君の隣り 2
一方、大阪へと向かう新幹線の中では、
和葉がコナン以上にあせった表情を浮かべ、ぐるぐると考えを巡らせていた。
ら、蘭ちゃんってば突然何を・・・。
蘭の真意を計ろうにも、その相手とはすでに何キロと離れてしまっている。
でも、もしかしたら、いや、かなりの確率で、
蘭は平次が気にする様に、あんな事を言ってくれたのだろうか。
・・・つくづくええ子や・・・。
しかし、当の平次はと言えば、何事も無かった様に自分の荷物を持って、
「席行くで。」
と、スタスタと座席の方へと歩いて行ってしまった。
「・・・蘭ちゃんおおきにな、まったく気にされてへんけど・・・。」
ぺたんと窓ガラスに手をつき、
遠ざかる東京駅の方角にに向かって小さくそうつぶやくと、和葉は嘆息し、
自分の荷物を持って平次の後へと続いた。
蘭があそこで話題を出したのは、無論平次に気にさせる為の作戦ではあったが、
かと言って、別に思いつきで嘘八百を述べた訳では無い。
事実、和葉は先週他校生からの告白を受けていた。
もちろんすぐに断ってはいたが。
東京で蘭と二人きりになった時、
偶然そんな話になり、蘭には事の顛末を話したのだが、もちろん平次には何も言っていない。
「服部君に言ってみれば良いのに。」
蘭はそう言ったが、そんな風に、相手を試す様な事はしたくない。
恐らくは蘭も、工藤新一にそんな事はしないはずだ。
けれど逆の立場だったら、和葉も蘭が話してみれば良いと思うだろうから、
蘭もまた、同じ様な思いで自分の事を見守ってくれているのかもしれない。
同じ様に、鈍感な幼なじみを好きな人間として。
でも。
和葉は考える。
自分と蘭では、根本的に違う気がする。
工藤新一と会ったのは一度だけで、
その時は今以上に、蘭を放っておく彼の気持ちがわからなくて、
文句の一つも言ってやろうかと思っていたのだが、
蘭を見る、あの瞳でわかってしまった。
その強い想いが。
彼なら、蘭が告白をされた事を知ったらきっと、あのポーカーフェイスを崩して、
どんな事件よりも真剣に、その事ばかりを考えるのだろう。
恋人では無いと蘭は言っていたし、工藤新一の事もまだよくは知らないが、
何故か和葉は確信を持ってそんな事を考え、口元に笑みを浮かべた。
「何一人で笑っとんねん、きしょいやゃっちゃなぁ・・・。」
先に席に着いていた平次は、後から来た和葉の顔を見て、
呆れ顔でそんな事をつぶやいた。
「別に。あたしの勝手や。」
平次に新一の様になって欲しい訳では無いが、
想像の中の蘭の想い人と、目の前の自分の・・・一応の想い人とのギャップに、
悲しさどころか怒りすらこみ上げてしまい、
和葉は我ながら可愛くないと思う口調でそう答えると、
荷物を棚に置き、とすんと平次の隣りの座席に腰掛けた。
「・・・・・・。」
何を考えているのか、肘をつき、窓の外をぼんやりと見る平次をちらりと盗み見る。
浅黒い肌と、普段のがさつな言動の影に隠れてはいるものの、
黙って口を引き結ぶその顔は、
静華譲りの端正さと、平蔵譲りの精悍さが相俟って、
年頃の女の子達が騒ぐ様な要素を充分に兼ね備えており、
数秒見つめるだけでも、否応無しに和葉の胸を高鳴らせる。
相手は自分に対して、まるで無関心なのに。
告白された事を黙っていたのは、
相手を試す様な、カマをかける様な事をしたくなかったというのもあるけれど、
本当は、こうしてまったく無関心な平次を見るのが怖かったからかもしれない。
言わなければ、気にしてくれるかもしれないと思っていられたから。
そんな自分は、相手を試す様な事をする人間以上に卑怯で臆病に思えて、
どうしようもない嫌悪感が沸き上がってくる。
もっと可愛かったら、
もっと素直だったら、
もっと勇気があったら、
真っ直ぐに自分の気持ちを告げる事が出来て、
試す様な事も、その結果も考えずにすんで、
玉砕も、ものとはしなかったのだろうか。
でも、こうして隣りにいられる事が出来なくなるのはどうしても怖くて、
進む事も、去る事も出来ない、
やはり卑怯で臆病な自分が残る。
もっと・・・
堂々巡りで、終点の無い、虚しい考えを、
和葉が再び繰り返そうとした時だった。
「・・・なぁ、沖野ヨーコの新曲、なんてタイトルやったっけ?」
「はあっ!?」
突拍子の無い平次の問いに、和葉もまた、突拍子もない声を出してしまう。
「せやから、沖野ヨーコの新曲や。」
・・・・・・悩んでいたのは自分の勝手だが、
あまりにも自分の思考とかけ離れた事をのんびりとした口調で言われ、和葉は絶句する。
そもそも普段の会話ともギャップがありすぎる。
いつからアイドル好きになったというのだ、この男は。
「・・・知らんわ。」
「そういや隣の組の水島の兄ちゃん、音楽事務所に誘われたらしいで。」
「ふぅん。」
和葉から解答が得られなかった事を気にする風も無く、
平次はまたもあまり意味のあるとは思えない話題を口にする。
何だと言うのだろう。そもそも水島という生徒をよく知らないので、
和葉は曖昧に相づちをうって、
「あんた、そんなに芸能関係に興味あったっけ?」
と、真横の平次をまじまじと見つめた。
「別に、たまたまや。ほんならあれ知っとるか?」
不思議そうな和葉から何故か視線をそらし、
平次がまたも新たな話題を口にする。
「なんやの・・・?」
訳の分からないしゃべりを繰り広げる平次をいぶかしんでみたものの、
もしかすると、黙り込んでしまった自分を気使っての事かもしれないと考える。
それは平次の性格を考えると、かなり甘い考えかもしれなかったが、
そんな気使いは、普通の友達にもする事だからと、
和葉は自分に言い聞かせつつ、
それでも少しだけ笑みを取り戻し、平次の話題の波に乗る事に心を決めた。
「ほんなら今なら半額って事やよね、今の内に行っとかな。」
「おー、食う気満々やなぁ、また太るで。」
「またって何やの!!」
あれから話題は二転三転して、
今は地元駅前に新しく出来た鉄板焼き屋の話題になっていた。
平次のぎこちない話題選択も、和葉が会話に乗り気になった事で消え、
蘭が持たせてくれた菓子類を口に運びつつ、
いつもの調子を取り戻している。
他愛の無い会話や、お馴染みの口げんかを繰り広げながら、
進む事も、去る事も出来ない、卑怯で臆病な自分は嫌だけど、
それでも、
やはりこの場所は居心地が良くて、
そんな自分をもう少しだけは許したいと、和葉は思った。
進んではいないけど、たぶん後退もしていないと思うから。
今は、もう少し、このままで。
新幹線は順調な動きで大阪を目指す、
揺れは少なく、空調も座席の具合も良好、
空はいつの間にか闇をまとい、流れる景色も目に優しい。
そして隣りからは、低く響く耳慣れた声。
すべてが心地良くて、
和葉はいつの間にか眠りの淵へと落ちていた。
幼なじみの、
「せや、そういや、お前、告白って・・・。」
と言う、あくまで自然なつもりの話題転換にも気づかずに・・・。