別世界の受難 4
その後、奏と和葉、そして服部平次を残したまま、
大阪府警の刑事達が電光石火の早業で殺人犯を確保し、
「こっから先は俺らに任せて、後は若い者で・・・なっ、なっ、なっ!?」
などと、何とも言えない笑顔で何とも言えない台詞を述べつつ、
優しさを前面に押し出した形で、瞬く間にパトカーで去って行ってしまったが、
奏にはどうにも「逃げた」としか思えない。
一番逃げ出したいのは俺や・・・。
そんな奏の気も知らず、
「あれ? 平次、府警におったんやろ? 皆と一緒に行かんでええの?」
などと、和葉が平次にのん気に問い掛けている。
「・・・何や、俺がおったら都合悪いんかい。」
低い、うめく様なその声は、和葉よりもむしろ自分に向けられている様な気がする。
そこで服部平次の遠山和葉に対する噂の裏づけを得た様な気持ちになり、
奏は改めて、退路を確保すべきか、簡潔な言い訳を考えるべきか、懸命に考えた。
そもそも今は、厳つい府警の刑事達がこぞって逃げ出す様な状況なのだ。
「そうやないけど、あたしこれから深山君と・・・
あ、平次知っとる? 隣りのクラスの深山君。演劇部なんやで。」
かなり前から存在をマークされていた様に思うが、
そこで初めて和葉が平次に奏をにこやかに紹介する。
同じ様に和葉は奏にも平次を紹介しようとしたが、
そんな二人の間に平次が割って入り、物凄い目で奏を見据えつつ、
「・・・こいつの幼なじみで同じクラスの服部平次や。
どーも、こんちは、よろしゅう、毎度おおきに。」
何とも抑揚のない、低い棒読みの言葉で、不可解な挨拶をしてのけた。
「はあ? 何言うてんの平次。」
平次の言葉をネタか何かだと思ったらしく、和葉が怪訝な目を向けるが、
奏は非友好的な威嚇と牽制をはっきりと感じ取った。
何でお前がこいつと一緒におんねん。
返答によっては・・・・・・斬る!!
それくらいの事は思っていてもおかしくない。
「あ、えーと、深山です。よろしく。
今日は演劇部の関係で津森さんと買い物に来る予定やったんやけど、
彼女が熱出してしもて、遠山さんが代わりに来てくれたんや。」
舞台に出る時の様に腹に力を入れ、何とか平静を装ってにこやかに状況説明をするが、
胸中では「なっ、そうやな遠山さんっ? なっなっなっ?」
と、情けなく和葉にすがりたい気持ちで一杯である。
「はーん・・・。」
何となく、平次の周りの空気が和らいだ様に思えたが、
「何で演劇部でもないお前が来なあかんねん。」
すぐさま和葉に対し、そんな疑問を口にする。
さすがは探偵。容易に納得はしないらしい。
何故和葉が来たのか、それは奏に取っても疑問であったが、
それは伊吹と仲が良いからとか、たまたま連絡をしたからとかの理由があるのだろう。
きっと和葉が上手く説明し、この男の機嫌を直してくれる。
そう、奏は考えていたのだが。
「え? あたしが来たかったんよ。」
和葉がさらりと爆弾を投げ、服部平次の顔が瞬く間に赤銅色に染まった。
「深山君、待ち合わせにも遅れへんし、気い遣てくれるし、優しいし、ええ人やね。」
赤と青に分かれた、男二人の顔色など、まったく気にせず、
和葉が妙に満ち足りた表情で、更に色味が増す様な発言をする。
服部平次の顔が見られず、思わず顔を下げた奏の目に、
血も出んばかりに握られ、ぶるぶると震える褐色の手が映った。
やっぱり自分はついてない。
ため息をつきながら、奏は自分の不幸を呪った。
「ごめんな和葉ちゃん。私ほんまにアホやなあ、
楽しみにしすぎて熱出すなんて・・・。」
「深山君と出掛けられるって、すごく喜んどったもんな、伊吹ちゃん。
けどほんまにあたしでええの? 演劇部でもないのに・・・。」
「ええの。せやかて和葉ちゃんやったら深山君の事好きになる心配ないし・・・。」
「・・・わからへんやん、そんなん。」
「え〜、わかるわあ・・・。
深山君が和葉ちゃんを好きになるかもって不安はあるけどな。」
「・・・それはともかく、深山君が伊吹ちゃんにふさわしいかどうか、
あたしがきっちり確認して来たるわ!!」
知ったら有頂天になるであろう、伊吹と和葉の会話は知らぬままに。
終わり
和葉に横恋慕キャラを書くのが好きなのですが、
他の女の子が好きなのに、服部平次に誤解されるキャラを書くのも楽しいなあと。
普通の生活を送ってる少年なのです。
趣味があって、好きな女の子がいて、
学園のヒーローとかヒロインなんざ知ったこっちゃねえっていう。
なのでその世界に入り込んでの迷惑かけられっぷりをお楽しみ頂ければ幸い。
まあ、本当は幸せ者なんですが、
あたしのオリキャラのお約束で、そいつらのその後なんてわざわざ書きません。酷い。