すべてはそこに起因あり
少しばかりの騒動をはらみつつ、
船はようやく鬼亀島こと、船浦島へと到着した。
未開の土地への好奇心が騒ぐものの、いかんせん、長らく無人の島である、
安定感の無い船着き場へと、易々降りる事が出来るのは、
普段から船や海に慣れている人間だけだ。
ギシギシと鳴る船着き場の、腐敗寸前を思わせる板と、
ともすれば1mは軽く船着き場から離れてしまう船の安定感の無さに、
和葉と蘭は、高校生女子としては類い希な運動神経を持ちながらも、さすがに躊躇した。
「大丈夫? ほら!!」
先程の一件に懲りぬのか、先に船着き場へと降り立った久米好継がにこやかに蘭へと手を伸ばす。
「あ、どうも・・・。」
一瞬、戸惑うものの、純粋なる親切心と考える蘭は、
荷物を片手におずおすとその手を取りかけた。
しかし、驚いた事に、その間をついとすり抜け、軽々と船を降り、
好継を遮る様にコナンが蘭へと手を伸ばした。
「はい、蘭姉ちゃん。」
「コ、コナンくん大丈夫なの?」
「陸だったらたいした事ない距離だもん。はい。」
平次が面倒を見るとばかり思っていたコナンに、元気良く手を差し出され、
蘭は二十を過ぎたたくましい青年にすまなそうに頭を下げつつ、
当然の様にコナンの手を取り、無事、船着き場へと降り立った。
「へえ、コナン君、ヤキモチ妬いたんかな。」
その後も、蘭の荷物を持とうとする好継を牽制しつつ、
島への道を歩くコナンの様子を見て和葉は独りごちたが、
自らにかせられた課題は、目下、足下で渦を巻いている。
「それにしてもコナン君・・・蘭ちゃんしか見えてへんね・・・。」
トホホと言わんばかりに落としかけた視線の前に、
すっと浅黒い手が差し出され、和葉は驚いて顔を上げた。
「はい。」
好継同様、懲りぬ輩は池間伸朗である。
「あ、おおきに・・・。」
にやけた伸朗の表情には気づかずに、
蘭同様、単なる親切心と考えて、和葉はおずおずと伸朗の手を取ろうと手を伸ばす。
途端、黒い影が二人の間を裂くように、物凄い速さで前を横切り、
バンッ、と音が響かせ、船着き場へと降り立った。
服部平次である。
「へ、平次!! 危ないやないの!!」
平次が飛んだ振動により、揺れる船体に脅えつつ、和葉が叫ぶ。
「なーにが危ないじゃ、お前何可愛こぶっとんねん、
俺らの学年の走り幅跳びの女子の最高記録保持者、誰だか忘れたとは言わさんで。」
同じ様に、ギシギシと不安定な音を立てる船着き場に、更なる不安材料を与えつつも、
平次は臆する事無く和葉に振り返り、大声でそう告げた。
「せやかて・・・。」
「ええから、はよせえ、置いてくで。」
苛立った声で和葉にそう言いながら、
平次は伸朗に用済みだと言う様に、穏やかならぬ視線を送る。
伸朗は一瞬ムッとするものの、十程も歳の違う相手のその威嚇に、
何故か背筋に冷たいものを感じ、口の中で何事かつぶやくと、
慌てて好継達の方へと行ってしまった。
「〜〜〜〜〜〜。」
何だかわからぬまま、頼みの綱を断ち切られ、和葉が固唾を飲む。
こうしている間にも、船は船着き場とどんどん離れて行っている気さえする。
この様な状況においても、決して助けようとはしないのだ、この男は。
「!!」
もとより助けを求める様な性格でも関係でも無いと腹をくくり、
和葉は次の瞬間には、自分でも驚くほど勢い良く、甲板から飛び上がっていた。
不安定な離陸地点から、これまた不安定な着陸地点の間には、
深さの計り知れぬ波が揺れ、おまけに片手には少量ながらも荷物を持っている。
不安材料は山程だったが、何とか和葉は無事船着き場へと着地した。
「ほれみい。」
二人分の重力が不安定な足場にかかる事を避ける様に、
平次は和葉に向かってそれだけ言い残すと、すたすたと島に続く板場を歩き出す。
不機嫌と言っても過言では無いその態度に、和葉は訳がわからず戸惑いつつも、
その後を追いながら、
「失礼やないの。」
と、前を行く背中に早口に声をぶつけた。
「あん?」
「あの人、助けようとしてくれはったのに、」
実際の所、平次が伸朗を威嚇した事までは気づいていない和葉だったが、
せっかくの善意をないがしろにしてしまった事は感じ取り、
保護者的態度をもって平次に注意しようとそう言葉を発したが、
最後まで言葉が紡げなかったのは、突如として振り返った平次の、
恐ろしくも不機嫌な眼差しに、自分の瞳が正面衝突した為である。
「な、何・・・。」
「アホ、あんなんは手助けでも何でも無いわ。
下心見え見えの行為やって、ナンパまでされてまだわからんのかボケ。」
「ナ、ナンパ!?」
平次の言葉に、和葉が驚いて目を見開く。
ダイビングの良いポイントを知っているからと、親切に教えてくれていたのではなかったのか。
「・・・・・・。」
見開かれた和葉の瞳を見て、その考えを察し、
ため息を浮かべつつも、怒りにまかせて余計な事を言ったと平次は胸中で後悔する。
「・・・まぁ、あいつらの目当ては、あくまで姉ちゃんやからな、
間違っても勘違いすんなやお前。」
「べ、別に勘違いなんてしてへんよ!!
