恋より素敵 7
憧れの遠山先輩。
大好きな、素敵な人。
お兄ちゃんが遠くなった分、近くなったと感じた人。
その人には、恋人なんて作って欲しくないし、
作ったとしても、自分の意に染まない、おかしな人ではあって欲しくない。
何て子供じみた、馬鹿な考えだろう。
そんな気持ちから、大好きな人を傷つけてしまうなんて。
「あ、ええ風吹いとるよ。」
カフェから出て、遠山先輩は何事もなかった様に、
夕暮れの涼しい風を受けながら、屈託ない表情で私に笑いかけてくれたけど、
このままで良いはずがない。
事情を話して、きちんと謝ろう。
そう決意して、頑張って口を開く。
「おいっ!!」
「・・・・・・。」
居丈高な、馬鹿みたいな大声は、
謝ろうと決意した私の口から出たものではもちろんない。
突然、後方から発せられた大声に驚いて振り返れば、
改方の夏服に身を包み、剣道の道具一式を肩から担いだ男子生徒が、
物凄い勢いと形相で私達の目の前にたどり着いた所だった。
涼しい風が行き渡る中、ぜえぜえと一人で息を荒げているが、
見るからに重そうな剣道の道具を持ち、走って来たのだろうか。
そして、
たまに遠方から見るくらいだったから、はっきりとはわからないけれど、
私の記憶が確かなら、この人は多分、
服部平次先輩だ。
「平次・・・何しとんの?」
同じ様に目を丸くしている遠山先輩の言葉に、
私は自分の考えが合っていた事を悟ったけど、
だからと言ってどうする事も出来ず、黙って遠山先輩の背後に隠れる様に下がった。
多少、と言うか、かなり、服部先輩が怖かったせいもある。
「それはお前の方やろが!! 何勝手に帰っとんねん!!」
「へーえ、あたしがおらん事に気づかはったんですかー、
舞い上がっとったみたいやのに、すごい注意力やなあ。」
何をそんなに興奮しているんだろうという勢いの服部先輩に、
逆に落ち着きを取り戻したらしき遠山先輩が冷ややかに言い放つ。
でも、その言葉を聞いて、私は更に目を丸くしてしまった。
これは・・・すっごくわかりやすいやきもちなんじゃないだろうか。
「ああん!? 何言うとんねんお前!!」
・・・服部先輩は、まったく気づいてないみたいだけど。
あーあ、やっぱり遠山先輩は服部先輩が好きなんやなあ。
けど、やきもちとか、ちょっとかわええ・・・。
「俺、待っとけって言うたよなあ!?」
私のそんな考えをよそに、服部先輩はどんどんヒートアップして行く。
遠山先輩の為にも、これ以上評価は下げたくないんだけど、
思っていた以上に気の荒い人だ。
「自分の仕事はしたし、あたし、ちゃんと葛城君に断ったもん。」
やっぱり約束があったんだなと心配する私の前で、遠山先輩がすまして答える。
「せや!! 葛城が、お前がどこぞの一年と・・・っ!!」
一年?
その言葉に私はいよいよ驚いて、遠山先輩の背後からこっそりと顔をのぞかせた。
途端、服部先輩とばっちり目が合う。
「な・・・・・・。」
私の顔を見て、服部先輩はすごく驚いた顔をして、
次の瞬間には何故か、拍子抜けした様に肩を落とし、
「な、なんや、そいつとおったんか。」
などと言いながら、私の事を指差した。
そいつって・・・。
「ちょっ・・・そいつって何やの!! 指もさしたらあかん!!
こんなかわええ子にあんた何考えとんの!?」
絶句する私をかばう様に遠山先輩がそう言って、
私を指差す部先輩の手をぴしゃりと叩く。
まさにお姉さんの様なその仕草に、服部先輩は怒るでもなく、
何故か快活に笑い出した。
「そ、そうか、そうやな。いやあ、すまんすまん!!」
何やのその変わり身の早さ。
そう、胸中で突っ込みはしたものの、私には服部先輩の考えが手に取る様にわかってしまった。
不思議そうに眉をしかめている遠山先輩はわかってないみたいだけど、
服部先輩は多分、あの、一筋縄では行かない性格の葛城君にかつがれたんだ。
多分、葛城君は服部先輩に、遠山先輩が一年生と出掛けたと伝えたのだろう。
あえて性別は伏せたまま。
そうして、勢い良く体育館から駅の方角へ、おそらく色々な場所を探しながら、
重い荷物をものともせず、走って現れた熱情に、
私は服部先輩の遠山先輩に対する気持ちがわかってしまった。
服部先輩は、遠山先輩の事が好きなんだ。
そう考えて、何故か私の頬が赤くなる。
結局の所は両想い。
しかも、二人の気持ちはとてもわかりやすい。
ただ、不思議な事に、お互いがお互いの気持ちには気づいていないみたいだけど。