近距離の遠い道 3
「肉まん。」
「はっ!?」
怒鳴る平次に、これは余程の事をやらかしたのだろうかと、しつこく推理を巡らせつつも、
当分の間は口を聞くまいと、小さな決意を固めた和葉だったが、
唐突に、脈絡のない単語をつぶやかれ、早くもその決意は崩れてしまった。
「花なんぞええから、そこで肉まん買って来いや。」
和葉の驚きは意に介さず、先程和葉が目指していたコンビニに視線を流して平次が命令する。
「・・・おばちゃんが食べたがってたん?」
突如として発せられた食品名の謎は解けたものの、
果たしてその収納先はどこなのだろうと、和葉が眉をひそめつつ訊ねると、
「何でやねん。俺や俺、俺が食うんや。」
案の定、反論せざるを得ない返答が返って来た。
「それこそ何でやの!! あたしはおばちゃんにお土産買おうと・・・。」
「せやからそんなんはええって事でさっき話がまとまったやろ。」
いつまとまったのだと突っ込みたかったが、平次は和葉に口を入れる隙を与えず、
「寒い中心配して来たった幼なじみに礼の一つも出来んのかい。
さっさと行って来いや。」
一方的にそうまくしたて、あごでコンビニを指し示した。
つまりは、迎えに来てやった代償として肉まんを奢れと。
「・・・・・・。」
反論するのも馬鹿馬鹿しくなり、和葉は無言できびすを返し、コンビニへと足を向けた。
平次の言う通り、大人しく肉まんを購入してそれを手渡し、
そのまま自宅へ帰ってやろうかと考える。
十中八九、一人で帰宅した平次は静華に叱責される事だろう。
そもそもここへ来たのだって、静華に言われたからで、
心配なんかしていなかったくせに。
心配なんか・・・。
「・・・・・・。」
そこまで考えて、和葉は先程の平次の台詞に引っ掛かるものを感じ、
思わず振り返った。
「何やねん? お前、アンまんなんぞ買うて来たらしばくぞ。
肉やからな、にーくー。」
「・・・・・・。」
相も変わらず、居丈高な上に子供じみた平次の物言いに、
胸に引っ掛かっていた感情をすとんと落とされた様に肩を落とす。
やはり気のせいだ。
きっと、言葉のあやや勢いで、ああ言っただけなのだろう。
もしかしたらと、思ってしまった自分が情けない。
そう考えて、和葉は平次に背を向け、再び唇を尖らせかけたが、
それでも、
それでも平次がここまで来てくれた事だけは、紛れもない事実で、
理由はどうあれ、その点に対しての感謝はすべきではないかと、
親の教育の賜物か、生来の人間性か、ふとそんな考えが和葉の脳裡をかすめる。
そして思い起こされる、荒い息遣いの平次。
たとえ静華に言われて家を出たのであっても、
冬の凍て付く寒さの中、暗闇を走った平次がいた。
自分を探して。
自然と上昇し始める口角に、我ながら単純だと眉が下がったが、
お礼に肉まん一つを所望する平次とは良い勝負かもしれない。
そんな和葉の眼前を、
先程、駅のホームでその香りを漂わせた雪がひらひらと舞い落ちた。
「あ・・・。」
一人の時は、大雪や吹雪に変化したらと、多少の不安を伴っていたのだが、
生まれ育ったこの土地に降る雪は、いつでも儚く、優しい。
それに何より、後ろには幼なじみがいる。
安心感だけを胸に、雪にも劣らぬ白い息を吐き出しながら、
暗闇に明かをり灯して踊る雪を目を細めてながめると、
軽い足取りはそのせいだとでも言うかの様に、和葉はコンビニに向かって走り出した。
「ありがとう。」
息を弾ませてコンビニから戻り、
紙袋の隙間から湯気を上げる、指定どおりの品物を平次に手渡し、
和葉はほんの一瞬だけ微笑んで、そんな言葉を口にした。
「あん?」
自ら礼と称した品物を受け取りつつも、
添えられた和葉の言葉の意味が理解出来ず、平次が怪訝な表情を返す。
静華に対しては気持ちや言葉は当たり前で、
たまには何か買っていこうと思い立った今日の和葉だったが、
平次に対しては、買った物のついでにしか、感謝の言葉を述べられない所が物悲しい。
おまけに、
「物貰ったら『ありがとう。』やろ?」
と、平次から目をそらしつつ、余計な一言。
案の定、平次は、
「何言うとんねん。」
と、馬鹿にした様にその言葉を流し、自宅方面へと歩き出した。
きちんとお礼を口にしたかったのに、
照れ隠し故、自ら嘘で包んでしまった言葉は自己満足でしかない。
そんな自分を不甲斐なく思う気持ちから、和葉は平次の言葉にも、特に言い返す事はしなかったが、
無言を選ぶ自分に対し、平次が横からいぶかしむ様な視線を送っているのに気づき、
「雪、綺麗やなぁ!!」
と、やや白々しいかと考えつつも、空を見上げて感嘆の声を上げた。
「はん。」
言葉を発した和葉に、いぶかる気持ちが消えたのか、
平次は天上には特に興味を示さず、先程和葉から渡された紙袋を開封し、
肉まんを口へと運び始めた。
「歩きながら、行儀悪いで。」
「アホ、肉まんの類は歩き食いせなあかんって、国会で決まっとんの知らんのか。」
「アホはあんたや・・・。」
いつもの如く、口から出てしまう注意に、訳のわからない切り替えしをされて、呆れた声を返すものの、
確かに、たった一つの肉まんを持ち帰り、
自宅にてきちんと端座して食す平次というのも不思議な光景かもしれない。
「せっかく雪が綺麗やのに・・・食い気ばっかりなんやから。」
色気より食い気、と言いかけて、前半を濁す。
それではまるで、恋人同士がムードを求めている様なものだ。
憧れない訳ではないが、単なる幼なじみに過ぎない関係の上で、
しかもあの服部平次相手に、そんな感情は悟られたくない。
「今年は大阪かて結構降ったし、別に珍しくもないやろ。」
「回数だけ多くても、すぐやんでまうやん!!
