恋より素敵 1
「ごめんなぁ、みちるちゃん、せっかく付き合って貰たのに・・・。」
「ううん、暇やったし、気にせんでええよ。
うちの学校優勝したし、試合も面白かったやん。」
ひたすら手を合わせる奈々ちゃんに笑顔を返す。
休日に制服で遠方の市営体育館まで付き合うというのは、
確かに一苦労ではあったけど、特に気にはしていなかった。
「もう、木村先輩、大会やったら来てくれる思たんやけどなぁ・・・。」
がっかりとした表情で、奈々ちゃんがため息をつく。
木村先輩って言うのは、奈々ちゃんが入学当時からご執心の二年生で、剣道部に所属している。
良く見た事はないけど、格好良くて、練習嫌いながら、剣道の腕はかなりのものらしい。
奈々ちゃん曰く、
「剣道部言うたら服部先輩が有名やけど、遠山先輩がおるから望み薄やし、
そこ行くと木村先輩は女好きらしいから、私にもチャンスがあるかもしれんやん?」
との事なんだけど、私にはさっぱりわからない。
女好きなんて人、両想いになれる確率は高くても、苦労する確立も高いんじゃないだろうか。
ついでに、練習嫌いだという木村先輩が、
厳しい事で評判のうちの学校の剣道部で選手に選ばれるとも思えないから、
今日の何とかという大会に木村先輩が来ないって事も、何となく予想はついたんだけど、
他の部活に入っている奈々ちゃんにとって、普段見学出来ない剣道部の試合なんて、
一大イベントと言っても良いくらいの出来事なので、水はささないでおいた。
結果は、私の予想通りだったけど。
「あ、メール入ってる・・・お母ちゃんから・・・・・・げっ!!」
「どないしたん?」
携帯電話の明かりが点滅し、メールを確認した奈々ちゃんが悲痛な声を上げる。
「今日・・・16時からカテキョやって忘れとった・・・。」
家庭教師の事を、奈々ちゃんはそう呼ぶ。
それはさておき、時計を見ると15時少し前。
ここから奈々ちゃんの家までは、丁度一時間くらいの距離だ。
「大変!! そんなら早く帰らんと!!」
「う・・・でも、今日はみちるちゃんにお礼にケーキ奢ろうって思てて・・・。」
「そんなんええよ。お母さんからメール入っとるんやろ?
私、駅前で買い物してから帰るし、気にせんと、な?」
そう、言い聞かせると、奈々ちゃんは何度も謝りながら出入り口へと走って行った。
今日は謝ってばかりだ。
本当に、気にしなくて良いのに。
今日は、どうしても出掛けたかった。
だから、全然興味がなくても、
奈々ちゃんが剣道の大会に付き合ってと言ってくれたのは嬉しかった。
理由を言う事は出来なかったけど。
お兄ちゃんに彼女が出来た。
そんな事が理由だなんて、奈々ちゃんにも、誰にも言えない。
ブラコンの一言で片付けられるのがオチだし、実際そうなんだと思う。
二人兄妹のお兄ちゃんは、三つ年上の大学生で、すごく優しい。
お兄ちゃんのいる友達皆が言う様に、意地悪をされたとか、口をきかないとか、
そういう記憶がまったくないくらいに。
優しくて、何でも出来て、格好良くて、
そんなお兄ちゃんに、どうして彼女が出来ないのかずっと不思議だったけど、
実際、彼女が出来たという事を知って、ここまで落ち込むとは思わなかった。
「妹欲しかったって言うとったから、いつか一緒に出掛けような。」
一昨日、家にかかって来た電話を受ける様子から、もしかしたらって、嫌〜な女の勘が働いて、
何となく見ていた私の頭をぐしゃぐしゃとなで、簡単な説明をした後、
少しはにかみながら、平気でそんな事を言ったお兄ちゃんが憎らしい。
私は別に、お姉ちゃんなんて欲しくないのに。
そんな言葉から、今日の様に、休みの日には何が何でも予定を入れようとしている自分がいる。
お兄ちゃんはいつかとしか言ってないんだから、アホみたいだとは思うけど、
それでも、彼女に会いに嬉しそうに出掛けて行くお兄ちゃんを見なくても良いという利点はある。