思い出発表会 3


        休み明けも放課後に図書室で優と宿題をまとめる事になっており、
        和葉はうきうきとした気持ちで、ランドセルを揺らしながら渡り廊下を走った。
        ふと、その前に小さな影が立ちふさがる。
        「平次・・・どないしたん? 
        今日は剣道の稽古の日やろ? はよ行かんとまた先生に叱られるで。」
        「余計なお世話やっ!!」
        いつもの調子で注意すると、犬が吠える様な調子で即座に言葉を返され、
        びっくりして目を見開く。
        「な・・・。」
        「いっ、岩崎なあ、お前と違うて、
        めっちゃ大人しいし、めっちゃ字ぃ綺麗なんやで!!
        俺の案、ちゃんとまとめてくれるし、社会の宿題、きっと俺らが一番や!!」
        「・・・・・・そう。」
        間の抜けた感想が口から出た。
        平次が何を言いたいのかわからない。
        岩崎さんはお習字に通ってるって言うてたし、確かに字は上手やろうなあと思いつつ、
        何故か怒った表情の平次をぼんやり見つめていると、
        今度はびっくりする程顔を赤らめて口を引き結び、
        ランドセルの背中を和葉に向けると、あっと言う間に走って行ってしまった。


        「あ、そう言えばこの前、平次君が来たんよ。
        あんたが白石君のお家行っとる言うたら帰ってしもたけど、
        今日、学校で何の用やったか聞いた?」
        帰宅後、母が何か言っていた様に思えるが、
        和葉は良く聞かずに自分の部屋へと戻り、ベッドにぼすんと腰掛けた。
        優との宿題は順調に進んだが、
        渡り廊下での意味不明な平次の態度を思い出すと、後になって怒りが込み上げて来た。
        どうせあたしは大人しくないし、字も上手やないわっ。
        ・・・白石君かて、平次より優しいし、考えまとめるの上手やし、お料理かやって・・・
        そう、考えるが、友達を比べてはいけないという事を、
        父の言葉から学んだばかりだと、唇を噛み締める。
        嫌な事は忘れてしまおうと、和葉は日課の風呂掃除をする為、立ち上がった。


        『どうしてあるんだろう?』の宿題発表の日が来た。
        大半の生徒は照れからか、充分な共同作業をせず、
        教師の叱責を受ける事になったが、
        そんな中、平次と里子の発表は群を抜いていた。
        テーマは「警察」
        大阪府警やパトカーの写真が張られた模造紙に、
        里子の綺麗な字が並べられたそれが黒板に張り出された時、
        一目で新聞を模したものだとわかり、クラス中の目が引き寄せられた。
        内容も、父親や仲の良い刑事達から色々と聞き出したのだろう、
        犯罪に対する姿勢から、税金の流れまで詳細に書かれたその内容には、教師も舌を巻いていた。
        クラス中から巻き起こる拍手の中、自分達の番だと教師に呼ばれ、和葉と優は立ち上がった。
        正直、やりにくいと思うし、平次の勝ち誇った様な、
        それでいてどこか怒った様な表情も目に入ったが、気にしないと小さく深呼吸をする。
        比べたりしない。
        自分達は自分達で頑張ったのだから。


        「歩道の木や草花」
        それが和葉達のテーマだった。
        二人で描いた紙芝居仕立ての画用紙を教卓に置き、説明を進めて行く。
        「僕はある日、どうして歩道にわざわざ木や草花を植えるのか、父に尋ねました。
        車道の脇よりももっと、植物には良い環境があると思ったからです。
        けれど父は僕に植物が空気を綺麗にしてくれているのだという事を教えてくれました。」
        いつもよりはきはきとした優の声が教室に響く。
        歩道に咲いた花の絵から、空気の浄化をを図解にした絵に差し替えると、
        ここでも優は百科事典で調べた事をわかりやすく皆に伝えてくれた。
        「あたし達の生活に、車も大切ですが、
        汚れた空気を綺麗にしてくれる植物が街にあふれたら、
        もっと住みやすくなるのになと、思いました。」
        後半の発表は和葉の番で、そんな言葉で最後をまとめたのは、
        優の家族を思っての事である。
        和葉の言葉に優が微笑み、和葉はもう、充分に満ち足りた気分を味わっていたが、
        そんな二人をクラスメイトの温かな拍手が包み込んだ。

        「どうしてかという疑問に、自分達の気持ちも組み込まれてる。
        これはとても大切な事やし、優しい、良い発表やったと先生は思う。
        二人で協力したのも良くわかったし、白石も遠山もよう頑張ったな。」
        丸で言うなら花丸の様な教師の意見に、皆の拍手も増した。
        平次がふくれながらも手を打ってるのが視界に映る。
        顔を赤くしながら、和葉と優は再び笑い合った。

        「良かったな、白石君!!」
        放課後、和葉は優に大きな声でそう言うと、
        二人で作った紙芝居を優へと差し出した。
        「何?」
        「これ、お母さんに見せてあげたら、喜ぶ思うで。」
        「遠山さん・・・ありがとう。」
        素直に礼を言い、優が紙芝居を受け取る。
        その様子に、和葉は何だか急に気恥ずかしくなり、
        「その、またこういう宿題あったら一緒に頑張ろうな!!」
        と、笑いかける。
        すると何故か、優の顔が少し曇って伏せられた。
        「白石君?」
        「あ、ごめん、何でもないねん、せやね、一緒にやりたいな。」
        何でもないと言いつつも、優の顔は寂しそうで、
        理由を問いただそうと和葉が口を開きかけた時、
        ガッターンと激しい音が教室に響く。
        振り返ると、平次と他の男子生徒が口論からか、取っ組み合いの喧嘩を始めた所だった。
        「もう・・・。」
        こっちは真面目な話をしているのに、子供っぽいなあと和葉がため息をつく。
        その横を、少し慌てた調子で優がすり抜けて行った。
        「僕ちょっと急ぐから・・・遠山さん、さよなら。」
        「あっ、白石君、また明日な!!」
        去って行く背中に慌てて声をかけるが、
        何故だか和葉は、自分のその声が妙に虚しく響いた様に聞こえた。