恋より素敵 5
三度目の正直で市営体育館を出る事が出来たものの、
この辺りの地理にまったく詳しくない私は、自分でお茶に誘っておきながら、
遠山先輩を駅前にあるチェーンのカフェに連れて行く事しか出来なかった。
内装は悪くないけど、セルフサービスのお店なんて、遠山先輩悪い気がする。
奈々ちゃんが連れて行ってくれるはずだったケーキ屋さんを聞いておけば良かったと、
こっそり後悔したけど、遠山先輩は気にした様子もなく、にこにことしている。
「あのっ!! 何でも言うて下さい!! 私おごりますから!!
ベーグルサンドとか食べませんか!?」
お店がいまいちな分、オーダーで張り切ろうと、上に張られたメニューを指さす。
食べ物も注文したら、その分長く遠山先輩といられると、
私はまた、下手なナンパみたいな事を考えていた。
けれど、遠山先輩は、メニューを指さす私の手を抑え、
「こんな時間にあんなん食べたら、晩御飯、食べられんようになって、お母さん心配しはるよ?」
優しく、そんな事を言った。
時刻は16時前。
私は、あまり食が太い方じゃないから、確かに遠山先輩の言う通りになりそうなんだけど、
友達で、こんな事を言う子はいない。
すごくびっくりすると同時に、その言葉から遠山先輩の育ちの良さみたいなものを感じ取る。
育ちの良さって言うのは、家がお金持ちだとか由緒正しいとか、そういう事じゃなく、
挨拶とか、ゴミの捨て方とか、そういう、ちょっとした事から感じ取れるものだと思うので、
こういう事を口にする遠山先輩は、
きっと、ちゃんとしたお家で、きちんと躾られて育ったんだなと思った。
「その代わり、これ、一緒に食べよ?」
ぼーっとしてる私から何を感じ取ったのか、遠山先輩は少し顔を赤くして、
レジの脇に置いてある袋入りのチョコチップクッキーを掲げてみせた。
一緒に飲み物も注文したけど、
「やっぱり割り勘な?」
そう言って、遠山先輩が支払ったお金は、消費税分、私より多かった。
やっぱりお姉さんやな、やる事がスマートやな、
それとも私が鈍くさくて、気が回らなすぎなんかな・・・。
注文した物が乗せられたトレーを持ち、セルフサービスのナフキンを取りつつ、
空いてる席まですいすいと進んで行く遠山先輩の後を追いながら、そんな事を考える。
これじゃあ、どちらがお礼をしているのかわからない。
「結構混んどるね、席あって良かったなあ!!」
役に立たない後輩に対して、遠山先輩が屈託のない笑顔を浮かべる。
何から何まですみませんと謝ると、何が? と不思議そうな顔をしながら、
私に飲み物やナフキンを差し出してくれた。
お姉さん肌と言うか、すごく、世話好きな人なのかもしれない。
遠山先輩さえその気になれば、
周りの人、特に男の子なんかは率先して色んな事をやってくれそうなのに、
そんな事にはまったく気づかず、てきぱきと動いている感じだ。
どちらに好感が持てるかと言えば、もちろん、目の前の遠山先輩なんだけど。
正面の席に座り、改めて近くで見る遠山先輩は、
やっぱりすごく綺麗で、それでいて話すと可愛い感じで、
気を抜くと、ついその表情にぼーっと見入ってしまいそうだった。
小さな顔に木目細かな白い肌、
キュッと口角が上がった唇は、リップクリームしか塗っていないみたいだったけど、
それでも、自然に美しい紅色を際立たせている。
遠山先輩はお化粧なんかしなくても充分綺麗で、
むしろ、したりしたら今以上に綺麗になって、大変な事になるのかもしれないけど、
その顔立ちはもちろんの事、制服や髪型がすごくきちんとしていて、
それが全体的に統一された、凛とした美しさを作り出している様に思える。
私は、先程の女の子達の派手な格好を思い出すと共に、
自分も、元々地味ではあるんだけど、年齢に合った身だしなみを心がけようと思ったりした。
そして、何より印象的なのはその瞳で、
艶やかで黒々とした長いまつ毛に縁取られた、少しつり気味の大きな黒い瞳は、
今にも吸い込まれそうな、きらきらとした星が入っている様で、
一度見たら絶対に忘れられない。
逆に、長い付き合いである自分の瞳の方が、
何ともぼんやりとした印象で、はっきりとは思い出せず、悲しくなったくらいだ。
至近距離でこの二つの瞳にじっと見つめられたりしたら、
大抵の男の子はおかしくなっちゃうなっちゃうんじゃないだろうか。
私は、男の子が苦手とはいえ、別に女の子が好きって訳じゃないのに、
今日は何だかおかしな事ばかり考えている。
でも、木村先輩が大好きな奈々ちゃんも、
遠山先輩を前にしたら、私と同じ様な事を考えるんじゃないかな。
「みちるちゃんってかわええなぁ。もてるやろ?」
「はっ!?」
遠山先輩の顔を見ながら色々な事を考えていたら、
やっぱり私の顔を見ていた遠山先輩に、ふいにそんな事を言われ、
私はとても変な声を出してしまった。
「そ、そんな事、ないです・・・。」
可愛いってだけなら、年上の人が年下に感じる気持ちなのかなって思えるけど、
もてるって言葉にはすごく驚いて、しどろもどろで否定の言葉を返した。
「そうかなぁ、皆、影からこっそり憧れとる感じなんかな。
すごくかわええし、自然に女の子らしいし、
空気が穏やかで、一緒におると癒される感じがするもん。」
そんな事、初めて言われた。
「あたし、ガサツで女らしないってよう言われるから、羨ましいわ。」
何も言えないでいる私に、遠山先輩はそう言って、少し赤くなって眉を落とした。
そんな事言うすっとこどっこいはどこのどいつですかっ!?
