恋より素敵 3
遠山和葉先輩は、二年生の先輩で、すごく有名な人だ。
例の服部先輩の幼なじみらしく、
最初に噂を聞いた時は、有名人の幼なじみとして有名なのかなって思っていたけど、
初めて遠山先輩を見た時、それだけじゃないって事がすぐわかった。
一度見たら忘れられないくらい、綺麗な人だったから。
学校行事とかで発言している姿を見ても、すごくはきはきとしていて、
話すと綺麗なだけじゃなく、可愛い感じで、
周囲の様子からも、有名なだけじゃなく、人気もある人だっていうのが感じ取れた。
勉強も運動もすごく良く出来て、部活の合気道部での人望も厚いって噂を聞いた時には、
そんな漫画の主人公みたいな人がいるんだなって感心すると同時に、
何事にも弱気で失敗ばかりの自分とは正反対な人に対する尊敬の念が生まれて来て、
私はいつしか、こっそりと、本当にこっそりとだけど、
遠山先輩に憧れの目を向ける様になっていた。
と言っても、部活や委員会等、遠山先輩と何の接点もない私は、
木村先輩に憧れる奈々ちゃん同様、
たまに校内で見かける遠山先輩を、ぼーっと見つめる事しか出来なかったけど。
とにかく、そんな遠山先輩が私を助けてくれた上、
今までで一番の至近距離で私の顔をのぞきこんでいたので、
私はもう、パニック寸前と言っても良い程に驚いてしまった。
「ほんまに大丈夫?」
「は、はい、あっ、あの・・・。」
ちゃんとお礼を言わなきゃって思うのに、焦って言葉が出て来ない。
さっき反省したばかりなのに、どうして私ってこうなんだろうって、自分で自分が嫌になった。
「あ・・・ごめんな? あたし、言葉きついみたいで・・・。
怖がらせてしもた・・・?」
さっきの遠山先輩は、言葉がきついとか、そういうレベルの迫力じゃなかったけど、
そんな事より、眉を下げて困ってた顔を浮かべている遠山先輩を見て、
私は、せっかく自分を助けてくれた人に、
とんでもない勘違いをさせている事に対して、先程以上の焦りを感じた。
「ち、違うんです!! すみません、私、焦ると何も言えん様になってしもて・・・。
あの!! せやからさっきも困ってたんで、すごく助かりました!! ありがとうございます!!」
このままじゃいけないと、頑張って声を張り上げる。
でも、すぐに大声を出し過ぎたと後悔した。
だけど、遠山先輩は、少し目を見開いた後、
それはもう、びっくりする様な、とびきりの表情で、
「良かった。」
と、私に笑いかけてくれた。
「そんで、何があったん?」
私が落ち着くのを待った上で、遠山先輩が優しく問い掛けてくれる。
いくら私が大丈夫だと言ったとしても、これは当然の疑問だろう。
「あの・・・あの人達、服部先輩のファンみたいで、
その、呼んで来て欲しいって・・・。」
せっかく落ち着くのを待っていてくれた遠山先輩に、
これ以上、きちんと話す事が出来ない子だって思われるのが嫌で、
私は何とか、先程の状況を説明したけど、
服部先輩のファンなんて言葉で意味が通じるかなと考えながら、
遠山先輩と服部先輩の関係を思い出した。
二人は幼なじみとして有名だけど、
付き合ってるんじゃないかって噂している人もいるし、
奈々ちゃんなんかは、遠山先輩がいるから服部先輩は無理って言い切っているくらいだ。
だから、こんな話をしたら、遠山先輩がどう思うか、一瞬、不安になったんだけど、
遠山先輩は少し目を細めて、
「しょうもない・・・。
いきなり間に入って良かったんか心配やったんやけど、正解やったわ。
ほんま、災難やったね。」
と、前半は冷淡に、後半は優しく言ってくれた。
その様子から、遠山先輩が服部先輩の事を弟扱いしてるって噂を思い出した。
付き合ってるなんて噂より、こっちの噂の方がずっと信憑性が高い様に思える。
私は遠山先輩に答える様に、何とか笑顔を返した。
「あ、あたし、遠山和葉。二年生。」
憧れの遠山先輩と笑い合っている。
そんな状況に惚けていた私は、
思い出した様に遠山先輩が名乗るのを聞いて、はっとした。
「あっ、すみません、私、高梨みちるです!! 一年生です!!
と、遠山先輩の事は、存じ上げてます!!」
自分から先に名乗るべきだったのにと、慌てて名乗って、
遠山先輩が名乗る必要なんてない事をわかって貰おうとしたんだけど、
言葉少なな私の説明がどう伝わったのか、
「え・・・何で!? ちょっ、怖いからとかやないよね!?」
途端に遠山先輩が焦り出す。
・・・すごく有名で人気のある人なのに、どういう自己認識なんだろう。
驚いて言葉が返せないでいる私に、
「あ、平次絡みでかな?」
遠山先輩が独自の解答を引き出して問い掛けて来る。
ここで、私の遠山先輩への憧れを語り出しても変に思われるかもしれないので、
仕方なく、こくりと頷いたけど、
遠山先輩が「怖いから」なんて言い出すのは、
私の態度がおどおどしているからかもしれないと考え、
ついでに、このままでは、こんな状態でお別れする事になってしまうという焦りから、
怖がってない、もっとお話したいという気持ちをわかって貰う為に、
私は、自分でも驚く様な事を叫んでいた。
「あのっ!! 助けて頂いたお礼に、お茶をご馳走させて下さい!!」
へ、下手なナンパみたいや・・・。
自分の言葉にがっくりとうなだれそうになる。
気が利いてない上に脈絡だってない。
遠山先輩だってびっくりしてる。
そもそも、この後、予定があるに決まってるのに。
遠山先輩はマネージャーを取らない方針の剣道部の為に、
・・・これは、服部先輩目当ての女の子が多いかららしいけど、まったく馬鹿げている。
たまにお手伝いをしているって話を聞いた事がある。
今日、ここにいるのもその為なのだろう。
そんな人に、都合も聞かずに一方的な事を言ってしまうなんて。
けれど、遠山先輩は、
多分、私があまりにも情けない顔をしていたからだと思うけど、
「気ぃ使わんでもええのに・・・。
せやけど、あたしも丁度帰る所やったし、一緒にお茶しよか?」
と、優しい笑顔を返してくれた。
剣道部の方は良いのかなって思ったけど、
その言葉通り、遠山先輩は学校指定の鞄を持って、帰り支度は済ませていて、
「高梨さん・・・みちるちゃんって呼んでもええ? 可愛い名前やね。
みちるちゃんは帰っても平気なん?」
そんな風に色んな事を聞かれた時は、私の頭からは剣道部の事なんかは綺麗に吹き飛んで、
真っ赤になって何度も、馬鹿みたいに頷くばかりだった。