そうやってありがたがらん奴がおるからや!!」
「ありがたいってお前、あんなぁ、雪っちゅうんは空気中の水蒸気が・・・。」
「もうええ。何で理科の授業受けなあかんの・・・。」
ありがたいという表現に対し、科学的な説明を始める平次に対し、
いよいよムードがないと話を打ち切る。
そもそもこの会話からして、他人にしてみれば、まるで漫才の様だろう。
はぁ、とため息をつきかけたが、
「ま、雪くらいやったらいつでも付き合ったるから、
間違っても花とか、似合わん上に金かかる方向に走るんやないで。」
からかう様な平次の声には、そのため息もぴたりと止まり、眉間にシワが寄る。
花よりは雪を鑑賞していろという事らしいが、
また、花だ。
築山生花店で何かやらかしたのか、それとも100%自分に向けた悪口雑言なのか、
どちらにせよ、家に着くまでの道すがら、
徹底的に追求してやろうかという気になったが、
ふと、「付き合ったる。」という平次の物言いには、
どこか甘い響きを感じ、和葉は少し目を見開いて、平次の顔を見上げた。
しかし平次は、
「・・・こうしてどっかのアホ迎えに来るんも、最後とは思えんしな。」
と、いつの間にそんなに食べたのか、肉まんの最後の一片を口に放り込みながら、
憎まれ口で和葉の疑問に答えを出す。
「・・・・・・。」
完全な、肩すかしである。
けれど、その言葉にがっかりするのも悔しいし、
怒るのにも、いい加減疲れてしまった。
というよりは、怒れない。
その理由を考えれば、再び頭に浮かぶのは「単純」の二文字。
どうせまた、何げなく言った言葉なのだろうけど、
全体的に見れば、かなり失礼な物言いではあるのだけど、
だけど自分は「単純」だから嬉しくて、
つい、満面の笑顔なんて返してみたりする。
「・・・何やねん。」
「別に。おばちゃんの渡したい物って何やろな思て。」
先程の感謝の言葉同様に、和葉の笑顔の意味のわからぬ平次が疑問を返したが、
和葉は笑顔を閉じると、澄ました調子そう答え、平次の探求をやり過ごした。
「単純」と「素直」は、確実に別の次元の話らしい。
終わり
マイ創作としては、三回目の雪という事で、
大阪なのに降りすぎと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、
何言ってんのさ!! コナンだぜ?(禁句。)
ちなみにこちら、雪創作と言う事で、「貴方へと続く夜」「大事なものはてのひらに」と、
三晩続いてるものとして、連続で雪が降ったと考えるも良し、
和葉が平次を探す「貴方へと続く夜」と、対になってると考えるも良し、
いや〜、マイ創作、色々とお楽しみがいっぱいだぁ!!
さて、夜道で迫り来る謎の男・・・怖いですね〜。
でも大丈夫、ハナホンで和葉が危ない目に遭う事はまずありません。平次ならまだしも(うわ。)。
そんな訳で危険人物は彼女の幼なじみでございました〜(扱い悪すぎ。)。
知人の娘が約束の時間に少し遅れただけで大騒ぎとなる服部家、
平次からの連絡があと五分遅れたら、パトカァが出動する所でした。微妙な公私混同。
和葉は主に静華が・・・と考え、静華の言葉も聞き違えておりますが、
おっとり刀で飛び出した服部家のご子息、夜の街を全力疾走。
・・・にも関わらず、危険人物と勘違いされたりして(扱い悪すぎ。)。
原作風に、和葉に心配したのかと聞かせてみましたが、
あそこで平次が怒るのは、照れもありますが、何を当たり前の事をという気持ちもアリ。
静華は、平次には小遣いで好きにさせて、和葉には事あるごとに自分も楽しみつつ、
色々とあげていそうだなぁと思うんだけど、いかがなもんでございましょ。
んで、和葉は嬉しい反面、遠慮も芽生え・・・って感じにしてみたんだけど、
その辺りの感情に、静華以上に怒ってしまう平次がいたり。
何かもう、和葉には妙な遠慮はして欲しくない訳なのです、さっさと嫁にしろコノヤロ(飛躍しすぎ。)。
そして、遠慮ついでのお花屋さんには、別の方向で怒っておりますが、
こちらの意味はわかって下さいましたでしょうか。
「バイトの青年」っつーので察して頂ければ幸いですが、
「稀少の花」を読んで頂くと、より一層・・・何とか商法みてぇだなオイ。
そんな訳でお礼や花から考えを遠ざけさせる為、自分に肉まんとか言い出す平次・・・子供か。
まぁ、つい出てしまった言葉の数々に喜んでしまう和葉も子供なのですが。
もっと突っ込んだら、今以上に喜べるはずなんだけど、まぁそこはそれ。
そんな訳でタイトルは、帰り道や二人の関係に絡めつつ、あんな感じにしてみました。