君の隣り 1


        「あ、ちょっと待ってて、何かお菓子買って来るから。」
        夕方の東京駅、例によって例の如く、東京に来ていた大阪二人組を見送る為、
        新幹線のホームまで来ていたコナンと蘭だったが、
        蘭は二人が新幹線に乗り込む直前、そんな事を言って、売店の方へと駆け出した。
        「えっ、蘭ちゃん!! そんなんええよ!!」
        親に言いつかった用事で東京に来た平次と和葉だったが、
        こっちの事には詳しいからと、平次の思いつきで蘭達に案内をさせ、
        色々と迷惑をかけてしまったのに、
        嫌な顔一つせず、今なおそんな気配りを見せる蘭に、和葉は慌てて声をかけたが、
        蘭はさすがの俊足で、ずいぶん先にある売店の方へと行ってしまっており、
        和葉の声は届かない。
        「はぁ・・・ほんまにええ子やなぁ。」
        和葉のつぶやきに、コナンは当然だろうと心でつぶやき、幾分胸をそらしたが、
        「何であんなええ子ほっとくんやろ・・・工藤君。」
        と、続いたその言葉に、思わず咳こみそうになる。
        服部平次はと言えば、そんな彼の精神を察して、
        「工藤かてツライんや!!」
        と、熱血かます様なキャラでも無いので、
        「ほんまやなぁ。」
        などと言いつつ、横目でコナンを見ながら面白そうにニヤニヤと笑っている。
        「し、新一兄ちゃんも、別にほっといてる訳じゃないと思うよ・・・。」
        「頼れるのは自分だけ」そんな言葉を頭に思い浮かべながら、
        コナンは和葉に向かって自分へのフォローを試みた。
        「蘭ちゃんもそう言うてたけどな、あたしに言わせればほっといてるんも同じや。
        だいたいからして、危ないわ。」
        「あ、危ないって・・・?」
        憤慨気味の和葉の言葉に、コナンが思わず身を乗り出す。
        気分はすっかり工藤新一、その人である。
        「せやからぁ、あんだけ可愛くて性格もええ子、
        ほっといたら粉かけよるんがぎょうさん・・・
        って、コナン君に何言うとるんやろな、あたし。」
        まじまじと自分を見るコナンに、我に返った和葉は顔を赤くして笑ったが、
        コナンはと言えば、幾度となく身にしみてる事実を改めて突きつけられ、
        その胸中は穏やかではない。
        「ま、和葉ならその心配は無いけどなぁ。」
        考え込むコナンに対する気使いは皆無だろうが、会話をまとめる様に、
        笑いながら平次がそんな事を言って和葉の背中をぽんっと叩く。
        カーン。
        耳には聞こえないが、ゴング音の様な物が響いた様な気がして、
        コナンはやれやれとため息をついた。


        「おまたせーーーっ!! ・・・って、どしたの?」
        菓子類を抱え込んで戻って来た蘭は、
        ホームで繰り広げられる浪花夫婦漫才ならぬ、平次と和葉の口ゲンカに目を見開いた。
        「あんったにだけはそないな事言われたないわ、馬鹿平次!!」
        「馬鹿言うな!! 俺だけやのうて、皆思ってるっちゅーねん!!」
        「何やてーーーっ!!」
        「・・・という訳でね、またいつもの言い合いがさ・・・。」
        プラットホームの騒音に負けぬ戦いを繰り広げる二人の間で、
        コナンは蘭に事の成り行きを説明した。
        「ほうっておく工藤君」云々のくだりは削除し、
        蘭を誉める和葉に、平次が絡んだ、という様な事を。
        「それは服部君が悪いわね。」
        「う、うん・・・。」
        確かにその通りではあるのだが、
        工藤新一絡みで常に蘭の味方である和葉同様、
        蘭もまた、服部平次絡みでは常に和葉の味方であるらしく、
        躊躇する事無くあっさりと、そんな言葉を口にする。
        女は一人を敵に回したら、いくらでも伏兵がついてくる。
        そんな事を考えて、コナンは人知れず冷や汗を流した。
        そんな折り、平次達が乗る予定の新幹線が、近く発車するとのアナウンスが入り、
        遺恨を残したまま、二人の争いは中断した。
        「ほな、蘭ちゃんごめんな、何か慌ただしゅうて・・・。」
        「ううん、気にしないで、またいつでも来てね。」
        すまなそうに手を合わせ、発車直前の新幹線へと乗り込む和葉に、
        蘭はにっこりと笑ってそう言い、買って来た菓子類を手渡した。
        「ボウズもまたな〜。気ぃつけるんやで〜。」
        「ばっ・・・!!」
        コナンの反応を楽しむかの様に、平次がニヤニヤと笑いながらコナンに手を振る。
        思わず叫びそうになって、それは平次兄ちゃんに懐く江戸川コナンらしからぬ対応だと考え、
        新一である所のコナンは寸での所で踏みとどまった。
        「何を気をつけるの?」
        平次の台詞は、和葉の言葉から、蘭に粉をかける男に気をつけろという事なのだが、
        話題の元である和葉にも、当の本人である蘭にも、
        平次がコナンに言った言葉の意味はわからない。
        「さーてな。」
        そんな二人の少女には見えぬよう、
        この野郎、と恨みがましい視線を送るコナンを面白そうにながめ、
        平次は面白そうに笑っている。
        和葉はと言えば、まだ先程の件を引きずっているのか、
        そんな平次に何を言うでも無く、少し呆れた表情を浮かべている。
        平次の言葉を不思議に思いつつも、蘭はそんな二人の様子を見て、
        何か思いついたのか、突如、和葉に向かって口を開いた。

        「そう言えば和葉ちゃんさ、先週告白されたって人に返事したの?」

        場違いな話題を振る蘭に、他の三人が一瞬固まる。
        「ら、蘭ちゃん!!」
        一番先に口を開いたのは、話を振られた和葉だったが、
        それと同時にホームに新幹線の発車を知らせる音楽が鳴り響き、
        二組の男女の間は新幹線のドアによって遮られてしまった。
        「じゃあね。」
        ドアの向こうで慌てる和葉に、蘭はにこにこと確信犯の笑みで手を振った。
        そのまま、二人を乗せた新幹線は西へと向かう。

        「・・・蘭姉ちゃん、わざとでしょ。」
        「あれ、わかっちゃった? 相変わらず鋭いわね、コナン君は。」
        気づいたのはコナンばかりと考えているのか、悪びれもせず軽やかに笑う蘭に、
        あんな無理矢理な話題転換に気づかねぇ訳ねぇだろと、
        コナンは胸中でツッコミを入れたが、
        相手はあの、とかく自分の事には鈍感な西の名探偵なので、心配は無用かもしれない。
        ・・・そう考える彼もまた、自分の事には鈍感な東の名探偵なのだが。
        はてさて、どうなる事やら・・・と、コナンは考えを巡らせる。
        「で、コナン君、服部君が言ってた気をつける事って?」
        「えっ!? えーっと・・・。」
        探偵としての興味と言うより、面白半分な気持ちから、
        その後の大阪二人組の顛末を推理しようとしいたコナンだったが、
        しっかりと先程の件を憶えていた蘭に質問され、
        急遽、その答えを考える事にその頭脳を使う事になり、
        彼はやっかいな置き土産を残してくれた西の名探偵に対し、
        二度と来るなと、叶わぬ願いをかけた。