金色の檻
「取材・・・ですか?」
部活動終了後、顧問に呼び出され、告げられた言葉に目を丸くする。
「ああ、昨日雑誌社の方が見えてな。」
言いながら、男性教師が差し出した雑誌は、
たまに本屋で見かける武道の専門誌で、主に空手や柔道を特集している。
剣道も扱ってんのかな?
取材と言えば平次絡みだろうと考える。
今日は平次も部活に出ていたはずだから、何故合気道部の顧問が自分に話すのかはわからないが。
しかし、顧問が付箋のついた頁を開くと共に告げた言葉は、和葉の想像を遥かに超えていた。
『全国武道家美少女を探せ!』
「このコーナーでな、遠山、お前を取材したいそうや。」
「は・・・えええっ!?」
予想外の言葉に思わず大声を上げてしまう。
頭がまったく回らない。
顧問が開いて見せた頁には、
柔道着を着た高校生くらいの・・・コーナーの名にひけを取らない美少女が、
真剣な表情で試合をする大きめの写真と、バストショットで微笑む小さめの写真が掲載されており、
細かな字で何事かの記事が書かれている。
「せ、先生、あた、あたし、特集、び、美少女って・・・。」
慌てる和葉に顧問は「日本語になっとらんぞ。」と笑い、
「まあ、コーナーの名前はちょお軽いが、ちゃんとした出版社やし、
うちの学校は生徒の活躍に対する取材はいつでも大歓迎やからな。」
と、快活な調子で言葉を次いだ。
確かに、否定的な学校だったら平次のメディア露出はありえない。
探偵業は学校の考える活躍とはいささか方向性が違うと思うが。
「けど、な、何であたしが・・・。」
「他校からの推薦があったらしいで。
すごいな遠山、他校生にも人気やないか。」
顧問はのん気にそんな言葉を述べるが、和葉にはまったく理解が出来ない。
「そ、その、無理です!!」
完全に逃げ腰状態になって両手を振る。
「せっかくやし、受けたらええやないか。お前はたまに逃げ腰やなあ。」
「そんなん言われても・・・。」
そこで一瞬、本当に一瞬だけ、和葉の頭にとある考えが過ぎった。
「・・・・・・。」
しかし、火照った顔を更に赤らめると、すぐにその考えを打ち消し、
「ごめんなさい、絶対無理です!!」
叫ぶ様に言い捨てると、職員室を後にした。
「うわっ。」
職員室から飛び出した途端、剣道場の鍵を返しに来たらしき平次とぶつかりそうになる。
「ご、ごめんっ!!」
この状況での平次との遭遇に、動揺が最高潮に達した和葉は、
赤くなった顔を隠す様に俯きながら謝って、慌ててその脇をすり抜けた。
逃げる様に学校を後にし、家の近くにある寺の本堂脇に位置する階段に腰を落ち着ける。
秋の入り口であるこの季節、
この位置からはすぐ近くにある金木犀の花が美しく咲き誇る様子が目と鼻を楽しませてくれる。
幼い頃、良い香りの星の様な花がひらひらと降りそそぐ様子に、
平次と二人、感激してはしゃぎまわったお気に入りの場所だ。
平次はもう、忘れてるやろうけど・・・。
軽くため息をつきながら、膝の上に頬杖をつき、舞い散る花を見上げる。
「お前はたまに逃げ腰やなあ。」
顧問の言葉が蘇る。
自分は気の強い方だと思うし、文武共に前向きに打ち込むべきだと思っている。
けれど、確かに後ろ向きな部分はあると思う。
色恋沙汰等はその最もたる例だし、
「美少女」などという枠組みの中に飛び込んで行けと言うのは、どう考えても無理だ。
他校生の推薦だと言うが、何かの間違いとしか思えない。
でも・・・・・・。
一瞬だ。一瞬だけ、浅はかな考えが頭を過ぎった。
そんな風に雑誌で紹介されたら、
有名なあの幼なじみに、少しだけ、少しだけ、釣り合う人間に・・・
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!」
あんまりな自分の考えに顔を覆い、一人だと言うのに情けない声を上げてしまう。
恥ずかしい上に最低な考えだ。
そんな事の為に合気道しとる訳やないのに・・・。
最終的には断ったのだからと思いつつも、少し頭を冷やそうと、
暮れかけた秋空の下、和葉は再び金木犀の花を見上げた。
・・・何を悩んどんねん、断ったんやろ!?
同時刻、銀杏の木陰からその様子を目にしつつ、奥歯を噛みしめる男が一人。
職員室の前で会った時の和葉の様子が気にかかり、
原因らしき合気道部の顧問に何気ない調子で尋ねたのだが、
返された答えは、憤怒を呼ぶに充分なもので、
和葉が断ったと聞かされなければ、今頃何をしていたかわからない。
ふざけるなと思う。
雑誌の、それも購読者の殆どが男の、美少女コーナーなんて。
全国の男が和葉を知り、和葉のの写真を手にすると考えるだけで、気が狂いそうになる。
んな、しょーもない雑誌なんぞに絶対・・・・・・っ!!
めきいっ、と激しい音がして、平次は正気を取り戻した。
無意識に銀杏の木を粉砕しかけていたらしい。
気が狂いそう、と言うか、狂っていたのかもしれない。
ただの幼なじみの自分に口を出す権利がないのは百も承知だ。
だが、例え和葉が自らの希望で取材を受けていたとしても、
何事か、難癖をつけ、平次はそれを阻止していた事だろう。
ただの幼なじみにその権利はない。
だが、ただの幼なじみだからこその不安だと思う。
恋人や、夫婦だったら、もっと鷹揚に構えていられた。
・・・・・・・・・・・・多分。
美しく、聡明で、汚れのない、
可能性に満ち溢れた幼なじみの未来を、摘み取る行為かとも思う。
そんな自分はきっと、あの綺麗なものには相応しくない。
「・・・・・・。」
ふいに、和葉の頭上から降り注ぐ金色の花々が、
天上の鳥を守る、金の鳥篭の様に見えて、平次は目を細めた。
外界の者からその身を守る為、美しい檻に捕らわれた、美しい生き物。
数秒、平次はその光景に見とれたが、
次の瞬間には、クソ食らえと呟き、地面を蹴って走り出した。
金色の檻を破る為に。
終わり
「南ちゃんを探せ!」をご存知な方は幾ばくかという古さですが、
和葉ならこういう特集からお声がかかりそうだなあと考え・・・。
ちなみに推薦した他校生というのは、幼なじみの特集を阻止しようとしたK君だと思って下さい。
この後、同じ考えのH君からバトンは戻される事になりそうですが。
合気道部顧問、昔ならフルネームで年齢や性格まできっちり設定したものですが、
何かつきものが落ちた様に、男って事だけに・・・。
そういうこだわり捨てて行くと、創作書くのは少し楽になるのだなあと今更。
特集記事のタイトルは馬鹿みたいですが、
雰囲気的には情緒と色彩の豊かさを目指したつもり・・・です。
美しい鳥を狙う野蛮人とかも、良いかあと・・・(叱られるよ。)。
古風な雰囲気の平和が好きなので、お寺の境内で遊ぶ平和とか、
そういう雰囲気の作品もまた書きたいなあと思っています。