思い出発表会 2


        「あ、遠山さん? 宿題の事で電話してくれたん?
        僕、考えるの遅くてごめんな。
        遠山さん、明日の休みは暇? 良かったら僕の家で一緒に考えへん?」

        優に電話し、和葉は自分も案を出さなかった癖に、
        どこか不機嫌になってしまった今日の態度を謝ろうと思ったのだが、
        優はまったくそんな事は気にしていない口調で、
        自分が謝った上に、そんな提案をしてくれた。
        優は確かにおっとりとした性格かもしれないが、
        そこで立ち止まらず、前向きな考え方が出来る性格なのだと気づき、
        明日の約束を取り交わすと、和葉はどこか満ち足りた気持ちで電話を切った。


        優の家は和葉の家から20分程歩いた住宅街のマンションの一角にあった。
        そういえば、平次以外の男の子の家に一人で行くのは初めてだと、
        急に緊張した気持ちで筆記用具とお土産のどら焼きを抱えながらチャイムを鳴らすと、
        すぐに笑顔の優が現れ、ほっとする。
        「遠山さん、お昼食べた?」
        「うん、せやかてもう、二時やで?」
        迷惑にならないよう、この時間にしたのだからと、きょとんとして和葉が答えると、
        優は少し恥ずかしそうに、
        「僕ももう食べたんやけど、僕のお父さん、夕べ仕事で遅くてまだ寝とってな、
        あとちょっとでお父さんのご飯作り終わるから、ちょお待っとって貰える?」
        「白石君が作るん!?」
        リヒングに自分を通し、ジュースを出しながらそう言う優に、
        和葉は驚いて大声を上げてしまった。
        「簡単なのやで。」
        はにかむ優に断ってキッチンについて行くと、下ごしらえの済んだ食材が和葉を迎えた。
        「チャーハンと、インスタントの中華スープやから、あとはそれ炒めるだけやねん。」
        「・・・・・・。」
        自分も、お手伝いはする方だと思っていたが、
        包丁は母がいる時だけで、火を使う事はまだ許されていない。
        それなのに、目の前の少し頼りないと思っていた少年は、
        すべての食材を一人で切り刻み、これからそれを調理しようとしているという。
        和葉の目は、丸く見開かれた状態から、なかなか戻ってくれなかった。
        「いつも、ご飯の用意しとるん?」
        「僕の家、お母さんが病気で、去年から和歌山のおばあちゃん家行っとるからな。」
        父親が寝ているのは聞いていたが、
        必要以上に明かりのついていない家、そして優が自分を出迎えてくれた様子から、
        母親が不在なのだろうとは思っていたが、そんな事情があるとは思わなかった。
        「普段はお父さんも手伝ってくれるけど、
        仕事で忙しいし、それにちょっと不器用やねん。」
        いたずらっぽく優が笑う。
        「・・・ほうれん草ある? 胡麻和え作ってもええ? あたし、得意なんよ。」
        包丁も火も、一人では許されてない身分なのに、
        何だか優に張り合いたい様な、手伝いたい様な、不思議な気持ちを抱え、
        和葉は少し嘘をついた。
        「あるよ!! ありがとう!!」
        優しく笑う優が一緒なら、何でも出来そうな気がした。


        優の父の遅い朝食の準備を済ませると、二人は優の部屋に入り、宿題を始めた。
        「どら焼き、美味しいな。」
        「ほんま? 昨日、おか・・・あ、えっと・・・。」
        母親と離れて暮らしている優に対し、母親と一緒にどら焼きを焼いたなどと言うのは、
        無神経ではないだろうかと、和葉が慌てて口をつぐむ。
        しかし、そんな和葉の様子に優は目を細め、
        「気にせんでええよ。お母さん、毎晩電話くれるねん。
        自然の多い所におるから前よりずっと元気やし。」
        「・・・大阪やと、あかんの?」
        「うん・・・空気がようないんやて。せやから、もう少ししたら・・・。」
        「え?」
        何かを言いかけた優に、和葉が顔を上げると、優は慌てて首を振った。
        「あ、ううん、何でもないよ。」
        「大阪は、道路が多いからなあ・・・。
        草木も、ない訳やないけど、もっと自然が多かったら、
        白石君のお母さんもこっちで暮らせるのにな。」
        大阪は好きだが、お世辞にも自然が多いとは言えない。
        ぼんやりと、そんな事をつぶやくと、
        優がはっとした様に目を見開き、
        「せや・・・僕、お父さんに『あれはどうしてあるん?』って聞いた事があるんやけど、
        あの話・・・もしかしたら宿題になるかもしれへん!!」
        いつもより興奮気味に和葉へと身を乗り出す。
        優から詳しく話を聞く内に、宿題への光明が差し、
        和葉もまた、興奮に胸を躍らせた。


        優と作った食事は、目を覚ました優の父親にいたく感激され、
        彼は遠慮する和葉を優と共に車に乗せ、
        ファミリーレストランでチョコクレープをふるまい、家まで送ってくれた。
        気を遣わせるからと家人には会わずに去ってしまい、
        慌てて和葉の母がお礼の電話をした時は、もう仕事に出た後だった。
        コンピュータ関係の技師として、不規則に忙しく働いているらしいが、
        自分の父や平次の父よりも若く、ひょうきんな人で、
        色々と冗談を言っては和葉を笑わせ、
        優が恥ずかしそうにしているのが印象的だった。
        きっと母親も優しく、仲の良い、素敵な一家なのだろうと思う。
        だからこその切なさが、和葉の胸を支配した。

        けれど、優と仲良くなり、
        教室では知る事のなかった彼の面々を知る事が出来たのはとても嬉しかった。
        前向きで、料理が上手で、家族想いで、
        宿題も、考えが決まってからは迷う事なく、優らしい堅実さで筆を進めて行く、
        白石優は、思っていたよりも、ずっとしっかりとした男の子だった。