私が、今の百倍、活発な性格だったら、そう叫んでいただろう。
容姿も性格も、私が憧れる、色々なものをたくさん持っている人、
そんな人が私を羨むなんて、まったく理解が出来ない。
そんな気持ちを何とか伝えたかったけど、
私の性格では、思っている事の何分の一かしか言葉に出来ず、
「私は・・・遠山先輩の方が、素敵で・・・羨ましいです。」
やっとの事でそう言ったけど、
「嫌やなぁ、お世辞言うても何も・・・あ、クッキーがあった、はい、あーん。」
遠山先輩はそんな事を言って笑うばかりだった。
それから、遠山先輩とは色々な話をした。
私が手芸部に入っていると言ったら、
遠山先輩は可愛い物が作れないので、今度教えて欲しいと言い、
可愛くない物とは何かと疑問を返したら、
「お父ちゃんの浴衣とか・・・。」という、恥ずかしそうな答えが返って来た。
私が教える事なんてあるのだろうか。
他にも、購買や学食での上手な買い物の仕方や、
一年生の間では怖くて有名な先生の笑い話や、
遠山先輩が一年生の時の文化祭の楽しかった催しについて等、
遠山先輩は一年生の私が知ったら楽しいと思う様な学校の話をたくさんしてくれた。
話をしている内に私も段々とリラックスした気分になり、
自分から話題を出したりと、少しはまともに話せる様になったと思う。
気がつけば、あっと言う間に一時間が過ぎていた。
「何や、時間忘れてまうなぁ。
あたし、一年生の子と二人で話した事、あまりなくてな、
みちるちゃんが色々話してくれて嬉しいわ。」
一息ついた遠山先輩がそんな事を言い出すので、私は驚いた。
「え、でも、部活とか・・・。」
「うーん、合気道部の女の子達は、
たまに大勢で話しかけてくれたりするんやけど、すぐに行ってまうし、
剣道部の方も・・・あ、たまに手伝っとるんやけどな、
葛城君以外の男の子達は、用件以外の事はあまり話してくれん感じやなぁ・・・。」
少し寂しそうに遠山先輩がそんな事を言ったけど、私にはすぐに理由がわかってしまった。
合気道部には、同じクラスの子が何人かいるけど、
その中でもクラスで特に目立つ、片瀬さんって女の子が言っていた。
遠山先輩には皆が憧れているから、一人で話しかけたりしちゃいけないし、
大勢でも、長い時間お話して迷惑かけたりしちゃいけないって、
一年生の中で取り決められているって。
部活のそういう決まりって、外部の人間が聞くとすごく阿呆らしいんだけど、
本人達にとってはすごく大真面目な事なんだと思う。
剣道部の男の子達の方は良くわからないけど、
やっぱり、皆が憧れている綺麗な人だから、
牽制とか、緊張とかがあるんじゃないかなって思った。
「やっぱり怖がられてるんかなぁ・・・。」
私が黙っていると、遠山先輩が独り言の様にそんな言葉をつぶやいた。
つくづくもって、どういう自己認識なんだろう。
「そんな事、ないと思います。
私のクラスの合気道部の子達、皆、遠山先輩に憧れてるって言うてますし、
多分、緊張しとるだけやと思います。
それに、私も、今、遠山先輩とお話出来て、すごく嬉しくて楽しいです。」
遠山先輩が変な方向に自分の評価を誤解したままなのは悲しいと考えて、私は慌てて口を開いた。
遠山先輩がお世辞だと誤解した、さっきの二の舞にならないように頑張ったけど、
リラックスして来たと思った割に、私の言葉はやっぱり変な感じになってしまう。
けど、私がすごく必死な表情をしていたせいか、遠山先輩は少し目を瞬いた後、
「そうかなぁ、せやったら嬉しいけど・・・。
それに、みちるちゃんがそう言ってくれるのもすごく嬉しい。ありがとぉ。」
と笑ってくれた。
ふと、片瀬さんを初めとする、合気道部の女の子達が、
私がこうして遠山先輩と一緒に話してるのを知ったら怒るかなって思ったけど、
こんな風に、遠山先輩が笑ってくれるならと思うと、
そんな心配は吹き飛んでしまった。