恋より素敵 2
冴えない気分を抱え、奈々ちゃんから少し遅れて体育館の外に出る。
試合は終わって、今は表彰式が行われているので、
優勝した学校の生徒としては見守るべきなのかもしれないけど、
剣道部には同じクラスの男の子だっている。
一人のこの状態で、誰かが目当てで来ていると思われるのは嫌だ。
早くここを出て、奈々ちゃんに言った通り、駅前で買い物してから帰ろう。
まったく来た事がない駅なので、知らないお店に行く事が出来るのは楽しみだった。
「なあ。」
足取り軽く、敷地内から出ようと、並木道を歩いていたら、後ろから声をかけられた。
ほとんどの人は体育館にいる様な状況で、何だろうと思って振り返ると、
あっと言う間に、私は四人の女の子に囲まれた。
な、何・・・?
四人共、私と同じ高校生だと思うけど、見た事もない制服だ。
と言うか、リボンがそれぞれ違っていたり、シャツのボタンがだらしなく開いていたり、
スカートが汚く織り上げられてるその制服は、元の形なんて、見る影もない。
髪の毛も、黒い子なんて一人もいないし、派手な化粧だってしている。
一昔前なら不良だと思われる様な格好を、
今は普通の子が当たり前にしてるってお母さんが言ってたけど、
それでも、のびのびとしている分、変に校則をやぶる人のいない改方に通っている私にとって、
彼女達の格好はすごく特異なものに映ったし、
何より、その目つきも、まったく友好的なものには思えなかった。
「その制服、改方やろ?」
黙っている私のセーラー服を、一人の女の子が顎で指す。
「うちらな、今日、服部君見に来たんやけど、今、大勢の女に囲まれとって近づけんのよ。」
「あんた、同じ学校なんやろ? ちょお、ここまで呼んで来てくれへん?」
知るかっ!! 何でやねんっ!!
私が、今の百倍、活発な性格だったら、そう叫んでいただろう。
でも実際の私は何も言えず、彼女達の勝手な言い分に目を見張るばかりだった。
服部君と言うのは、多分と言うか確実に、
奈々ちゃんが木村先輩と比較していた剣道部の二年生で、
剣道がすごく強くて、高校生なのに探偵としても活躍していて、
おまけに容姿も整っているという、うちの学校きっての有名人。
・・・らしいんだけど、私はまったく興味がないし、
学校行事とかで目立って騒がれている服部先輩は、何だかすごいお調子者という印象だった。
お兄ちゃんのせいって思われちゃうかもしれないけど、
元々、男の子に興味がないと言うか、苦手と言っても良い私は、
奈々ちゃんや皆が言う様な、木村先輩や服部先輩の良さがまったくわからなかったし、
今、この瞬間には、服部先輩には恨みすら抱いていた。
何で私が、まったく無関係なあの先輩の為に、こんな怖い人達に囲まれなあかんのよ・・・!!
「ちょお、あんた、聞いとんの!?」
黙ったままの私に、痺れを切らした様に女の子の一人が大声を上げる。
私の体はビクッと震えて、ますます何も言えなくなってしまった。
「改方やもんなぁ、うちらがアホ校やからって、見下しとるんやないの?」
それはまったくの誤解だけど、ああ、やっぱり頭良くないんだ・・・とは、ちらっと思った。
そんな失礼な私の考えを読み取った様に、女の子の一人が、
「なあ!!」
大きな声を上げて、私の肩を、揺すろうとしたのか、叩こうとしたのか、
とにかく、触れようとした時だった。
「何しとんの?」
後方から、静かな、だけど凛とした声が響いて、
私と、女の子達の時が止まる。
私に触れようとしていた女の子の手がゆっくりと下りていくのをぼんやりと見つめていると、
眼前に、すらりとした長身の女の子が、私をかばう様に立ちはだかった。
「何しとんのって、聞いとるんやけど。」
「な、何やのあんた!! 突然出て来て!!」
「この子の友達や。」
あんなに怖そうな女の子が四人もいるのに、まったく怯む様子がない。
私と友達だと言い切るその姿は、裏づけの様に、同じ改方の制服に包まれている。
相手の女の子達の様に、変に着崩した部分が一つもない、
しっかりとアイロンのかけられた、おろしたてにすら見える制服。
白いリボンできちんと結い上げられた黒髪のポニーテールは、
綺麗に伸びた背筋の上でしなやかに揺れていて、
後ろから見ているだけでも、相手の女の子達が、
この人の美しい風格に気圧されているのがわかる。
そうして、ややあって、少し冷たい声が響いた。
「・・・言われへん様な事しとったんやったら、承知せえへんよ。」
夏場なのにぞくりと来るとは、こういう事を言うのだろう。
先程、女の子達を怖いと思った数倍は怖かった。
後ろで聞いている私がそうなのだから、彼女達の恐怖は計り知れない。
「べ、別に何も・・・。」
「行こ・・・っ!!」
案の定、もごもごと、そんな事をつぶやくと、あっと言う間に走って行ってしまった。
「大丈夫!? 何もされとらん!?」
彼女達の背中を見送る私に、その人が振り返って尋ねる。
ここで何かされたと言おうものなら、間違いなく、
地獄の果てまででも彼女達を追って行く、そんな勢いだった。
「だ、大丈夫です!!」
少しの怖さと、心配させてしまった申し訳なさと、
そもそも、こんな事になったのは、自分が何も言えなかった事が原因だという反省心から、
私は慌てて声を張り上げた。
そうして、同時に顔を上げ、その人の姿を目に映した途端、私の瞳は一気に見開かれた。
そこにいたのが、遠山先輩だったから。