ら、蘭ちゃんのが、その、可愛くて・・・
あたしなんかよりずっと良い子やってわかっとるもん・・・。」
妙な意地から、余計な言葉を言い添えてしまった平次だったが、
すぐさま大声で言い返した和葉が、やがて覇気を無くした様にうつむいて、
泣きそうな表情でそんな言葉を発するのには、さすがに罪悪感が溢れた。
・・・誰もそこまで言うとらんやんけ。
「か・・・。」
「だいたい!! あたしがどう勘違いしたかて、別にあんたが怒る筋合いの話や無いやろ!!」
落ちた和葉の肩に、手を伸ばしかけ、平次が事の他静かなトーンで何事か言おうとした時、
キッと顔を上げた和葉が、先程の消沈ぶりはどこへやら、
勢い良くそんな言葉を発し、平次の言葉と片手を遮った。
一瞬落ち込みかけたものの、よくよく考えれてみれば、怒るのはどう考えても自分の方だ。
あれがナンパという類のものだったかはともかくとして、
何故か間に入った平次が伸朗に自分との関係を問いだたされ、返した言葉と言えば。
全っ然関係ないただの幼なじみでやかましいてしょーもない女。
一瞬、自分でもいい加減アホだとは思うが、淡い期待を抱いてしまっただけにタチが悪い。
あまりに脱力と怒りが激しくて、その後は平次が何と言ったか憶えていない。
そんな、全っ然関係ないただの幼なじみでやかましいてしょーもない女がナンパされて、
自分の事だと勘違いしたから何だと言うのだろう。
「じゃかしいわ!! 人が真面目に推理しようとしてる横で、
のん気にお魚さんゴッコされたらムカつくんじゃボケ!!」
一気に文句を発して自分を睨みつける和葉に、
対する平次はと言えば、息をつく暇も無く同じ様に怒気を返す。
この二人の、ここが最大の長所であり、短所であると、
二人を見守る周囲の人間は考えるのだが、無論、当人達が気づくはずは無い。
「な、何やのその勝手な言い草・・・。
だいたい、誰も行くなんて言うてへんやないの。」
「・・・・・・は、さよか。」
あまりの意見に呆れつつ、同じレベルで対応していたら日が暮れると、
和葉はやや抑えた言葉をもって平次に返答を返した。
その言葉を受けた平次はと言えば、一瞬目を見開いて、
やはり和葉同様の抑えた言葉でそうつぶやいたが、
自分が間に入って騒がずとも、当の和葉にその気が無ければ問題は無いと、
余裕を無くした過去の自分を振り返りつつ、
ようやく気づいた結論に羞恥している内情は、
何があろうと絶対に、目の前の存在に知られる訳にはいかなかった。
「・・・だいたい推理推理て、何や今回ムキになりすぎとちゃう?
