恋より素敵 6


        それこそ晩御飯の時間になってしまうし、そろそろ帰ろうかって遠山先輩が口を開いた時、
        私は、名残惜しさを抱きながら家の事を思い出し、同時にお兄ちゃんの事を思い浮かべ、
        今まで忘れていたという事に、自分でも驚いた。
        お兄ちゃんに彼女が出来て、あんなに落ち込んでいたのに、
        憧れていた先輩と話していたら、お兄ちゃんの事をすっかり忘れてしまうなんて。
        おまけに、今は遠山先輩が近くなった分、お兄ちゃんが遠くなっても良いやって思える。
        彼女が出来た事も、普通に祝福出来そうだ。
        私って、何て薄情で、単純な人間なんだろう。
        そんな事を考えながら、
        「最近、ちょっと悲しい事があったんですけど、
        遠山先輩とお話してたら忘れちゃうくらい、元気になりました。」
        思い切ってそう口にしてみると、
        「そうなん? 実はあたしもなぁ、さっき、ちょお腹立つ事があったんやけど、
        みちるちゃんと話しとったら、気分が晴れたわ。」
        遠山先輩は形の良い唇の端を吊り上げて、共犯者の様に艶やかな微笑を見せてくれた。
        さっきって、何があったんだろう。
        そんな好奇心から、
        私は市営体育館を出る時の遠山先輩の様子や、葛城君との会話を思い出し、
        あの時霧散させてしまった推理を何となく再開した。
        ややあって、一つの考えにたどり着く。
        そうして、私はそんな風に答えを導き出せた事が嬉しくて、
        深く考えず、疑問を口にしてしまった。
        「腹立つ事って、もしかして、服部先輩の事ですか?」
        遠山先輩が目を見開く。
        図星だったと感じると共に、余計な事を言ってしまったかと思ったけど、
        遠山先輩は少し困った様な顔をしただけで、
        「うーん・・・優勝が決まった途端、大勢の女の子に囲まれてな、
        みちるちゃんも迷惑かけられた訳やけど、
        表彰式ある言うてんのに、人の話も聞かんと、でれでれしとるし・・・。」
        私にそう、説明してくれた。
        けど、説明をしながら、遠山先輩は、また少し、怒りを再沸騰させているみたいだった。
        ちくんと、胸の奥が音を立てる。
        私は、遠山先輩が服部先輩に腹を立てているのは、例の弟扱いの延長の様なものだと思っていたから、
        あまり好感を持っていない服部先輩の事を、
        遠山先輩と一緒に「仕方ないですね。」って言ったりしてみたかった。
        でも、そんな意地の悪い優越に対する憧れにしっぺ返しをする様に、
        遠山先輩のその口調は、弟なんかじゃなく、
        純粋に、幼なじみに、好きな男の子に、やきもちを妬いている様に響いた。

        「・・・遠山先輩は、服部先輩の事、お好きなんですか?」

        よせば良いのに、こんな時だけ思い切りの良い私の唇は、そんな言葉を紡ぐ。
        胸に浮かんだ考えを、早く否定して欲しいって気持ちがあったからかもしれない。
        「えっ、ちゃ、ちゃうよ、平次とはただの幼なじみで、
        その、あんな風に女の子に囲まれとったら、皆の迷惑になるし、表彰式かて初められんし、
        それで怒っとっただけなんよ!?」
        だから、こうして、遠山先輩がすぐに否定の言葉を返してくれた時は、
        私は一気に目の前が開けたみたいに嬉しくて、舞い上がって、
        遠山先輩の様子や語調なんかは、まったく目や耳にに入っていなかった。
        だって、憧れの人には、素敵な人を好きでいて欲しい。
        そう、それは、他の女の子にでれでれしたりしない人。
        例えば、お兄ちゃんみたいな。
        そうだ、二人ならすごくお似合いだと思う。
        やっぱり、お兄ちゃんに彼女が出来てしまった事は残念だ。
        遠山先輩がお兄ちゃんの彼女だったら、私は一緒に出掛ける事が楽しみで仕方なかったのに。
        そんな事を考えて、調子に乗った私は、次の瞬間、大声でこんな事を言っていた。

        「そうですよね!! せやかて、遠山先輩に服部先輩は似合いませんもん!!」


        私の大声のせいか、店内が一瞬、静かになり、空気が凍りついた様な気がした。
        でも、それは気のせいで、周囲は何事もなかった様に、
        軽い音楽に入り混じる様に、様々な会話が続けられている。
        だけど、遠山先輩だけは違った。
        一目でわかる、すべての動きが止まってしまった様な表情が私の目に映る。
        変な風に取られたのかもしれないと、私は慌てて口を開いた。
        「そ、その、遠山先輩みたいに素敵な人と、服部先輩みたいな人って、
        何かイメージ合いませんし・・・。」
        服部先輩に対し、自分が抱いていたお調子者という言葉や、
        女の子に囲まれてでれでれしているという話から想像した女好きという言葉や、
        遠山先輩との対比から考えた野蛮という言葉を付け足そうかと思ったけど、
        何とか思いとどまって、そんな言葉を言い繕うと、
        遠山先輩は、私がすごく慌てたせいか、すぐに止まっていた表情を崩し、
        「あはは、せやんなぁ? 確かに平次にあたしは勿体ないわ!!
        あ、こんなん言うたら、平次もあたしと似合うなんて言われたら気色悪うてかなわんって言うやろけど!!」
        冗談っぽく笑いながら、早口にそんな事を言った。
        けど、私は今度はきちんと、遠山先輩の様子や語調を目と耳に入れていて、
        それですべてがわかってしまった。

        多分、この人は、表立っては弟扱いしている幼なじみの事を、とても想っている。

        そして、

        多分、私、この人を傷つけた。