思い出発表会 4
翌日、朝の会が始まる時間になっても、和葉の隣りは空いたままだった。
風邪かなと思いつつも、何だか嫌な予感が胸を支配する。
その予感は教師の言葉で現実のものとなった。
「あ〜、白石だが、本人の希望で黙ってたんやが、
実は白石はお家の都合で転校する事になった。」
一瞬、頭が真っ白になった。
「お母さんが病気でな、和歌山で療養されてたんやが、
大阪よりもそちらの方が健康に良いという事で、お父さんと白石も・・・。」
最後まで、話は聞けなかった。
気づけば和葉は物凄い勢いで教室を飛び出していた。
こんなのってない!!
これまであまり話した事はなかったけど、
仲良くなり始めたばかりだけど、
何も言わずに去るなんて酷い、悲しい、寂しい。
靴を履き替え、校門を出た和葉だったが、
そこで、優の家にたどり着いても、既に和歌山に向かった後だったらと考え、
涙が出そうになる。
どないしよう・・・。
「和葉!! 来い!!」
そんな和葉の耳に凛とした声が響き、
振り返ると平次が大通りの手前で自分を呼んでいる。
「へ、平次・・・。」
「白石の家、どっちや!?」
「ほ、保育園の方。柿の木の家の所を曲がった先の・・・。」
説明が終わるより先に、平次が自分の手を引き、優の家の方向に大通りを走る。
「大滝はんに電話して、この通りで見つけてくれる様に言うてある。
おらんかったら先生に聞いて和歌山まで行けばええ。」
「・・・・・・。」
前方を睨む様に走りながら、平次が口にした言葉は、
和葉の不安をすべて消し去るものだった。
一方的に怒鳴られただけだったが、喧嘩していたはずなのにと、
和葉の胸は熱くなった。
その後、大滝の運転するパトカーに拾って貰い、
無事優のマンションにたどり着く事が出来たのだが、
和葉を迎えたのは、丁度エントランスから出て来た優の、
「あれえ、遠山さん、どないしたん?」
という、何とものん気な声だった。
「どっ、どないしたって、白石君、転校・・・。」
息も切れ切れに、和葉が言葉を発すると、優は少し寂しそうな顔をした。
「そっか、先生から聞いたんやね・・・。
けど、今日は色々手続きがあってお休みしただけで、
実際に転校するのは一ヵ月後やで?」
「へっ・・・。」
間の抜けた声が出る。
「皆にさよなら言うの嫌やから、先生には黙ってたいって言うたんやけどな、
ちゃんと挨拶せなあかんって叱られてしもた。」
えへへと優が笑う。
きっと先生は優が欠席の間に、皆に転校の話をすると共に、
お別れ会などの段取りを話そうとしていたのだろう。
それなのに、早とちりして駆け出して来てしまった事が恥ずかしい。
「遠山さん、僕がもう和歌山行く思て来てくれたんやね。
・・・服部君と。」
和葉の肩越しにパトカーを見て、優が微笑む。
平次は大滝と共にパトカーの中で和葉を待っていた。
「平ちゃん・・・かっこええけど、
女を他の男の所に送り届けるっちゅーんは良くないで・・・。
このままさらわれたらどないすんねん。」
「じゃかあしいっ!!」
車内でそんな会話が繰り広げられているとは夢にも思わず、
和葉も微笑みを返す。
「白石君、お母さんと暮らせる様になったんやね。
寂しいけど、良かったって言わなあかんよね。」
「ありがとう。お母さん、おばあちゃん家やったら元気やねん。
お父さんは車で遠くまで通勤せなあかんって言うてたけど、
やっぱり嬉しそうやねん。」
一ヶ月後だったとはいえ、優とは別れなければならない。
けれど、優しい家族の団欒を思い描き、
和葉は心の底から「良かったなあ。」と優に告げた。