先回りまでして・・・。」
この島に来るに至るまでの経緯を思い出して、和葉がそんな事をつぶやく。
「アホ、あんなおっさんに負けたら、西の名探偵どころか、大阪人として一生の恥や。」
「何言うとんの、蘭ちゃんのおっちゃんかて、そりゃちょっとふざけとるけど、
『眠りの小五郎』言うて、立派な探偵さんやないの。」
影なる江戸川コナンの功績を知る由も無い和葉が、
くったくなく、探偵としての小五郎を誉めたたえる。
「・・・・・・。」
そんな和葉の様子に眉根を寄せ、奥歯をこすり合わせると、
平次は言うまいと思っていた一言を、半ば無意識的に口に出していた。
「・・・お前が、」
「え?」
「お前が、あのおっさんについて来たとか言うからやろ。人がせっかく・・・。」
良い所見せようと思って誘ったのに。
そこまで言い終わらぬ内に、服部平次は我に返った。
自らの言おうとしていた台詞に驚いて。
或いは、目の前の幼なじみの、自分以上に驚いた顔に驚いて。
「え? あたしが何? え?」
「・・・・・・。」
わかっていない。
このポカンとした表情を浮かべる幼なじみはまったくわかっていない。
それを吉と取るか、凶と取るか。
何にせよ、平次は盛大なため息をつき、
「・・・幼なじみのしょーもない女までがあのおっさんの応援したら、
西の名探偵として最大の恥や言うたんじゃ!!」
自分でも訳のわからない、そんな一言を和葉に向かって投げつけた。
「な、何訳のわからん事言うとんの!? さっきから人の事・・・。
それに、べ、別にあたし、おっちゃんの応援しとる訳や・・・。」
平次の言葉に怒りつつも、もうそれは本日で何度目だと、
いい加減自分でも嫌気がさし、その事は聞かなかった事にして、
自分が小五郎の応援をしているという点に反論する。
だったら、
だったら誰の応援をしているのだと、
別に今回は特にそんな事は考えていなかったにも関わらず、
和葉は改めて考えるまでもない、常日頃の感情を胸に、押し黙った。
「・・・せやったら。」
そんな和葉の胸中には気づかないまでも、
小五郎の応援をしている訳では無いという和葉の言葉に、
幾分機嫌を取り戻し、平次がつぶやく。
「大人しゅう、大阪人として、幼なじみとして、俺の応援しとけ。」
前置きをふんだんに加えつつ、本音を少々。
けれどそれが読みとれる相手であれば元より苦労はしない。
彼が最もその声援を欲している相手はといえば、
「せやから、さっきから何勝手な事ばっかり言うとるんよ!!」
と、盛大な雷を持って切り返して来た。
まぁ、これについては自分にも問題があると、取りあえずは譲歩して、
船着き場から島までの板場の上を、口ゲンカも盛大に、
かなりの時間をかけて歩いていた自分達を待つ蘭とコナン達の元に急ぐ意を見せ、
「行くで。」
と一言、和葉に背を向けて足を速める。
そんな彼の肩口に、
「もう・・・・・・しゃあないから応援したるわ。」
そんな一言が小さくぶつかり、
服部平次は後ろを振り向かぬまま、百万力の力を得たとも言って良い笑顔を浮かべた。
今後、良い所を見せられるかは、彼次第である。
終わり
わー、病気だー。
サンデー一週読んだだけで、語り、絵、創作のフルコース。
わー、病気だー。
毎週こんな事やるつもりなのか花屋堂。
いやいやおそらく序盤で飛ばし過ぎるランナァみてぇなもんだと思います。
ゴールはラスト、生徒全員の拍手を受けながら・・・嬉しくねー。
そんな訳でサンデー41号妄想をお送り致しました。
42号が出る前に、間にはこんな事が!? って感じで予想、っつーかどう考えても妄想。
船が島についた直後くらい。
そしてまだまだ諦めていない久米と池間が大活躍。
当たり前だよ奴らには高い金払ってんだから、どんどこやらかしてもらわないと。
んで、蘭も和葉も、実はナンパだと気づいてない設定・・・ダメかしら。
んで、和葉に至っては平次の台詞の肝心な部分は聞き逃しているという設定・・・ダメかしら。
そして当然、怒りまくる平次の本音には気づいてないと・・・。
ああまたメインテーマ・ヤキモチと鈍感が大爆発。
ナンパもそうだけど、小五郎絡みで怒る平次にはかなりの妄想が・・・。
いや、何か今回ムキになってますなぁっつー事で、
平次が小五郎出し抜く為に島に行ったって事を和葉は知らないかもしれないけど、
もう妄想妄想、それがあたしの生きる道(パヒー。)。
眠りの小五郎さんについて来たとか言い出す和葉は、
年上男性になつく和葉にムカつく平次にときめき隊(長ぇよ。)の隊長のあたしとしては、
そらもう、涙流さんばかりの素晴らしさでございました。
そんな訳でムカつけ、服部平次(命令。)。
タイトル、平次が不機嫌になるのも、上機嫌になるのも、
何かもう、すべての原因は和葉っつー事で。
ああ楽しい(あたしだけが。)。