君の隣り 3
「おい、和葉・・・寝たんか?」
問いかける平次に、彼の幼なじみは規則正しい静かな寝息でそれに答えた。
さっきまで止めどなくしゃべっていたというのに、
今は座席に頭を預け、少し天井を見上げる様な形で、すっかり眠りの世界へと入っている。
かなりハードなスケジュールで東京を回った後なので、
無理も無いと言えばそれまでなのだが・・・。
こっから本題やっちゅーに、なんつう女や!!
怒鳴りたくなったが、わざわざ相手を起こしてこの話題を持ち出したのでは、
今までの苦労が水の泡である。
あくまで自然な会話の流れで、この話題へと行くつもりだったのだから。
自然と考えるのは本人だけなのだが、
たいそう頭が切れると評判の西の名探偵にも、
若さ故か、感情故か、爪の甘い部分は多々あるのである。
「ったく・・・。」
計算が狂い、平次は嘆息して腕を組み、座席に深く腰掛けた。
大阪まではまだ長い、自分も寝るか、本を読むのも良い。
そんな事を考える彼の肩に、ことん、と寝入ったままの和葉が頭を垂れた。
「・・・・・・。」
幼い頃から、疲れればどこでも寝てしまう和葉に肩を貸すのは慣れっこなので、
今更動揺する事も無いが、
それでもやはり、安心しきった表情で自分にもたれて眠る顔や、
伝わって来る暖かな体温、しなやかに流れる黒髪から薫る、優しい香りを、
意識していないと言えば嘘になる。
自分のブルゾンに触れる程の長いまつ毛、
透けるような白い肌には、自然な赤みを宿した唇が良く映えて。
通路を行く、大学生風の男が数人、
横に平次がいるにも関わらず、そんな和葉の寝顔に無遠慮に見とれて行くのが視界に入る。
気安く見んなや。
眉をひそめてそんな事を考えた矢先、
「ほっといたら粉かけよるんがぎょうさん・・・。」
と言う言葉が頭にリフレインする。
それは和葉が蘭に対して述べた言葉だが、
言った本人にも当てはまるという事を、何だかんだ言いつつも平次は知っている。
「そう言えば和葉ちゃんさ、先週告白されたって人に返事したの?」
蘭の言葉も、別に意外では無かった。
西の名探偵は、幼なじみに言い寄る輩が多い事くらい、とうの昔にお見通しである。
母親達の会話、友人達の噂、郵便受けや靴箱を見た時の戸惑った表情、急な用事、
自分を睨み付けて行く見知らぬ同世代の男、幼稚な嫌がらせ。
キーワードは有りすぎて、これならあの毛利小五郎ですらも解答に行き着くのは容易だろう。
今回も同様、先週の木曜の放課後と、日付どころか時間まで断定出来る。
馬鹿みたいに気にしてるからでは無く、探偵であるが故のサガだ。
ただ、どういう訳かはわからないが、
当の本人がそういう事は隠したがってる様子だから、気づかない振りをしているだけで。
そしてその幼なじみは、そんな事が幾度起ころうとも、
変わらず自分の隣りへとやって来るから。
それを知っているから。
けれど、それはただ単に、
幼なじみだからとか、お姉さん役だからとか、
和葉が常時口にする、言葉故の行為なのかもしれない。
ならば誰かと・・・考えたくは無いが、そういう事になったとしても、
変わらず自分の隣りへと、やって来るのでは無いだろうか。
あり得る・・・鈍いからなぁ、こいつ・・・。
自分の事はしっかりと棚に上げ、そんな事を考える。
そもそも先程の蘭の、「返事したの?」という言葉が気にかかる。
断ったんちゃうんかい。
何の根拠も自信も無いくせに、そんな事を思っていた自分の甘さを思い知らされる言葉。
それを言われた和葉は、妙に焦ったり、一人で微笑んだり、突如考え込んだりと、
妙に挙動不審で、余計に平次の心をざわつかせる。
姉ちゃんが話題に出したんやから聞くのは不自然や無いよな、
でもいきなりはアレか、ほんなら・・・。
ぶつぶつとそんな事を考え、それ故和葉を困惑させる話題運びとなったのだが、
念願叶ってか、彼の真意は取りあえずバレてはいない。
けれど目的も達成出来てはいない訳で。
まだ事件絡みの犯人を自白に追い込む方がたやすいと、
平次はおおよそ普通の高校生らしくない比較をして、何度目かのため息をついた。
東の名探偵同様、こと幼なじみの事に関しては、
その推理力はまったく働かず、虚しい空回りを見せるばかりで、
答えは常に迷宮へと入り込む。
おまけにこの件に関しては、謎が解ければ万事解決、
という訳では無いから、余計にやっかいだ。
顔を赤らめて、肯定の一つもされた日には・・・。
和葉が目を覚ましたら、先程の話題展開を再実行、
などと考えていた平次だったが、
恐ろしい考えに行き着いてしまい、その気勢は完全に削がれた。
ほんなら・・・。
新たな考えに頭を巡らせようとして、
ふと現在の自分を客観視する。
・・・・・・情けな。
推理も剣道も、何事も真っ向勝負の、普段の自分からはかけ離れすぎている。
西の名探偵が、改方剣道部の服部が、
たった一人の幼なじみにはこのざまとは。
そんな事を考えて、平次が少し肩をすくめると、
そのわずかな動きに反応したのか、
かすかな吐息を漏らし、和葉が平次の腕に、気持ちよさそうに頬をすりよせて来た。
「んっ・・・。」
漏らした吐息とその仕草は、
平次の想いに拍車をかけるには充分で。
この場所は、この場所だけは誰にも譲れない。
