子供好きの災難 1


        本屋に赴くも、たいした収穫もなく自宅に戻れば、
        廊下の向こうからやけに華やいだ声が流れて来る。和葉だ。
        母親が夕食に呼んだと言っていたから、自分が出掛けている間に来たのだろう。
        「うん、ほんまに全然かまへんよ。
        あ、長なってしもうてごめんな? そんならまた、細かい事はメールするから!!」
        声の相手は電話らしく、
        室内に比べればいささか冷え込む廊下の空気をものともせず、
        意気揚々とした言葉を告げて通話を終わらせる姿が玄関からたどり着いた平次の目に入った。
        「人ん家の電話で何盛り上がっとんねん。」
        「あ、平次お帰り。電話借りてました〜。」
        冷めた平次の口調を気にする風もなく、和葉は少しおどけた様にそう答え、
        「おばちゃんも今小包出しに出掛けたんやけど、外寒かったやろ?
        お茶入れるから居間に行かへん?」
        と、笑顔で平次を居間の方へと促した。
        上機嫌だ。
        何事かと、尋ねる目的も含めて和葉の案に従ったが、
        特別平次の方から探りを入れずとも、
        無邪気な幼なじみは居間で茶の準備を始めるやいなや、嬉しそうに上機嫌の理由を語り出した。
        「さっきな、蘭ちゃんとメールのやり取りしてて、平次の家におる言うたら、電話くれたんよ!!」
        「ほー。」
        緑茶を入れる和葉の向かいに座り、茶箪笥から取り出した煎餅をくわえながら相槌を打つ。
        東京の、工藤新一の幼なじみと和葉は仲が良く、常日頃から何かと連絡を取り合っている様だ。
        先程の電話相手は毛利蘭で、久々に話せた事が余程嬉しかったのだろう。
        上機嫌の理由はそこかと納得しかけたが、
        「けど、どないしたんや、わざわざ電話なんて。」
        東京と大阪という距離で電話をかけて来るからには何か訳があるのだろうと、疑問を口にする。
        「ああ、あんな、毛利のおっちゃんが今度の連休、大阪に来るんやて。」
        「おっさんが? 何でや?」
        「んー、あんまり詳しい話は聞いとらんのやけど、
        何やこっちの資産家の家に度々妙な脅迫状が届くとかで、その調査依頼があったんやて。」
        「・・・何で東京もんなんぞに頼っとんねん。」
        ご当地と言うべき大阪で存在を無視された挙句、
        あの毛利小五郎を呼び寄せるというのは、探偵を冠する身としては何とも腹立たしい。
        和葉の入れてくれた緑茶を受け取りながら、平次が露骨に眉根を寄せる。
        「あ、おっちゃんが刑事やった頃の知り合いの人がこっちにおって、
        眠りの小五郎の評判を聞きつけたその人に頼まれたんやて。」
        「ふ、ん。」
        取り成す様な和葉の言葉に、西の名探偵の噂は聞いていないのかとも思ったが、
        まぁそれならと譲歩して鼻を鳴らす。
        「せやけど、そんな風に仲介が入っての依頼やから、ホテルとかきちんと決まっとらんみたいでな、
        まぁ、後で請求は出来るから、どこか手頃なホテルがあったらって事で、蘭ちゃんが電話くれたんよ。」
        「そんなん、うちに泊まったらええやんけ。」
        「うん、メールで話があった時、横でおばちゃんもそう言うてくれたんやけど、
        おっちゃん一人やからって蘭ちゃんも気ぃ使ってしもてな。
        まぁ、こっちで一人で羽伸ばしたいとも言うてたみたいやから、
        ホテルの方はお父ちゃん達に色々聞いて、折り返し連絡する事にしたわ。」
        「そう言うたら連休やのにあいつらは来んのか?」
        特に江戸川コナンこと、工藤新一がと思う。
        あの毛利小五郎に単身で事件を解決させると言うのはかなり無理があると思うのだが。
        「それが、蘭ちゃんは空手部の合宿があるみたいで無理なんやって。」
        無論、それについては質問済みだと言う様に、和葉は一瞬表情を曇らせたが、
        「けどな!!」
        そう言って、先程の上機嫌を呼びおこすかの様に、瞬く間にその表情を笑顔に切り替えた。
        「何やねん。」
        「そんならコナン君どうしようって話になって、
        何でかコナン君はおっちゃんについて行きたがってるんやけど、
        おっちゃんは羽伸ばしたいから嫌や言うてるみたいで、蘭ちゃんが困っとってな!!」
        蘭が困っていたという割には、和葉はやけに嬉しそうにそんな話を繰り広げたが、
        平次もその理由がわかって、一気に表情を明るくする。
        「そうか!! そんならあのガキだけでも泊まったらええやんけ!!」
        「平次もそう思うやろ!?」
        「当ったり前や!!」
        以心伝心に気を良くして明るい声を上げる和葉に、平次も快活な調子で応える。
        コナンが同行を言い出したのは、小五郎の推理力を案じての事だろう、
        そうなったら小五郎の事件に同行して、二人揃って早々に事件は解決だ。
        「よっしゃ、事件解いたらまた大阪見物に連れてったろ!!
        あ、何やったらお前も一緒に連れてったってもええで?」
        これは楽しい事になって来たと、連休に思いを馳せながら、
        さもついでと言わんばかりに和葉に問いかける。
        そんな平次の言葉に、和葉は二重に機嫌をそこねた様に白けた表情を浮かべ、
        「・・・あんた何言うとんの?」
        と、冷たい声を返して来た。
        「あん? 何って、くど・・・あのボウズがうちに泊まりに来るんやろ?」
        「ちゃうよ。」
        「何がちゃうねん?」
        冷たく響く和葉の言葉に、平次が眉をしかめる。
        「コナン君が泊まりに来るのは平次の家やのうて、う・ち。」
        「な・・・。」

        「うちに泊まりに来て貰うんよ。」

        少し誇らしげに顔を反らしながら、和葉がさらりとそんな言葉を告げる。
        対する平次はと言えば、
        「何やとーーーーーーっっ!!」
        さらりとは言えない大絶叫を、狭からぬ邸内に響き渡らせた。