門外不出の家宝なり 2
「わからへんって、理由がない訳ないやろ。何があったか、順序立てて話してみろや。」
自分よりも和葉に甘い母親が、理由もなく和葉を怒る訳がない。
かと言って、自分と一緒にいたずら三昧だった子供の時分ならまだしも、
今の和葉が母親を怒らせる様な事をするとも考えがたい。
平次は和葉の前に置かれた湯飲みに茶をつぎ足し、茶箪笥から取り出した菓子を勧めるという、
無意識の甘さを見せつつ、とにかく話を聞こうと和葉を促した。
「・・・うん、あんな、今日、学校の帰りにおばちゃんに呼ばれて、
晩御飯何にしよとか、いつもみたいにここで話しとったんやけど・・・。」
静華が和葉を家に招待する事は日常茶飯事だ。
そうして、実の親子以上に仲良く、会話をしたり、料理をしたりする事も。
その様な関係の上で、こんな風に、波風の合間に平次が立たされる事は、過去に例がない。
何や、嫁と姑の間に挟まれた・・・・。
そこまで考えて、平次の頬は一気に紅潮した。
こんな時に、何を考えているんだ自分は。
ごほごほと咳をして誤魔化したが、当面の問題と向き合っている和葉はそれには気づかず話を続けた。
「昨日、おばちゃんがスーパーに買い物行った時、
そこでパートしてはる太川君のお母さんに会うたって話になってな。」
「お、おう。」
何とか落ち着きを取り戻し、返事をする。
太川と言えば、中学まで一緒だった太川航吉の事だろう。
柔道部所属のがっしりとした体格の持ち主だが、童顔で愛嬌のある顔立ちをしており、
人を笑わせる事が得意なお調子者と言った性格の持ち主だ。
平次とは何かと気が合い、高校に進学した今でも付き合いは続いていたし、
近所のよしみで母親同士も仲が良い。
「おばちゃんが太川君元気って聞いたら、今、風邪で寝込んでるんやて。」
「ほ〜、難儀やな。」
自分同様、健康優良児の航吉にしては珍しいと思ったが、
話している内に段々といつもの調子を取り戻して来た和葉に少し安心し、平次はのん気につぶやいた。
「うん・・・せやけど、太川君のお母さん、当分パート休めんし、
誰も面倒見る人おらんから一人で寝てますわって、笑って話さはったらしいんやけど、
おばちゃん、可哀想やから自分が世話しに行こうかって・・・。」
「はは、世話焼きオバハンの考えそうな事やな。」
それでどうして和葉を怒る事になるのだという疑問はすっかり忘れ、
平次は静華の世話好きさを笑ってみせた。
「けど、太川君のお母さん、驚いて、気ぃ使わんといて下さいって・・・。
あたしかて、おばちゃんが訪ねて来たら太川君、びっくりすると思うもん。」
「そんなもんか?」
平次には良くわからないが、静華の美貌や気品や風格はただ事ではないと、
刑事連中や同級生が口にするのを聞いたのは、一度や二度ではない。
迫力という点においては平次も同意するが、
まあとにかく、そんな人間が看病に訪れたのでは、病人も落ち着かないという事なのだろう。
あのオバハン相手に気ぃ使わんでもええのにと、平次が座卓に肘をつき、苦笑いを漏らした時だった。
「せやから、あたしが行って来よ思て。」
和葉がさらりと、爆弾を投下した。