグラスを盆に移しつつ、和葉がそんな事を言い出す。
シラを切り続ける平次を怒らせようとしているとしか思えない、揶揄を含んだ口調で、
とどめには、「偉い偉い。」などと言いつつ頭をなでて来た。
この女・・・・・・。
頭上に触れる手のひらの感触に反して、
様々な意味の苛立ちが胸中を支配する。
何事か、言ってやろうと口を開いた時だった。
「コナンくーん? もうすぐおいとまするんだから、ちゃんと荷物の整理してね?
忘れ物したりしちゃダメよ? あ、トイレも済ませた?」
離れた場所にいるのか、コナンに出立の準備をすすめる蘭の声がふいに服部邸に響き渡り、
続いてコナンの「はーい。」という、何とも聞き分けの良い素直な返事が同じく響く。
そのやり取りを聞いて、和葉への文句は空中分解し、
変わりに平次の口から出た言葉と言えば、
「・・・大人なんはあのボウズやろ。」
という一言で、
「へっ? 何で?」
と、和葉はその言葉の起源の見当がつかない平次の台詞に疑問を返したが、
平次はそんな和葉にちらりと不可解な視線を送ると、
盆を持ち上げて台所を後にして行ってしまった。
後に残された和葉は、首をひねるばかりである。
居間に戻り、江戸川コナンこと工藤新一に目をやれば、
かの少年はその幼なじみによって、Gジャンの衿を正されている最中で、
近づく蘭の顔に少しばかりその表情を赤らめながらも、素直に従っている。
大人である。
好きな女に四六時中、お姉さんとしてふるまわれても、
怒り出さないという点においては。
そんな事を考えて、自嘲気味に片眉をつり上げて笑うと、
平次は手にした盆の上に置かれた、大人の分のリンゴジュースを、
彼に向かって差し出してみせるのだった。
幾ばくかの尊敬と、幾ばくかの同情と共に。
終わり
えれぇバラバラな順番で原作絡みの作品をお届けしておりますが、
こちらは29巻と30巻の間の話と思って頂ければ幸いです。
平次がコナンを元気づけてた29巻のラストと、新大阪駅の30巻のスタート、
洋服が一緒で、新幹線の発車時刻が15時くらいだったから、
昼飯は服部家かなぁって事で、その後くらい。
あの服部平次のボールさばき同様の下手くそななぐさめ(ひでぇ。)、
はたして江戸川少年は気づいていたのかって感じですが、和葉と蘭はお見通しっすよね?
そして、少し元気を取り戻した江戸川少年を見る、慈愛の表情ったらもう!!
和葉に「ちょっと妬けたわ・・・。」とか言わせたかったのも山々ですが、
また珍しく短い話が出来そうだったので、そこはこらえてこんな路線で。
それにしてもあのボール、事件で使ったやつだよな?
抽選会の景品だった・・・パクッて来たんか?
果たしてやらかしたのは東なのか西なのか。
平次はサッカーは体育の授業でやる程度なんすかね。
そういや登場時はサッカー少年に対して野球少年か・・・
などと思ったものですが、結局剣道少年だったしなぁ。
まぁ、「平次が面をかぶり直したらスイッチオン!」
っつーのもどうかと思うっつーか、オフ時は前見えねぇし。
さーて、そんな訳で良いお兄ちゃんな平次を、
いつもより素直に誉める和葉ですが、お陰様で平次も照れがわかりやすい。
和葉の前ではポーカーフェイスなはずなのに、今回は危なかったね。
和葉も平次の優しさには気づいても、この辺りの反応には、
「素直に認めない。」的解釈しかしておらず、
「自分に誉められたから。」とは夢にも思わないのでした。
んで、からかいも含めて「偉い偉い。」とかやらかしちゃうのですが、
それは和葉のお姉さん役に、色んな意味で辟易している平次の逆鱗に触れる行為でしかなく、
これが華(仮名)さん辺りだったら(懐かしい名前。)、
その手をつかんだりなんかして、真顔で「あんまナメんなや・・・。」などと言いつつ、
続いたりするのかもですが(どこへ。)、DCで華(仮名)さんの登場は無いので、
蘭姉ちゃんに大声出して頂きました。
好きな女にお姉さんとして云々・・・。
こんな一文でも、ウチにしちゃかなりの高橋名人の冒険島。バグってハニー(訳わからん。)。
それが江戸川少年の事とはいえ、
おいおい、それって自分に重ね合わせてんだろ?
お前にとっての好きな女って誰だー、みてぇな。
誰なんでしょう・・・・・・(ツッコミすら面倒なボケ。)。
まぁ、たまにお姉さんぶられてしまう平次と違って、
コナンはオールウェイズ(倉木麻衣。)お姉さんされてしまう訳で、
そこを平次は汲んでいる訳なのですが、忘れているぞ服部平次、
江戸川コナンの場合、そこに役得が存在するという事を!!
そんな訳で、結局、誰が大人かって話なのですが、
うーん・・・・・・小五郎か?(馬鹿か。)