子供好きの災難 4
「ちょっ・・・どないしたん? 平次。」
黙って自分の話を聞いているかに見えたのに、
突然、今まで見た事もない様な恐ろしい表情で立ち上がる平次に、和葉が驚いて問いかける。
「どないもこないもあるかいっ!!
ええか!! あいつはお前の家には泊まらせん!! 側にも寄せん!!
俺の知らん所で勝手な真似したら許さんからな!!」
工藤新一の始末も大事だが、和葉に釘をさして置く事も大切だ。
連休中はどこかに隠しておこうかと無茶な事まで考えながら、
自分を見上げる和葉を憤然と怒鳴りつける。
「なっ、勝手なんはどっちなん!?
あたしが約束したんやから平次には関係ないやないの!!」
あんまりな平次の物言いに、黙って頷く様な和葉ではない。
平次同様に立ち上がると、負けず劣らずの声を張り上げた。
「・・・俺には関係ないやとぉっ!?」
「そうや!!」
和葉にしてみれば、それは自分と蘭の話にという意味であるのだが、
平次には、和葉と新一の話として、
ご丁寧にも「ははは、服部には秘密の、二人きりのや・く・そ・く、だぜ!!」
などという、白い歯を光らせた工藤新一のおまけつき映像で伝達されている。
焦燥して上擦った声を上げる自分と比べて、何と余裕のある事か。
「だあああっ!! とにかく!! 絶対に許さんからな!!」
もはや冷静さの欠片もない精神のままに、頭ごなしに和葉を怒鳴りつけた。
「・・・・・・。」
ぴたりと、和葉の動きが止まる。
平次が不思議に思うと同時に、
和葉は少しうなだれると、ぽつりとつぶやきを漏らした。
「・・・あたし、弟とかおらんから、コナン君泊まりに来るのすっごく楽しみにしとったのに、
何でそんなに意地悪するん?」
「い、意地悪て・・・。」
厳密に言えば、意地悪ではなく、単なる嫉妬なのだが、
江戸川コナンを小学生だと思い、
服部平次が自分の事を何とも思ってないと考える遠山和葉に、そんな事がわかるはずがない。
平次にしろ、異様なまでに取り乱してしまった先の自分を今更ながらに思い出しつつ、
和葉が嫉妬だと気づいていない事には胸を撫で下ろしたが、
「平次がコナン君可愛がっとるの知っとるけど、そないに怒らんかてええやないの・・・。」
唇をむっと引き結んで、眉をひそめた上目使いで自分を見上げ、拗ねた様な声を漏らす、
そんな和葉の様子には心底狼狽した。
まずい。
可愛い。
反則だ。
思わず何でも言う事を聞いてあげそうになるが、
さすがにこればかりは譲歩出来ない。
しかし、このまま行けば、恐ろしい事に・・・・・・
嫌われる。
ざああっと表情が色をなくす。
今も特別好かれているとは思っていないが、何としてもそんな事態だけは避けなければならない。
そこで平次は、
彼にしてみれば大英断と言うべき事であるのだが、
自分の中では長年苦渋を飲まされて来た、禁忌と言うべき言葉を、必死の思いで口にした。
「せ、せやけど、その、何や、弟やったら、
お前、昔から俺の事、その・・・おと、弟みたいやって・・・。」
弟の様にコナンを可愛がりたいと言う和葉に対する、
服部平次、艱難辛苦の一言である。
「・・・・・・。」
平次の言葉を聞いた和葉が、黙ったまま、平次の側へと歩み寄る。
「な・・・。」
そのまま、和葉は平次を見上げ、両の手で平次の顔をそっと包み込んだ。
「・・・平次の事、弟なんて思った事あれへんよ・・・。
あたしはずっと平次の事が・・・。」
色々と想像めまぐるしい本日の後遺症か、一瞬、そんな都合の良い妄想が頭をよぎったが、
実際、和葉が平次の顔を手で包み、まじまじと見つめながら発したのは、
別の一言である。
「・・・・・・可愛ない・・・。」