ま、狙う奴が目の前に現れたら、それこそ真っ向勝負やな。
そう思ってはみたものの、
現れなければ何もしないと言っているも同然の、
決意とも呼べない決意である上に、
和葉がその相手を想っていたら・・・などと考えると、
またも情けない考えに陥りそうにはなるのだが、
取りあえずそう決断を下すことで、
平次は今回の件に自らの中で終止符を打つ事に決め込んだ。
幼なじみでも、姉さん役でも良い。
今は。
このぬくもりを、この吐息を、
感じているのは、他の誰でも無い、自分だから。
今は、もう少し、このままで。
いつまでも・・・。
口に出しては絶対に言わない言葉を思い、
平次は肘掛けに置かれた和葉の手に自分の手を重ねた。
偶然を装い、力を入れる事はせず、重ねるだけではあったが、
それでも伝わってくる暖かな感触を確認し、目を閉じる。
そうして、いつしか規則正しい和葉の呼吸に、
自分の呼吸が折り重なっていくのを感じながら、
平次もまた、和葉同様、眠りの淵へと落ちていた。
お互いが一番、心地良いと感じる場所で。
終わり
ぐは、やっと終わった・・・などと、ため息全開てしまう程に苦労した、今回の創作。
1は完全三人称、2は和葉より、3は平次より・・・なんて、
らしくない凝った事(自分的に。)したから、すげぇ苦労したですよ。
大阪弁ネックから、今の所一人称は外しているのですが、
三人称で互いの気持ちを自然かつ、余す事無く書き綴るっつーのも、
どうにもあたしの腕では難しいので、章を分けて、こんな感じにしてみたんだけど、
A型的に、この時相手はこう思っていた、みてぇな、同時進行リンクをしようかなぁとか、
そんな事考え出したら進まねぇ、進まねぇ・・・結局やめました。タハ。
でもそうしたらそうしたで、まとまらねぇ、まとまらねぇ・・・(以下同様な事を繰り返し。)。
思えば普通っぽい平和創作としては初めての作品になる訳で、
つい、あれもこれも・・・と、色々な考えを盛り込みたくなってしまってね。
でもここの、こういう感情は、また別の創作でやるか、などと自制したり。
平次の感情についても、原作同様の鈍感さを押し通しつつ、深読み要素を入れるか迷って、
話的には2で終わりも良いかなと思ったんだけど、
何となくバランス的に3まで書いて、結局はっきりと感情を書いてしまいました。
しかし、あたしのスタイル「じれじれ」で、男の感情を書くと、
こうもヘタレになるのか・・・と、問題点を見いだしてしまった今日この頃です。
女が悩む分には可愛いと思うんだが、男は・・・さっさと言えーーーっ!! っとね。
いや、あたしが書いてるんだが。
内容、高校生の男女に東京まで用事言いつける親って何よ。知りません。
まぁ、日帰りって事で・・・(よくわからないまとめ。)。
しかし、蘭と平次程バレバレな作戦の似合う人間もいないものだな・・・原作に感謝。
想い人がデイト!? と誤解して、尾行かます新一と和葉もそうだけど、
彼らは恐らくは水準以上の頭脳であろうに、そういう若さが垣間見える所がラヴっすね、ラヴ。
平次モテについては原作で立証済みですが、和葉はどうなんでしょ。
でもハナホンではモテウェイを突っ走って頂く事に致しました。
つーか、そんなんばっか書きます。
平次に苦悩して欲しいからっつーか、あたしが楽しいから。
ちなみにハナホンでは、靴箱にラヴレタァとか、屋上に呼び出しとか、
弁当に海苔文字で「スキ」とか、キッスを賭けてスポーツ対決とか、
そういう事がごく普通に起こります。
時代? 関係ねぇ!! まだまだ行けるぜ70年代少女マンガウェイ!!
ラスト、ヘタレ続きだったので、平次に告白めいた独白でもと思いましたが、
ら、らしくねぇ・・・と、断念、途中で切ってみたり。
事件絡みだったらサラリと受け入れられるのだろうが・・・吐砂。
結局偶然装って手を重ねる程度・・・やはりヘタレなのでした。ガッツシ。
でも手を・・・なんて、Cだよ、C!!(ハナホン内、恋のABC。)
<補足>
うぇへへへ(しまりのない表情で。)。
挿し絵入りましたっ!!
こちらは、ウチとリンクして下さっている、
「碧色ライフ」の碧かっこさん(閉鎖されました。)が、
前にお会いした後のメールで「コナン話もしたかったです。」と言って下さった事に、
過剰なまでに食らいつき、挿し絵を描いて頂いたという・・・(話言うてるやん。)。
図々しい申し出にも関わらず、かっこさんは他にも二枚の素敵イラストを描いて下さり、
こちらの一枚に至っては、「君の隣り」のイメェジでと・・・!!
第一印象から決めてましたーーーーーーっ!!
いやぁ、絵を観た瞬間から「『君の隣り』だっ!!」と思ったので、
ドンピシャでドンガバチョ!!(意味不明。) ブフボハブフボハ!!(落ち着け。)
安心しきった和葉の無防備な寝顔と、照れた平次の表情が、
もうこれ以上ないってくらいに「『君の隣り」です!!(作者談。)
碧かっこさんと言ったら、FQ同人のすごいお方で、
あたしにとってはHPをやる前からの憧れの方なのですが、
お会い出来て、リンクさせて頂いたばかりでなく、
コナンイラストまで・・・(かなりとんでもない。)。
かっこさん、本当にありがとうございました。結婚して下さい!!(錯乱。)