思い出発表会 1
「次に・・・皆はこういう事を考えた事はあるか?」
社会科の時間、男性教師が黒板に、
『どうしてあるんだろう?』
と書きながら話を始める。
「例えばここ、小学校・・・学校は皆が学んだり、友達と遊んだりしながら、
将来、どういう事をして行きたいか考える為にあると先生は思っとる。
そういう風に、お金でも郵便ポストでも、何でもええから、
皆の周りにある物がどうしてあるのか、
隣同士で組になって考えて、来週のこの時間、発表して貰いたい。」
「宿題や。」と言う声に、クラス中からざわめきが起きる。
隣り合うのは男子と女子、何となく、お互いを意識し始める年頃である。
中にはあからさまに拒絶の声を上げる者もいた。
隣りの子とか・・・。
和葉も、どうなるんだろうと思いながら隣りを見ると、
隣席の少年、白石優が控え目な微笑をもらした。
茶色の柔らかかそうな髪に、育ちの良さそうな印象を与える優しげな目鼻立ち。
クラス替えから数ヶ月経っても、
挨拶程度しか交わした事のない様な大人しい少年ではあるが、
何とか上手くやって行けそうかなと、和葉も小さな笑みを返した。
「どないしようか、遠山さん。」
「白石君は、何か考えとる事ないん?」
「うん、僕はまだ何も・・・。」
「・・・・・・。」
休み時間、早速宿題について話し始めたのだが、
優は終始この調子で、和葉は少しだけ、自分の機嫌が悪くなって行くのを感じた。
「ドッヂボール行くでー!!」
幼なじみの大きな声がクラスに響く。
昔から、何かをするのに迷う事がない。
平次は・・・岩崎さんと組むんか・・・。
長い髪の、大人しくて可愛らしい岩崎里子が今は平次の隣りの席にいる。
何だかそんな事も和葉の不機嫌を増幅させていた。
「何や、おちびは機嫌悪いんか。」
何となく、唇を尖らせて考え込みながら母親の夕食の準備を手伝っていた和葉に、
珍しく早く帰った父が面白そうに声をかける。
「別に、機嫌悪ないもん。」
おちびと呼ばれるのはあまり好きではない。
頬を膨らませながら答えると、父はますます面白そうにその目を細めた。
「・・・社会の宿題、隣りの席の男の子とやらなあかんのやけど、
何か頼りなくて、あまり考えてくれへんのやもん・・・。
平次やったら、悩まんと色々決めてくれるのに。」
ほうれん草と和える黒胡麻をすりながら今日の事を話すと、
「そら、皆同じ性格やないからなあ。」
父は声を出して笑い出し、母の用意したビールを美味しそうに飲み干した。
「・・・和葉は自分で考えたんか?
もし平次君と組んどったら、自分は何も考えんで済んだと思うんか?」
少し、父の声のトーンが真面目なものになり、和葉は驚いて目を見開いた。
そんな事はないと思う。
平次と組んだなら、喧嘩をし合っても、お互いの意見を言い合っていたと思う。
けど、優が自分からは何も言い出さない分、和葉の調子も狂ってしまった。
「平次君は平次君で、その子にはその子の速度があるやろ。
和葉かて、お父ちゃんが和葉と平次君の事、比べたら嫌やろ?」
ゆっくりと、諭す様な父の声が耳へと届く。
父はいつも、難しい事は言わず、感情的になる事もない。
ただ、わかりやすく正しい言葉で、静かな声で、和葉の心に触れる。
だから和葉も父の言葉をゆっくりと噛み砕く様にして考え、
やがて小さな声で、
「うん・・・・・・ごめんなさい。」
と謝った。
母がその頭をいたわる様になで、
「その子に電話してみたら?」
と、優しい声で提案してくれた。