守り手の苦悩 1


        いつもの様に上京して来た平次と和葉を見送る為、
        コナンと蘭も東京駅のホームまでやって来たのだが、
        今は平次とコナン、和葉と蘭に分かれてベンチに背中合わせになり、
        限られた時間を惜しむ様に、それぞれの話題に興じている。

        「あ・・・こんにちは。」
        そんな彼女達の前を、スーツ姿の三十前後の男が軽い会釈をして通り過ぎ、
        蘭も慌てて頭を下げる。
        「蘭ちゃん、知り合い?」
        「うん・・・雑誌社の人でね、和葉ちゃん、モノトーンって雑誌知ってる?」
        小首を傾げて尋ねる和葉に、蘭が少し戸惑った笑顔で説明する。
        「あ、うん、知っとるよ、隔週の情報誌やろ? あの雑誌の記者さんなん?」
        モノトーンは二、三十代の男性向け情報誌なので、
        和葉も内容までは詳しく知らないが、コンビニにも置かれる有名誌である。
        「うん、そう、以前、新一が事件を解決した現場で居合わせてね・・・。」
        蘭の瞳が優しく細められる。
        工藤新一の事を話す時、蘭の可憐な美しさは一層色を増す気がする。
        大輪の、優しい色の花が咲く瞬間の様な優美さに目を奪われつつ、
        和葉は蘭の言葉を待った。
         

        大型書店に二人で参考書を買いに来た際に遭遇した殺人未遂事件だった。
        新一は数ある容疑者の中から瞬く間に犯人を特定し、
        駆けつけた警察関係者や新聞記者に取り囲まれ、
        蘭は一人、階段の踊り場で所在無くたたずむ事になった。
        幼なじみを取り巻く輪は年々増えて行く様に思える。
        活躍を喜ぶ反面、遠くなる幼なじみにはどことなく寂しさを覚えながら、
        蘭はひっそりとため息をついた。

        「君は工藤君のお友達?」

        ふいに前に立った影に話しかけられ、蘭は慌てて顔を上げた。
        癖のある茶髪に、少しアンバランスに思える真面目そうな眼鏡をかけた、
        人の良さそうな三十前後の男が立っている。
        手にレコーダーを持ち、肩にはカメラをかけている事から、どこかの記者だろうか。
        「あ・・・はい、そうです。」
        「そうなんだ。僕はモノトーンという雑誌の記者で夏野と言います。
        良かったら工藤君のお話を聞かせて貰えないかな?
        ほら、彼はあの通り新聞記者さん達に囲まれてしまって、
        僕の様な弱小雑誌の記者はなかなか近づけないんだ。」
        「え、でも・・・。」
        名刺を差し出しながらおどけて笑う夏野には好感が持てたが、
        その申し出には困ってしまった。
        新一の事を聞かれれば、確かに自分は色々な話をする事が出来るだろう。
        けれど、どんな些細な事でも、新一の許可なく話して良いとは、蘭には思えなかった。
        「良ければ君の写真入りで・・・ねっ。」
        遠目からの工藤新一の写真に加え、彼の友人であるこの少女の写真を掲載し、
        今回の事件にプライベートのエピソードを織り込めば、紙面は華やぐ。
        もともとニュースメインの雑誌ではないし、
        美しい少女の写真入りの方が、読者である男性への受けは良いだろうと夏野は考えた。
        しかし、夏野がカメラを構え、蘭がそれに対し礼儀正しい断りの言葉を入れるより先に、
        二人の間に一人の少年が割って入り、

        「失礼・・・彼女を血生臭い事件の記事に巻き込まないであげてくれますか?」

        冷涼な声が静かに響いた。